シーン29 アタシの声は聞こえてる?
シーン29 アタシの声は聞こえてる?
「それじゃあ、作戦を確認するぞー」
宇宙船のコクピットに集まって、アタシ達はシャーリィの説明を聞いていた。
「3000台のプレーンは、シェードの情報が正しければ、今ごろリドルを出発している。
亜空間航行の転出ポイントを計算すれば、三日後にはこのアステロイド付近に現れる」
モニターには、渦を巻くような小惑星帯が映しだされていた。
その名も「大渦」(スピラ)。
中心に小型のブラックホール天体があり、無限にも続くような小惑星の吸収を、幾億万年以上もの間、続けている。
「3000体のプレーンを格納できる船といえば、DLクラスの貨物船だ。だが、こいつそのものの自衛システムは、さほど脅威ではない。問題は、護衛船だ」
画面が切り替わり、複数の戦闘用宇宙船が映しだされた。
「オルダー社の場合。通常は民間警備会社の護衛船が付く。多くて三台。おそらく『狐』クラスの小型艇に、警備用プレーンは各2機ってところだろうね。ただし、今回は運んでいるブツが軍がらみだ。軍の護衛艦がついている可能性がある」
「戦艦クラス。ですかね」
「あたしは駆逐艦クラスだと踏んでるよ」
「なんででやんすか?」
「この宙域は、ドゥの勢力圏が近いからさ。戦艦だと、刺激が強すぎる」
まあ、シャーリィの言う通りだとは思う。
だけど、たまに刺激したがる奴もいるから、軍という存在は怖いのだ。
「ライ」としての、最後の大仕事も、そんな軍部の暴走が、背後にあったのだから。
「で、実際の役割だ。」
シャーリィは再度画面を切り替えた。
「最終的には、この貨物船ごと、プレーンを全て吹き飛ばす。だが、必要以上の犠牲者は出したくない。だから、先に手足をもぐ」
「船の推進部のみを破壊するんですね」
「そうだ。その為に、この船には高重子砲をつけてもらった」
高重子砲とは、戦艦の主砲にも使われる、非常に破壊力のある粒子兵器だ。ただし、相手を誘爆させるような破裂式の衝撃ではなく、貫通式のダメージを与えるタイプである。
殲滅戦ではなく、制圧戦に用いられる武器だと思えば間違いない。
「ただ、命中精度は良くない。この船にはオーバースペックだからね。そのため、この船を護る必要がある。それが、バロン、あんたの役目だ」
「合点承知の助でやんす」
ビシッと、バロンが敬礼した。
時々、あなたの語彙力が気になるわ。アタシ。
「で、ラライ、あんたには遊撃を頼むよ。相手の護衛艦とプレーンを、出来るだけひきつけるか、叩いて欲しい」
「了解。それなら得意分野です」
「頼もしいね、この謎の女は」
シャーリィが、アタシを見た。
前よりも、ずっと親しみを込めた目だ。
アタシはふと、彼女の手のガードを見た。
そういえば。
彼女には「キリルの眼」がある。
あれを使えば、アタシの正体なんて、簡単に自白させられた事だろう。
だけど、彼女はそうしなかった。
口では聞いて来るけど、無理強いなんて一度もしなかった。
「呼び方が、色々変わりますね、アタシ」
「そういやそうだな、じゃあ、聞くけど、何て呼ばれたい?」
「ラライって、名前じゃダメなんですか」
「そんなのつまんねーだろ。他人行儀でさ」
「そうなんですか?」
シャーリィはニッと笑った。
なんだ。最初から、アタシの事、信頼してくれてたんじゃない。
まったく、意地悪な奴だ。
なんて意地悪で、・・・なんて良い奴なんだ。
「よし、納得いったみたいだな。作戦ナンバーは005だ。各自、準備に入れ」
「はい」
「はいでやんす~」
アタシ達は一度顔を見合わせて、それから、それぞれの持ち場に走った。
なんで005なのか。
ちょっとだけ気になった。
アタシ達は、小惑星に船をカモフラージュさせて、待った。
いつ、スクランブルになってもいいように、アタシとバロンはプレーンに乗っていた。
流石に、緊迫した雰囲気の中で、音楽をかき鳴らすのは止めた。
あれは、気持ちが高ぶった時が良い。
アタシはプレーン用スペーススーツも新調した。
ゼロの好意だ。
各部にセンサーがついて、反応速度がさらに上がるらしい。
まあ、どこまで期待していいかはわからないけれど。
白地に、銀と金のラインが、胸元に縦に入っている。
派手ではないが、それなりに女らしいデザイン。意外と趣味が良いじゃないか。
胸元の内圧調整用のボタンの所には、花の形をしたチャームまでついていた。
アタシはそのチャームをなんとなく手で弄びながら、モニターに目を向けた。
正面のモニターの左上部には宇宙船とリンクして、外の映像が映し出されている。
どこまでも単調な宙の景色は、時に見るものを飽きさせる。
音声だけを操作して、バロンが騎乗する「ヘビーモス」につないだ。
