婚約破棄された悪役令嬢は擬人化したコタツに身も心も温められる
「ハァ……」
寒風吹きすさぶ家路を、私は独り寂しく歩いていた。
いつも以上に寒さが身にこたえるのは、心理的な問題もあるだろう。
――私は今日、婚約者である第三王子から婚約破棄されたのだ。
それも謂れのない言い掛かりで(その辺の詳細はよくあるテンプレ通りなので割愛させていただく)。
今日は人生最悪の日だ……。
「ハアァァ……」
絶望に絶望を塗り重ねたような重い足取りで屋敷に着いた私は、クソデカ溜め息を吐きながら自室の扉を開けた。
すると――。
「やあ、今日は大変だったみたいだね。本当にお疲れ様」
「っ!!?」
そこには謎のイケメンが佇んでいたのだった。
誰ッ!?!?
「驚かせてごめんよ。僕は『コタツ』だよ」
「コタツ???」
って、何???
「まあ、説明するより体感してもらったほうが早いと思うよ。ホラ――」
「――!?」
謎のイケメンが指を鳴らすと、彼はポフンと煙に包まれた。
そして煙が晴れると、そこには――。
「――!?!?」
正方形のテーブルに、布団のようなものが挟まった謎の物体が鎮座していたのである。
何これえええええッッ!?!?!?
「これが『コタツ』さ」
「なっ!?」
謎の物体から、先程のイケメンの声が聞こえてくる。
もう展開がブッ飛びすぎてて、ツッコミが追いつかないッ!!
「とても温まるから、騙されたと思って僕に入ってきてごらんよ」
「は、はぁ……」
どう考えても怪しい存在だが、何故かコタツには謎の吸引力があった。
私は誘蛾灯に誘われる蛾の如く、コタツに下半身をそっと差し入れた。
すると――。
「こ、これは――!」
何て温かいのかしら――!!
暖炉の火とはまた違う。
芯まで冷えた身体を優しく包み込む、聖母の愛のような温かみ――。
寒さと婚約破棄で冷え固まった全身が、じんわりと解れていくのを感じる。
「はふぅ……」
思わず私は快楽の息を漏らした。
「フフフ、どうやら気に入ってもらえたようだね。――だが、もてなしはまだまだこれからだよ」
「えっ!?」
こ、これ以上、まだ何かあるというの――!?
「やはり、コタツといえば、『ミカン』がないとね!」
「ミカン!?!?」
とは!?!?
「――!!」
コタツの上に、籠に入った橙色の果物のようなものが現れた。
こ、これが、ミカン……?
「手で皮を剥いて、中の実を食べてごらん」
「あ、ええ」
オレンジのようなものかしら?
でもオレンジに比べると、大分小振りで可愛らしい。
しかもオレンジよりも格段に皮が柔らかく、手でも簡単に剝くことができた。
ドキドキしながらその中の実を口に運ぶと――。
「――っ!?」
あ、甘い……!!
しかも程よく酸味もあって、それがより甘みを引き立てている――!
嗚呼、何て美味しいのかしら。
しかもこれ、コタツとの相性抜群だわ。
コタツでポカポカと温まった身体に、ミカンのジューシーな果汁が沁みる沁みる。
さながら砂漠に降り注ぐ雨の如く、私の全身にミカンが沁み込んでいく。
し・あ・わ・せ……。
「フフフ、では次でとどめだよ」
「まだあるのッ!?!?」
もうこれ以上は私、どうにかなってしまいそう……!!
「最後は『テレビ』さ!」
「テレビ???」
いったい???
「――!!!」
突如として私の目の前に、長方形の薄い板のようなものが現れた。
しかもその板の中では、複数の男女が芝居を繰り広げている。
えーーーーー!?!?!?!?
どういう原理なのこれええええええ!?!?!?!?
「今流れてるのは、所謂『昼ドラ』というやつさ」
「昼ドラ……!」
何て甘美な響き……!
初めて聞く単語なはずなのに、何故か心が弾むッ!
私は食い入るように昼ドラをガン見した。
それは夫の不倫や姑との確執をテーマにしたドロドロの愛憎劇で、私はハートを完全に鷲掴みされた。
ミカンも進む進む!
コタツは温かいし、ミカンは美味しいし、テレビは面白い。
嗚呼、これが幸せというやつなのね?
もう婚約破棄されたことなんて、どうでもよくなってきたわ……。
「フフフ、もう大丈夫だよ。これからは一生、僕が君の身も心も温め続けてあげるからね」
「……うん。……お願い、しましゅ……」
身も心も満たされた私は、コタツの中でウトウトとまどろむ。
形容し難いほどの多幸感に包まれながら、私は意識をそっと手放した。
――こうして私は生涯、コタツにでろでろに愛されながら過ごしたのでした。
因みに婚約破棄してきた第三王子は、なんやかんやあって不幸になりました。




