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弐 俺時々猫

 現状を飲み込めずに鏡を見ること数秒。廣瀬はカラスの鳴き声で現実に引き戻された。混乱した頭で状況を整理する。

 年齢は二十四で恋人ナシ。仕事から車で帰る途中に事故で死んだ。天界とやらで転生することを選び、目覚めた今は猫になっている。

「……?」

考えたことで余計に理解することが難しくなってしまう。猫になったことは渋々納得することができた。案内人は転生したら人間になるとは言っていなかった、と廣瀬が自分に言い聞かせたのだ。が、なぜ昔に転生しているのか、転生した先がなぜ自分が轢きかけた猫なのかが理解できなかった。

 とにかく、この鏡で自分を見ていてもどうにもならない。そう思った廣瀬は、家を飛び出した。

 外はもう暗く、人もいない。猫は夜行性で、暗闇でも目を使うことができる。ずっと前に飲みに行った友人の言葉を信じ、はっきりしない視界と光を頼りに廣瀬は歩く。


 そして錆びたブレーキ音、頭に響く悲鳴を最後に意識を失った。


 目が覚めたのは天界。目の前にいるのは、前と変わらない案内人。違うとするならば廣瀬の姿か、案内人の中身か。

「いらっしゃい」

優しく微笑んだ白髪の案内人は寝転んだ廣瀬に手を差し伸べた。

「お前! また俺の担当にされたのか」

廣瀬がそう言うと、白髪は呆れたように言う。

「初対面の相手にお前はよしなさい。今まで猫だったとはいえ、これからは言葉を話して生きるのですから」

白髪はため息をはきながら廣瀬を引っ張り立たせた。

「は?」

記憶の案内人とは似ても似つかないことに違和感があり、廣瀬は何度も確かめる。

「俺だよ俺! 昨日車で事故ってここに来ただろ」

「とぼけんのも大概にしろよ!」

 昨日会ったはずの人が自分の存在を知らない、自分が何なのかわからない、それはただ恐怖で。廣瀬は混乱して強く手を握りしめる。

 そこへ前と同じ案内人が現れた。

「たまちゃんも君もそこまでにして! たまちゃんはいじめないで話聞いてあげなさい。ここに来て混乱しない子はいないでしょう?」

白髪にそう言うと、案内人は廣瀬の方を向いて言う。

「そんなに握りしめたら血が出ちゃうよ。大変だったね。僕とお話ししようか。」

優しい言葉に安心した反面、案内人の反応で自分を知る者はいないと思い知らされた廣瀬は涙を溢した。

「え、たまちゃん! 何か拭くもの持ってる? ここには冷やせるものはないし……」

案内人は、アセアセという効果音がつきそうな動きをして、たまちゃんと呼ばれた白髪の案内人が吹き出した。

「ええ! 僕、何かおかしいことした? ほら、僕の胸なら貸すから泣き止んでよぉ」

案内人の羽が廣瀬の体を優しく包み込む。

「大丈夫、大丈夫」

10分くらいたっただろうか。やっと廣瀬は泣き止んだ。

「お話できる?」

廣瀬はコクリと頷き、自分に起こったことを一通り話す。

話し終わると案内人は言った。

「えっと、整理するね。君は昨日死んで、僕たちに会って転生した。転生先は死んだ時より昔の世界で、

何故か自分が轢きかけた猫になっていた、と」

そして、唸りながら頭を抱えた。

「あり得ないよね。僕たちは昨日違う人達を担当したし。万が一昔に転生することはあるとしても、君が轢きそうになった猫はまだ生まれていないはず」

すると白髪は廣瀬に言う。

「その猫は本当にあなたが轢きかけた猫だったんですか? 世界中に猫はごまんといるのですよ。轢きかけた時に記憶するような余裕があったのですか?」

廣瀬は鼻を啜りながら答えた。

「実は、俺、道路に飛び出してきた猫に見惚れてたんだ。信号は青だったけど、猫が歩道に行くまで待とうとしてた。そうしたら後ろから車がきてさ、進まない理由がわからないから、煽ってきて、挙句俺の横を抜かそうとしたんだ。だから咄嗟に車を横に出したら見事にぶつかって、この通りだよ。猫を守っても人を轢いたしね」

 案内人と、たまと呼ばれる白髪の案内人は静かに廣瀬の話を聞いていた。

「だからよく覚えてる。すごく綺麗な白猫だった。目の青い短毛の。まるで君みたいな猫だったよ」

全てを言い切ると強烈な眠気が廣瀬を襲う。

「そっか、話してくれてありがとう。僕たちは君を信じるよ」

「あなたが気に止む必要はないですよ。命を助けるために自らの命を犠牲にしたのだから」


そこまで聞いた廣瀬は目を閉じた。


私は君の味方です。たとえ次会う時忘れていてもね。

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