「聞こえる? バロンさん」
「音声良好でやんすよ~」
バロンの声が戻ってきた。
こうして音だけで聞くと。この声は好きだなー。
やんす~、にも慣れたし。
むしろ、この話し方が落ち着くようになってしまった。
「ねえ、バロンさん。バロンさんって、ライを倒したくて、海賊になったんだよね」
アタシはなんとなく訊いた。
「そうでやんすね~。まあ、きっかけはアイツでやんすね~」
「今でもそう思ってるの?」
「もちろんでやんすよ。あっしの目標でやんすからね」
・・・。
ふーん。やっぱりそうなんだ。
だけどさ。
「だけどさ、もし本当に彼女が引退してたらどうするの?」
「ライは、引退なんてしないでやんす」
「もしもの話だよ。もし、彼女が本当に、・・・例えばさ、普通の生活に憧れてて、その辺でありきたりのOLにでもなってたりしたら」
「ライが・・・OLでやんすか?」
「そうだよ。ライだって、海賊だったかもしれないけど、普通の女の人かもしれないよ。もしかしたら、その辺ですれ違ってるかもしれないし」
「ラライさん。何を言ってるんでやんすか?」
バロンが困惑した声をあげた。
「何って。・・・その、そうしたら、バロンさんは、それでも彼女と戦いたいって、思うのかなって」
「・・・。」
すこし、声が途切れた。
「それはそれで、会ってみたいでやんすね」
バロンが、呟くように言った。
「会ってみたい?」
「そうでやんす。ライに会って、ちょっとだけ、話をしてみたいでやんす」
「どうして?」
「どうしてって・・・その、・・・でやんすね~」
彼の声が、少しだけ小さくなった。
「何であの時。あっしを、・・・助けてくれたのかを、聞きたいでやんす」
「・・・!」
アタシは声を飲んだ。
バロンは、続けた。
「あっしは一度だけ、ライの声を聞いた事があるでやんす。あれは、三度目にライと戦った時の事でやんした・・・」
その言葉の続きを、アタシは知っていた。
赤い重戦闘型プレーンとの、死闘。
丁度こんな小惑星の飛び交う中だった。アタシの命がけの特攻が、アイツの微かな隙を突いて、背後を取った。
全身全霊を込めたディックブレードの一撃が、相手のエネルギー循環炉を破壊した。
このままでは爆発するというのに、アイツは反撃を辞めなかった。
「その時でやんした。・・・戦いの最中だってのに、ライは、あっしの攻撃を正面から受けるのを覚悟で、あっしの機体を押さえつけたでやんす。それから接触通信が入って・・」
うん。それも、覚えてる。
「早く脱出してください、でないと、あなた死ぬわ」
ライは、・・・いえ、アタシは言った。
「え?」
バロンの声が止まった。
「ラライさん。・・・なんで、その言葉を」
知ってるに決まってるじゃない。
だって、アタシだもの。
そして、あの時の赤いプレーン。
やっぱりバロンだったんだ。
「やーね」
アタシは精一杯の明るい声をあげた。
「映画の有名なセリフじゃない。アタシ何度も見たんだから」
そんなシーンは。無かったけど。知らない。
「そ・・・そうでやんしたかね~」
そうでやんすのよ。
これで、一つすっきりした。
少なくともライは、一つくらいは正しい判断をした。だって、彼を生き残らせたんだから。これは、誇れることだ。
「何を、ぺちゃくちゃ喋りあってんだい」
シャーリィの声が割りこんだ。
ちぇ、ちょっといい雰囲気だったのに。
すぐぶち壊すんだもんな―。
「センサーが時空のずれを感知した。いよいよだ、来るよ」
アタシはヘルメットのバイザーを下ろした。
ケーブルにずれや緩みが無いかチェックして、ピアノを弾くように指をタラランっと鳴らしてから、操縦レバーを握りしめる。
さて、行きますか。
昔話は、もうおしまい。
こっからは、アタシの時間よ。
宇宙空間が歪んだ。
巨大な、圧倒的な大きさの貨物船が、虚空を引き裂いて姿を現す。
あまりにも大きすぎて、アタシはそれが「船」であるという認識を、暫くは出来なかったほどだった。
まるで、星が動いているみたいだ。
こんな巨大な宇宙船を、本当に重子砲一つで、止められるのだろうか。
まるで化物だ。
思いながら、アタシはプレーンを射出カタパルトに乗せた。
「ラライ、V-ウィング出ます。作戦ナンバー005、始めます」
心地よい振動を生んで、アタシのプレーンは漆黒の空に光の筋を作った。
「バロンさん、アタシ先に行くね。船の護り、お願い」
「・・・・・」
「バロンさん?」
バロンは、どうしたんだろう。返答が聞こえない。
少し間があってから、ようやく彼の声が届いた。
なんとなく、ほっとした。
「分かったでやんす。あっしに、任せるでやんすよ」
その声は、妙に明るかった。




