シーン4 宇宙船は〇〇屋敷
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シーン4 宇宙船は〇〇屋敷
アタシは固すぎるベッドの上で目を覚ました。
見覚えの無い部屋だ。
おそらく、宇宙船の中だという事だけは、すぐに理解できた。天井や室内を構成する形状を見る限り、長期旅行用の小型フェリータイプの一室に近い。
荷物や、家具があるところを見ると、誰かの部屋なのだろう。
後頭部に残った打撲痛に顔をしかめ、アタシは身を起こした。
どうして気を失ったのか、全く記憶が無い。そして、ここはどこだ。
男の部屋に見えた。そして、なんだか少しだけ生臭い。
嫌な予感を覚えつつ、自分の服や、周囲を見る。
幸い、汚れている様子はなかった。
アタシは室内を物色した。
大したものは無かったが、一つだけ、目を引いたものがあった。
事務的なデスクだ。上に載っているのは、ほほう、これは良いものですよ。
初期型のカザキ社プレーンの流星エンジン模型ではないですか。
マイクロ粒子の増殖と圧縮を繰り返して推進力を生み出すこの原理は、今でも様々な所で利用されている。しかし、このエンジンが素晴らしいのは、その造形だ。
この無意味な太さ。隔壁の無駄な厚み。そして、一見意味がなく、実際意味がなかった放熱パネルの漆面塗装。
あたしは穴が開く程それを見つめ、気付いた。
下部に、初期ロットのリコール品にだけ存在した接合痕をつけている。
この模型を作った奴は、神か―!。
突然、部屋のハッチが開いた。
にゅるにゅると音を立てて、タコが一抱えの荷物を持ってきた。
「あ、起きてたんでやんすか」
彼は明るい声で言った。
なるほど、この部屋はあなたのお部屋でしたのね。
アタシは模型をちらりと見た。
この模型、欲しい!
じゃなくて、この状況を確認しないと。
「心配したでやんすよー、安心のあまり気を失ってしまったでやんすね」
「そうなの? なんだか異常に後頭部が痛いんだけど」
「気のせいでやんす―」
「なんか、騙してない?」
「無いでやんす。ここに着替え置くでやんすね。光シャワー使えるでやんすよ」
「あ、ありがとう」
タコはデスクの前に座ると、モニターパネルを出した。
おもむろに、画面を操作しはじめる。
固定画像が張り付けられていた。それが、「蒼翼のライ」が長らく愛機としていたプレーンの画像だと気付いて、アタシは内心で驚いた。
そういえば、壁面にホロパネルが浮かんでいる。
水着姿で、きれいな海をバックに大胆にビールを飲んでいるのは、あれは、女優だ。
名前は何て言ったっけ、確かドラマ版「蒼翼のライ」でライを演じていた・・・。
「あれって確か?」
「ああ、有名でやんしょ」
「ライのドラマで主演してたよね」
「あれでファンになったでやんす」
ちょっぴりドキリとした。
それって、女優のファン? それとも。
いやまて。
こいつタコだ。タコのくせにテア星人の魅力がわかると。
「それはそうと、シャワーするなら早めが良いでやんすよ。姐さんが使いはじめると、長いでやんすからね」
「ああ、そうね、ありがとう。って、場所わからないんだけど」
「じゃあ、案内するでやんす」
二人で部屋を出た。
で、「げっ」となった。
何だこの汚い廊下は。というか、物が通路にあふれている。居住区の通路の左右には個室と思われるスペースが6つあったが、その内の3つは扉が開きっぱなしになっていて、覗き込むと、ゴミ屋敷状態になっていた。
扉が閉まっている所は、誰かが利用しているという事だろうか。
通路を奥まで進むと、ランドリー室があって、全身が映せるくらいの大きな鏡があった。その横に小さな小部屋を挟み、シャワー室がある。
シャワーと言っても、水が出る訳では無い。
光の粒子を結晶化させて、全身を洗うシステムだ。
日焼けしたり肌を傷める事も無く、十分に体をきれいにできるので、宇宙船の中では良く用いられている。
「じゃ、あっしはこの辺で」
