シーン28 完成、アタシのVウィング
シーン28 完成、アタシのVウィング
「で、間に入って、うまい汁を吸おうって奴が出てきた。そいつがつまり、リングってわけだ」
シェードは言葉を続けた。
「リングにとっても、治安が乱れるのは有難いことだ。軍も企業も、表立って自分の手を汚したくない。だからリングに頼んだ。で、リングが選んだ工作員がエクリプス。理解はできたかな?」
シャーリィが頷くのが見えた。
バロンは。駄目だ、酔っ払ってて頭がまわっている様には見えない。
もう、肝心な時に。
「どいつもこいつも、腹黒い奴ばっかりだ」
誰に言うでもなく、彼女は呟いた。
きらんと、シェードの眼が光った。
「で、どうするかだぜ、お嬢ちゃん方」
「そのお嬢ちゃんって、やめてくれません」
アタシは彼を睨んだ。
「それより、シェード。あんたは何で、こんな話に首を突っ込んでくるのさ」
シャーリィが聞いた。
もっともだ。
彼にはこの件で、何か得るものがあるのだろうか。
「この話は、ここまで船に乗せてもらったお礼だ。俺の目的はこっちさ」
シェードは、ふっと笑った。
そして、気付いたら
・・・。
ミリア長官を抱きかかえていた。
「会いたかったぜ、ミリア。やっと君に会いに来れた」
「な」
甘い微笑み。そして、明らかに困惑し、判断能力を奪われたミリア。
あ、危ない。
ぶちゅうううううう。
うわ、まじ?
いきなり?
前触れとか、もう少しそういう事をする雰囲気とかってないわけ?
「きゃああああああーーーー」
あっさりと唇を奪われ、ミリアが絶叫した。
ごめん、ミリアさん。シェードの動き、早すぎて見えなかった。
こういうの、人間離れしているっていうの。
アタシが知る中で一番。まさに、ゴキブリ以上。
でも。
・・・・。
うわあ、他人のキス。はじめて間近で見ちゃったかも。
ぜんぜん、素敵じゃなかったけど。
ミリアが何かを押した。
駆けつけた警備員により、シェードは強制退場させられた。
「・・・ともかく」
顔を真っ赤にして、ミリアは言葉を続けた。
「この件に関して、とても大変な状況なのは承知していますが、私達遊星R-7の立場としては、今まで通り中立を保ち、静観を続けます」
そりゃあ。まあ、そうでしょうねー。
普通なら、それが正解。
関わっても、何の得にもならないばかりか、かえって面倒を抱える事になるもんね。
この辺にしておけ、と、言ったシェードの言葉を思い出した。
あれは、もしかしたらあいつは、ずっと前から全部知っていたのかも。
そういう奴っぽいもんね。
アタシが「ライ」だったころなら。どうしてたかな。
ぼんやりと考えてみた。
プログラムが起動し、3000台のプレーンが一斉に攻撃を開始したら。
多分。大勢が死ぬ。
悪人も、善人も、そして、罪のない沢山の人たちも。
それは、すごく辛くて悲しい事だ。
アタシは、このままだと、そんな想像が現実のものになる事を、知っている。
知っているのに、何もしない。そんな事、出来る?
見殺しにするってことは、アタシもそれに加担するようなもんじゃない。
胸がムカムカする。
こんな気持ちでいたら、ご飯だっておいしくない。
一生美味しくなんて食べられそうにない。
「蒼翼のライ」は、結局、戦うしか能がない女だった。
アタシはどう?
戦うのを否定してみたけど、どう、世の中は何か変わった?
