シーン7 プレーン戦なら負けません
シーン7プレーン戦なら負けません
宇宙船の構造は、だいたい掴んだ。この船の骨格はEクラスの旅客クルーザーだ。プレーンが収納できるほどのドッグは船尾にある。
居住区を抜けないといけないのが煩わしい。
幸い、ブロックを隔てるハッチにはロックがかかっていなかった。
プレーンドッグに入る前に、宇宙服の対圧システムをオンにする。
壁面にあったヘルメットを被って、首元を固定すると、全身を締め付ける微妙な感覚が起きる。無重力空間で体調を安定させるため、服の中で微重力を発生させ、血流や体液の循環をコントロールするのだ。
このシステムが、きちんと作動すれば、宇宙酔いなどの醜態は晒さずに済む。
アタシはドッグの中に入って、プレーン「ヘビーモス」の巨体を見上げた。
ずん胴の、丸みを帯びたボディ。
安定感だけは抜群な、太くて短い足。そして、申し訳程度の短い腕。
このシルエットの美しさを理解できる人は、非常に少ないらしい。
アタシは、その一人だ。
人型プレーンは数あれど、へヴィータイプは良い。
やっぱり良い。
カッコいいは正義じゃない。個性こそ正義だ。
だが、あれだ。
なんでボディの塗装が「赤」いんだ。ヘビーモスは、やっぱり黄色か黒でないと。
いや、無駄な事を考えている時間は無い。
アタシはコックピットに向けて、床を蹴った。
無重力の空間を浮遊し、コクピットがある首元のハッチを開く。
中に潜りこんで、シートに腰を下ろし、ずぼりとハマった。
お尻が、シートにはまり込んだ。なにこれ?
丸い穴に、お尻が落ち込んで、足が上を向いている。
あ、これって、タコ用シート?
バロンの部屋にあった、西洋便器みたいなイスを思い出した。
あれか―。
という事は、今アタシは、西洋便器に尻を突っ込んでハマった状況ってコト?
ぬ、抜けない。
アタシの手が何かに触れた。
これ、出力装置?
本来なら、足で操作するペダルがこんな所に。やっぱりカース人向けに作られた機体は、操作システムも違うって事か。
ってことは、アタシの足先にぶつかっているのが、操作レバー。
・・・。アタシは考えた。
ブレードは固定しておけばいい。だったら、機体操作のみで対決するだけだ。
「バロン、聞こえてる。ハッチを開けて」
『聞こえてるでやんすが~。本気でやんすか?』
「あったり前でしょ。アタシを誰だと思ってんの」
『ラライさんでやんしょ』
そうでした。
ハッチが、思ったよりも勢いよく開いた。
安全性無視の急動作。これは、なかなか整備不足だな。
とはいえ、今はそれで良い。
「出るよ!」
アタシはフットペダルを右手で押した。
真紅のプレーン「ヘビーモス」が、うなりを上げて、その異形の巨体を宙空に舞い上がらせた。
「せーい」
旋回しながら、機体の性能を確認する。
三機の敵影を視界にとらえた。
出力はまあまあ、向こうの機体よりは遅いけど、あとは腕よね。
と、一旦宇宙船に視線を戻し、目が点になった。
なに、あの船。
えーと、どう言えばいいのかしら。
まんま、海賊船、って感じ。・・・にしたかったけど、失敗して屋形船にしか見えません。
いや、宇宙海賊を名乗るのは良いよ。個人の勝手だよ。だけど、見た目で勝負するのって良くないと思うんだけど。そもそも、宇宙海賊っても、普段はもっと正体を隠すもんでしょーよ。
っと、撃ってきた。
よそ見ばっかり、してもいられないか。
アタシは機体を反転させた。違う、そっちじゃない。足と手を逆に使って操作してるんだもの、こんなの流石に初めてだ。
でもね。
アタシ負けないんですー。
瞬間的に出力を最大に上げて、先頭の一機に突撃を開始する。
正面から来られるのって、結構ビビるでしょ。
相手のレイライフルがアタシの機体をロックしてる。
わかってる。1・2・3。
アタシは一撃を鮮やかに躱し、すれ違いざまにその一機を。
無視した。
狙いは最初から後ろの方だ。虚を突かれて、コンマ数秒二機目の反応が遅れた。それが命取りになる。
固定したブレードをボディに叩き込んだ。
シビア―ルは見た目はスリムで格好良いって言われるけど、そのウエストの細さは致命的。
簡単に、相手のボディは真っ二つになった。
機体を素早く反転させて、シビア―ルの上半身を捕まえた。
折角ですもの、レイライフルをちょ-だい。
あ、ちくしょー。足で操作してるから、マニュピレーターが動かせない。
アタシは咄嗟にブーツを脱いだ。
まさかコクピットの中で、はだしの指で精密操作をすることになろうとは。
いや~ん。こむら返りしそう。