「着替えたら、どこに行けばいいの?」
「あっしの部屋で待ってるでやんす」
「え?」
「空き部屋は無いでやんす」
でしょうねえ。
少しくらい整理整頓すれば、一部屋くらい空きそうだけど、
って、なんでタコの部屋?まさか同部屋で過ごせってことは無いよね。
あたしこれでも女なんですけど―。
ま、でもあの厳しそうな「姐さん」よりは、まだ良いだろうか。
タコが部屋を出て行くのを確認してから、アタシはシャワーを浴びる事にした。
この部屋もゴミだらけだ。いつのものかもわからない洗濯ものやら、変色して、もとが何だったか、わからない緑色の物体。
あまり見ないようにして服を脱ぎ、シャワー室に入った。
シャワー室内は、かろうじて清潔だった。
そういえば、まともなシャワーなんて、いつぶりだろう。
カース星に来るまでは、貨物船の荷物室だったから、その前だ。
テアの衛星で一日だけカプセルホテルを利用したのが最後だ。テアの標準時間で換算すると、15日くらいになるかもしれない。
うん。ゴミ屋敷でも、文句は言えない。
シャワーはとても気持ちが良かった。
あー、生きていて本当に良かった。
さっきまで死ねば良かったと思っていたのが嘘のよう。
人はどんな辛いことがあっても、喉元を過ぎれば、意外と大丈夫なものだ。過去の古傷なんてものは、たまに眠るときに思い出して悶絶するが、まあ、それだけの事だ。
アタシは素っ裸で、大きな姿見の前に立った。
背は決して高すぎる訳では無い。
髪の毛は肩までのストレートロング。やっと、ぼさぼさが取れた。
髪の色は鮮やかな、目の色は深みのあるブルー。
それなりに可愛い方だとは、思う。
年齢の割に、・・・もとい、若く見られがちだし、前にも言ったが、実際によく声をかけられる。
体形は。うーん。こうしてみると、あまり自信が無い。
胸は・・・まあ、女性としては見てもらえるレベルだろう。だが、ウエストには、あまりくびれが無い。3年前まではいい感じに腹筋が見えていたんだけど、気のせいか、このところ、ぽよんとしてきた。
・・・。
いや、決して太っているわけではありませんのよ。
ただ少しだけ、ほんの少しだけ緩んだだけ。
もういいや。
アタシはタコにもらった新しい服に袖を通した。
そして、絶望に打ちひしがれた。
胸のサイズが緩すぎる。そのくせ腰回りはきついし、尻はまたしても緩い。
あの女のものか―。
きっと、相手にとっては理不尽な殺意が芽生える。
アタシは泣きながら(心で)周りを物色し、他の服を探した。
多分クリーニング済みであろう、小さめの宇宙服を掘りだした。
タグに、紳士用、Sサイズという殴り書きを見つける。
まあ、多少ぶかぶかでも、着やすい方が良いに違いない。
試しに着てみると。
悔しい程にぴったりだった。
アタシはタコの部屋に戻った。
タコはいなくなっていた。
まあ、良いかと思って、折角なので部屋の物色を再開した。
こうしてみると、このタコは綺麗好きらしい。
廊下までの汚さに比べると、まあまあ、整理整頓もできている。
ためらいもなく引き出しを開ける。
人の部屋を勝手に見るのはどうか、という意見もありそうだが、基本的にアタシは人の秘密を探るのが好きなのだ。この先、新しい人生がどうなるかはわからないけど、もし何か仕事をするとしたら、探偵なんかどうだろう。
まあ、探偵というのも、普通の仕事では無いような気もするけど。
面白いものは、面白くないことに何もなかった。
ただ、エレスの銃許可証があった。
名前は、ええと。
Name バロン男爵。
Age 29歳
何だこりゃ。
そもそもバロンって男爵って意味だよね。つまり男爵男爵って事か。いや、そもそも登録名に男爵って入るってのはどうなんだ。
って、これどうみても偽装許可証だろう。
アタシの一発でばれた偽の許可証よりも、よっぽど偽物っぽい。
そっと引き出しに戻したところで、急にドアが開いた。
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