アタシは何にも変わってない。
名前を変えても、結局全部一緒。
戦う事くらいしか、自慢できることは無い。
だけど。
戦えるんなら、戦ってしまったって、いいんじゃないか。
人を殺したくない。
だったら、殺さないように戦えばいい。
戦い方が難しくなっただけ。
戦いを辞めるんじゃない。逃げるんじゃなくて。
「・・・アタシは」
言いかける前に。シャーリィが動いた。
「あたしは宇宙海賊デュラハンだ」
彼女は言った。
「シェードにも言ったけどな。売られた喧嘩は売り返す性分だ。相手が誰だろうが、あたし達の名前を汚したことを、後悔させるまでは手を引かない」
「シャーリィさん・・・」
彼女はアタシにウインクした。
あんたの言いたいことはわかってる、って顔だ。
「面白いじゃないさ、その3000台のプレーン。あたし達がぶっ潰してやる。なあに、全部と戦う必要なんてない。納入前に、やっちまえば良い話だ!」
シャーリィが拳を手で、ぱあん、と弾いた。
「それが、どれだけ難しくて、危険な事か、わかっているのですか?」
「もちろんよ。勝ち目はないかもしれないけど、上手くいかない、って保証もない」
シャーリィの覚悟した声を聴いて、ミリアは強く頷いた。
その横で。
「良し!」
聞き覚えのある、嫌な声がした。
「いいだろう。だったら、俺が最後にもう一つだけアドバイスしてやる」
ミリアの腰に手を回しながら、シェードが言った。
ミリアが悲鳴を上げた。
だーかーら。
どっから戻ってきやがった、こいつは。
さっき退場させられたばかりじゃないか。
警備員が走り込んでくる。
あえなく、彼は再び取り押さえられた。
「20日後だ! リドルからの輸送船が出る。軍への納入は機密事項だから、護衛は最低限の筈だ。上手くやれよ海賊!」
連行されながらも、シェードはそう言い残した。
それを伝えるために、彼はわざわざ戻ってきたのか。
少し見直しかけたが、やめた。
ああいう奴は、ちょっと甘い顔をすれば図に乗る。
警戒レベルを下げるのは厳禁だ。
でないと、ミリア長官みたいに、いつ唇を奪われるかわかったもんじゃない。
なにも、あんな奴に奪わせるために、唇を守っているわけじゃない。
いや別に、守りたくって守っているわけでもないんだが。
その年で~、とか、かえって白い目で見られるのはわかってるんだけど。
今までそういう機会というか、シチュエーションが無かったというか
・・・いいじゃない、別に。
「よし、そうすれば、船に戻って、作戦会議といくか。おい、バロン、いつまで酔っ払って寝てんだよ。しゃきっとしろ、しゃきっと」
「ふわあ、もう朝でやんすか~、姐さん~」
バロンはいつの間にか眠っていたらしい。
彼のぐにゃぐにゃする体は、抱えるのが大変だ。
二人がかりで、ようやくあたしの背におんぶしたところで、
「皆さん」
ミリア長官に声をかけられた。
「もし、どうしても行くというのであれば」
彼女は決意したように、凛としたまなざしを、アタシ達に向けた。
「あなた方の船を、強化させてください。出来る範囲ではありますが、その分は、私が負担します」
「ミリアさん!」
彼女はにこっと笑った。
アタシ達に、その申し出を断る理由は無かった。
それから、出発までは、まあ色々あったが、大きな事件は起きなかった。
ただ、シェードがどこかへ行方をくらませてしまった。
静かになって大変良かったが。ちょっと不気味だ。
出航の前日。
アタシとバロンはプレーンドックにいた。
二体の巨大な人型プレーンが、堂々たる姿でアタシ達を見下ろしていた。
一台は赤のヘビーモス。右肩にレイライフル。左手にはミサイルランチャー。そして、解体用のブレードを右手に装着している。
そして、その隣には、白銀のカスタムプレーン。
その名も!
・・・。
まだ決めていない。
ボルドーウィングの両腕と、エネルギーパネルを背負ったVトアール。
うーん。
とりあえず、V-ウィングとでも呼んでおくか。
ベースがオルダー社製ってのが、ちょっとだけ気にかかるけど、宇宙に一台のアタシだけの機体だ。
銀色にしたのは良かった。
我ながら、最高のチョイスだったぞ。
そして。
アタシは隣に立つ、バロンを見た。
肩に入った、アタシだけの機体マーク。
バロンがデザインしてくれた、女の横顔に金色の翼。
すごく素敵だ。
そして、ぜんぜん「ライ」っぽくない。
これはラライ・フィオロンのマシンなのよ。
「ありがとね、バロン」
「ん、どうしたでやんすか~」
「なんでもなーい」
アタシはたまらず、コクピットに向かってとんだ。
無重力スペースだから、簡単にコクピットに辿り着ける。
中ではゼロ自らが、最終調整をしていた。
「これが、例の装置?」
アタシは座席の後ろから伸びる2本のケーブルを見た。
「ああ、面倒な事はない。専用ヘルメットの耳の下の所にソケットがある。そこにこのケーブルをセットするだけだ。集中力が上がって、かなり動きやすくなる」
「そう? だと良いけど」
アタシは言いながら、操作レバーの横に、小さなメモリーキューブをセットした。
「それは?」
彼が聞いた。
「ジューシーカミカミの新アルバムのデータ」
「知らねえな。操縦席で音楽なんか聴くのか?」
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くはないが・・・」
なら良いでしょ。アタシの勝手。
音楽は魂の救世主なのよ。
「ボルドーウィングの残りパーツは俺が買うぞ。2000万だ。良い額だろう」
「まじ・・・いや、そんなに高く?」
「ただし、1500万は、返済分で差し引く。残り500万分、あとでアクセスキーを持ってくる」
「オッケー。やった、借金が減った」
「必ず返せよ」
ゼロの声をききながら、アタシは無重力空間に浮かび上がった。
くるくる回転しながら、笑顔が隠せない。
よーし。
こいつで、いっちょやってやるかー。
アタシはテンションがマックスになった。
これで、準備は出来た。
宇宙海賊デュラハン & 助っ人にして居候ラライの、これは初陣って奴だ。
アタシの中で、アドレナリンが溢れまくる。
こういうドキドキは、本当に久しぶりだった。