それでも残る二台の敵機が反転を終える前に、武装を奪い取る。動力源はシビア―ルのままだ。ぶらぶらと、敵機の上半身を引っ張ったまま、アタシはライフルを向けた。
「遅い遅い、遅―い」
あー、テンション上がるわー。
アタシのレイライフルが火を噴いた。
二台のシビア―ルは、的確に動力中枢を撃ち抜かれ、沈黙した。
狙い通り、爆発はしない。
例え敵だろうと、無駄な殺しはしないのよ、アタシは。
アタシはレイライフルだけをシビア―ルから切り離し、そのまま宇宙船に戻った。
三台のプレーンから救難信号が発信され始めた。
よしよし、ちゃんと殺さずに済んだ。
ハッチを潜り、無事帰還する。
拍手で迎えても良いですよー。
後方で、ハッチが閉まり、ドッグ内に安全な環境が戻るのを待つ。
通信がつながった。
「・・・。」
あれ、賛辞が来ない。
「おーい」
声をかけると、上部のモニターに、シャーリィの顔が浮かんだ
「お疲れさー」
それだけ? 少しは感動くらいしないのか。この女は。
「バロンさんは? ところで、アタシの活躍見てました?」
「バロンならエンジンの修復をしてる。幸い、自動修復装置の範囲内だから、そんなに時間はかからないらしい。いまのうちに、この宙域を出よう」
アタシへの賛辞はどうした?
ピンチを乗り越えたのは、アタシのおかげでしょうが。
「あ、そうそう、助かったよ。良い腕してるんだね、普通の借金女にしては」
うーん。これは褒められたんでしょうね。
少し棘を感じるけど、まあゲロのねーちゃんよりは、まだ良い、かな?
「とにかく、早く戻ってきな。サブパイは出来るかい?」
「あ、それなら大丈夫です」
アタシは、そう言って、コクピットのハッチを開けた。
そして、止まった。
出られない。
お尻が、かんっぺきにはまって、抜けない。
両手で力を入れても、びくともしないどころか、痛い。
足を藻搔いたら、なんと、宇宙服が股間に食い込んできた。これは、まずい。絵的にもまずい。美貌と清純さをウリにしてる主人公のアタシとしては大変に問題だ。
そうだ、重力を戻してもらって、機体を反転させれば。
「シャーリイさん、お願い、格納庫の重力を入れてもらっていい」
「ああ、どうしたの」
「いいから、早く」
シャーリィが重力スイッチを入れる前に、プレーンで逆立ちの姿勢を取る。
これで、重力が入れば。自分の重さで、抜けるかも。
ぐえ、内臓が押される感覚。スーツの中だけ、頑張って足元に血流を回そうとしている。
足をばたつかせる。
ずる。
よし、今だ。
お尻が抜け・・・ない。
何故? 何が引っかかってるの。
見にくいなー。一旦ヘルメットを取るか
ヘルメットを外して、首を後方に回す。ああ、スーツの腰ベルト部分か。背中の方で引っかかってるんだ。
アタシは一旦腕で椅子の側面を握り、体の力を入れて腰を前に反らせた。
やった、抜けた。
って、あれ。
アタシは落下した。
そりゃ、冷静に考えれば、そうなるわ。
・・・。
脳天が割れたかと思った。
一人パイルドライバー状態、いや、垂直落下式パワーボムかな。
・・・。
お星さまが見えました。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・。
アタシはベッドの上で、目を覚ました。
見覚えのある部屋。覚えのあるベッドの硬さ。うーん、デジャヴ。
違うのは、二人が心配そうにアタシを覗き込んでいた。
「あれー、アタシどうしたんだっけ?」
記憶が飛んでいる。
頭を強く打ったのだけは、はっきり覚えている。
「まったく、焦らせんなよなー。いつまでたっても来ないから迎えに来てみれば」
シャーリィが言った。
「本当でやんす。あんな体勢で、何をやってたでやんすか」
ああ、そうか。ようやく少し思い出してきたぞ。
アタシはお尻が挟まって、そして・・・。
我ながら、なんと間抜けな。
蒼翼のライとも呼ばれたアタシが、こんな醜態をさらすなんて。
「でも本当に良かったでやんす~。このまま起きなかったらどうしようかと思ったでやんすよ」
心からほっとした様子で、バロンが言った。
なんだ、こいつ、結構いい奴なのかな。
「ま、そん時は、宇宙に放り投げるだけだけどな。・・・なんか面倒そうな奴だし」
こっちの女は鬼だ。
それでもアタシはスルーしてみせた。大人だ、アタシ。
「ありがとう、心配してもらって」
高感度120%の微笑みを添える。
ぽっと、バロンの顔が、いつも以上に赤くなったのがわかった。
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