シーン31 そして裏切ったのは誰
シーン31 そして裏切ったのは誰
エレス同盟軍、ヤイガ級三番艦「クラウチ」
アタシのV-ウィングは、その下部にある小さな格納庫内に収納された。
エクリプスの戦闘機に誘導される途中で、航行不能になった貨物船から、プレーンが格納されているであろう無数のコンテナが、「クラウチ」に収納される光景が目に入った。
段取りが良すぎる。
もしかしたら、最初からこの宙域で、積み替え作業を行う予定だったのではないだろうか。
全てが、相手の掌の上だった。そんな気がする。
格納庫内には、軍人と思われる男たちが、十数人ほど集まって、手すりのある壁面の通路上から、アタシのV-ウィングを見ていた。
おそらく、どんなパイロットが乗っているのか、気になるのだろう。
奥の方に、アタシ達の船と、バロンのヘビーモスが見えた。
船は殆ど損傷もないみたいだが、ヘビーモスは大分被弾していた。
バロンは怪我しなかっただろうか。それが気になった。
アタシがハッチを開けて姿を見せると、兵士たちはざわついた。
まさか、女とは思わなかったのだろう。
ヘルメットを外すように言われ、仕方なく顔を見せる。ざわめきは大きくなった。
「まさか、あんな子が・・・」
「リバート少佐と、渡り合ったってのは、本当なのか?」
そんな声が聞こえた。
ざわめきに交じって。
「あれって、もしかして蒼翼のライだったりしてな、女だし」
笑いながら言う声が聞こえて、アタシはびくっとした。
だが、すぐに別の声が、
「バーカ。ライってのはすげえグラマー美人らしいぞ、どう見ても違うだろ」
・・・。
・・・・。
いわれなき殺意の目覚めって、奴ですかねー。
それは、ドラマの話でしょーが。
アタシはプルプルしながら、
「ふざけんなてめー、アタシがライだ!」って、叫びたくなるのを抑えた。
「さて、大人しくついて来てもらおう」
エクリプスが、アタシの前に立って、銃口を向けていた。
彼に銃を向けられるのは、これで二回目。
正面から彼を見るのは、何回目だろう。彼は海であった時と何ら変わらぬ顔で、アタシを見ていた。
「抵抗なんてしない。出来ないもの」
アタシは両手を上げた。
「だけど、何で殺さないの?」
「ここじゃあ、人目がある。話は、後だ」
彼は私を連行した。
連れてこられたのは、殺風景な一室だった。
留置場の作りなんて、どこも一緒。なんでこんなにオリジナリティが無いのだろう。
中には先客がいた。
「シャーリィさん、バロンさん、良かった、無事で」
アタシは飛び込んだ。
「ラライ、よかった、あんたも生きてて!」
「ラライさん、心配したでやんす~」
心配だったのはこっちよ。
バロンが飛び出してきたので、思わず抱き合った。
むにゅってなった。
アタシの胸より柔らかい感じがした。
「仲の良い事で、羨ましいよ」
呆れたような声で、エクリプスが言った。
バロンが彼の存在に気付いた。
「あんたは一体、どこの誰でやんすか?」
「こいつが、エクリプスよ」
「!」
「お前が!?」
シャーリィが目を見開いた。
彼は、軽く笑ったように見えた。
「僕が、誰だって?」
「エクリプスよ、エクリプス。そうでしょう!?」
少し、いや、思いっきりアタシ達を馬鹿にしたような目で、彼はアタシを見た。
「せっかくだから、お教えしよう。僕の名はリバート。これでも、エレス同盟軍諜報部隊の人間でね。エクリプスは、リングに居る時の、まあ、仮の名前だよ」
「リバート?」
「そうだ、ジェーン・ドゥ。いや、ラライ・フィオロン」
・・・!
「なんで、その名前を?」
「知人に聞いたからさ」
・・・。
やっぱり。
そうか。
アタシは唇をかんだ。
罠に嵌められた時から、そんな予感はしていた。
彼の一言で、それは、きっと正しい予感だったのだと思った。
「全部、あなたの、いや、あなた達の掌の上だった、そういう事ね?」
「まあ、そうなるかな」
だけど。
なんで、こんなまどろっこしい事をする。
彼の目的は、そして、こいつの目的はなんだ?
「なんで、アタシ達を捕まえたの」
アタシはエクリプスに向けて訊いた。
横から。
「え、それってどーゆー意味でやんすか?」
バロンが口を挟みかけた。
「馬鹿、黙ってな」
シャーリィが彼の口をふさぐ。ありがとうシャーリィ、わかってくれて。
「あなたは以前、バロンさんも、シャーリィさんも殺そうとしていた。デュラハンの存在意義は、工場爆破のスケープゴートだけだった筈でしょ。なんで、こんな罠を張ってまで、アタシ達を生かしたまま捕まえたの?」
そうだ、これは完全な罠だった。
でないと、あのタイミングは不自然すぎる。
普通なら、戦艦が先に亜空間移動をして、安全を確保してから貨物船を移動させる。
それなのに、逆だった。
それは、確実にアタシ達に船を攻撃させるため。
戦艦を先に見ていたら、アタシ達は計画をやめていた。そうさせないために、こいつらはわざと遅れた。
そして、やはりわざと攻撃させた。
目的は、多分二つ。
一つ目は、アタシ達を拿捕するための、口実をつくること。
二つ目は、貨物船を止めて、積み荷を検閲無しでこの船に移し替える事だ。
二つ目の理由は、おそらく、プログラムを発見させないためだ。だとしたら、今回のこの事件は、エレス同盟全体の思惑ではない。おそらくはこいつと、この船の重鎮あたりの独断に違いない。
わからないのは、一つ目の方だ。
アタシ達に、何の価値があるのかだ。
エクリプス。いや、リバートはそれを話してくれるだろうか。
アタシは彼を、悔しげに見つめた。
こうなりゃ、アタシも演じてやる。
あいつに捕まって、手も足も出なくなって、悔しくて泣きそうになってる女を演じてやる。
情けなく、かっこ悪く。
リバートは、アタシのそんな顔を見て、嬉しそうだった。
ほーら、やっぱりこういう奴だ。
自分の策が上手くいって、内心楽しくてしょうがない。
アタシ達を悔しがらせたくて、それで快感を得る変態野郎だ。
「そんなに聞きたいなら、教えてやるよ」
彼は言った。
何かを取り出した。
小さなメモリーキューブだ。
開くと、キューブの上に画像が出た。
静止画だった。
「これは?」
「まさか?」
「でやんす!?」
アタシ達は同時に唸った。
そこに映っていたのは、アタシと、シャーリィ、そして、ミリアさんだった。
「この女が誰か、君たちの方が良く知っているはずだ。遊星R-7.通称、ドッグ星の統括長官だ。名前は、確かミリアとか言ったかな」
「なんで、こんな映像を」
シャーリィが信じられない、というように呟いた。
答えは、簡単だ。
彼に、このデータを渡した・・・おそらくは売った奴がいる。
それは、アイツしかいない。
「君たちがまさか、あのミリア長官のお友達とはね」
リバートはメモリーをしまった。
「我々エレス同盟軍も、かねてから、遊星R-7とは接触を試みていてね。だが、なかなか彼らは話し合いの席についてくれない。ところがだ、この映像を見る限り、君たちの存在は、彼らとの交渉にとって、とても役に立つ。そう、僕は睨んだ」
「人質、みたいなものですか?」
「あくまで交渉用の人材と考えているさ。君たちが、協力的であってくれれば、の話だけどね。正直、ミリア長官は謎の多い人物でね、懇意にしている人間がいた事自体、僕には正直驚きだったよ」
なるほど、アタシも驚いたよ。
まさかアイツが、こうもはっきりと、アタシ達を裏切っていたなんて。
「まあ、話はそろそろ終わりにしよう。君たちのおかげで、僕たちは軍の検査をパスして、一足先にプレーンを入手できた。これから、君たちの考えた通り、トマスに行ってひと騒ぎを起こせば、ようやく今回の僕の仕事もひと段落する」
アタシ達をご一緒させて、その光景を拝ませてくれるつもりか。
おそらく、大変絶望的で、最悪なショーに違いない。
そうやってアタシ達の心を砕いて、次はドッグ星への圧を強めるつもりだろう。
考えれば考える程、最低で、最悪な奴だ。
「それまでは、せいぜい、ここでゆっくりと過ごしたまえ」
リバートは言い残すと、留置室の部屋をロックした。
アタシ達は、互いの顔を見た。
「なあ、これってやっぱり、アイツが仕組んだのか?」
シャーリィが訊いてきた。
おそらく彼女も、そう思っているのだろう。
誰か、自分以外の口から、その言葉を聞いて、納得したいのだろう。
そうだ。
これはシェードの罠だ。
アタシ達に情報を伝えて、貨物船を襲撃するように仕向けた。
それが出来るように、ちゃんとアタシ達が武装できるようにまで、してくれて。
そして、裏ではエクリプスと組んでいた。
エクリプスに、アタシ達とミリアの間に、親交がある事を伝えた。
その為の証拠を、ああやってアタシ達のいる場所に同席して、滑稽な変態を演じながら、しっかりと隠し撮りしていた。
そして、アタシ達の襲撃を、彼に伝えた。
なるほど、「黒の道化師」。
名前通りだ。
冗談じゃない。
冗談じゃないぞ。
アタシは大声で叫んで、固い留置室の壁面を叩いた。
「シェード! こんの、下種野郎っ!!!!」
手が、死ぬほど痛かった。




