シーン20 それって手切れ金ですか?
シーン20 それって手切れ金ですか?
アタシはバーを後にした。
てっきり、外で、待っててくれるものと思っていたら、二人とも居なくなっていた。
薄情な奴らめ。
アタシがあの男に変な事をされてたら、どうするんだ。
いっておくが、アタシは銃を持ったら強いけど、本気での格闘になんてなったら、そんなには強くないぞ。むしろ、弱いんだぞ。あんた達が、いざという時には助けに入ってくるもんだと思ってたぞ。
シャーリィのみならいざしらず、バロンまで先に帰るとは。
・・・。
アタシは少しモヤモヤした気持ちを拭えないまま、船に戻った。
二人とも先に戻っているのかと思ったら、居なかった。
退屈なので、勝手にバロンの部屋に入った。
デスクには新しい模型がまだパッケージのまま置かれていた。
この間、補給に寄った小型衛星のマーケットで買ってきたのだろうか。
人型プレーンの模型だ。絵が描いてある。
「あれっ」
アタシは声を洩らした。
ちょっとだけ武骨さがありながら、流れる様なシルバーのデザイン。
これって、リンキ―社の「ヤイバ」じゃない。
この間、アタシがゲームで使った機体だ。
バロンの奴、リンキ―社は嫌いだとか言ってたくせに。
もしかして。
アタシに見せるために、買ってきてくれたのかな。
いや、そんなワケないかー。
あいつ、そんなこと考える様な、感じじゃないもんなー。
・・・。
でも・・・。
そうだったら、ちょっとだけ嬉しいかな。
えへへ。
よし、これは見なかった事にしよう。
アタシは自分の部屋に戻った。
大分時間が経ってから、二人が戻ってきた。
結構な荷物を持ってきた。どうやら、お金が入ったので、色々と必要なものを仕入れてきたらしい。
「お待たせしたでやんす~」
「とりあえず、あんたも無事だったみたいだね。あいつに変な事されなかったかい?」
「あ、大丈夫でしたー」
「そいつは良かった。それよりさ、まずは何か腹にいれないか」
「確かに、お腹すきましたねー」
そういえば、何も食べてないな。
気が付けばお腹がペコペコだ。
「食べながら、少し話そう。分け前の話もあるしね」
分け前ですとー!
アタシの心が躍った。
本気で踊り出したくなるくらい踊った。
シェードが言った5000万より、ずっとわくわくした気持ちになった。
シャーリィは、テーブルの上に、三本のクレジットアクセスキーを置いた。
ちょっとだけ、この世界のお金を説明すると。
ニートという通貨は、エレス同盟が管理している、同盟内での共通通貨だ。
ある意味、エレス同盟の最大の存在理由かもしれない。
同盟内の惑星では、このニートを使って、様々な買い物が出来る。
ただ、いわゆる金融機関のネットワークは存在しない。というか、出来ない。
宇宙は広すぎる。
通信では、この広さを補う事が出来ない。
例えば、テア星系と、カース星系は、105万光年離れている。
つまり、光の速度で通信をしても、105万年かかるという事だ。
だから、宇宙ではネットワーク通信など、遅すぎて何の役にも立たない。
アタシたちの宇宙船は、亜空間を利用して、時間軸の隙間を捻じ曲げる。そうやって、膨大な距離を僅かの航行で通過している。だから、宇宙生活者は、消失する恐れのある形の無いものよりも、安全にその亜空間を通過できる物質を大切にする。
たとえば、わざわざ紙媒体の本や雑誌を持ち込むのは、時代錯誤な訳では無い。そういった理由があるのだ。
お金もそうだ。
直接持ち歩く必要がある。
だが、現金では大変なので、このスティックにしておいて、各地で使う。
いわゆる、プリペイドに近い感覚だと思えば、わかりやすいだろうか。
で、それが目の前に三本。
三本ってのが重要!
一本はきっと!!!
「3000万ニート、きっちりと受け取ってきた」
シャーリィは言った。
「だが、1000万は、船の維持費に必要だから、既に省いてある。それと、この1000万は、装備に回す。船の武装やら、設備の追加やらな」
そして、一本をひっこめた。
おや、どーゆー事ですかねー
そうすると足りなくないですか?
足りなくなってませんか。
誰かの分、忘れてませんかー
「でもって、この一本はあたしの取り分。600万。で、残った400万は、バロン、あんたのだよ」
「有難いでやんす。これで、一息付けるでやんすよ」
それぞれ、スティックを手にする。
ちょおっと待って。
アタシの分は?
アタシの分は無いのですかー。
そりゃあアタシは単なる居候かもしれませんけどー。
ある意味、押しかけ女房みたいな存在なのかもしれませんけど―。
この3000万が手に入った経緯には、アタシも多少なり役に立ったとは思うんですけど―。
ってーか、ぶっちゃけアタシの手柄でしょーよ!
いや、ね、100万ニートもよこせっては、思いませんよ。
思いませんけども、少しくらい、お小遣い程度はもらえたりするんじゃないかって、期待するじゃあないですか。
アタシは青ざめながら笑顔で、わなわなと震えた。
鬼だ。
こいつら鬼だ。
アタシをこき使うだけこき使って、きっと何もくれないんだ。
と思ったら。
シャーリィがアタシの前に、一本のスティックを置いた。
「これが、あんたの取り分だよ」
にこりと、微笑む。
ああ。
途端に彼女が天使に見えた。いや、女神だ。
シャーリィ様。すみませんでしたー。
一瞬とはいえ、あなたを疑っちゃいましたー。
全宇宙で最低な守銭奴とか、思ったりしちゃいましたー。
そのうち、寝首を掻いても良いかなって、考えちゃいましたー。
アタシはスティックを手にして、金額を確かめた。
50万ニートの文字が目に入った。
「え、・・・50万も?」
アタシはつい、呟いた。
一般的な会社の、初任給くらいの金額。
正直、10万ニートくらいでも良いかと思ってたのに。
「そのくらいでも、船を降りて新しい生活を始めるには十分だろ」
シャーリイが意味深な言葉を発した。
「そうでやんすねー。もう少しくらい出してもって、あっしは思ったんでやんすがね」
「馬鹿、ありすぎるのが良いってもんじゃないんだ。こいつは一応、一般人だぞ。あたし達とは違うんだからな」
あれ。それって。もしかして。
そういえば、この間シャーリィに訊かれた。
『・・・お金が手に入ったら、この船を降りるのかい?』
あ、それって、こういう事?
アタシ、なんて答えたっけ。
答え、出したっけ?
・・・。
そっか、まあ、そうだよね。
いつまでも、居候を続けるわけにもいかないか。
あたしは普通の生活を、手に入れるんだから。
アタシはお礼を言おうとした。
ところが。
「これって、手切れ金ですか?」
思わず、自分でも予想もしなかった言葉を吐いていた。
シャーリィとバロンが、同時にものすごい顔をした。
困惑? それとも、怒り?
それとも、軽蔑?
アタシは自分の失言に気付いて俯いた。
アタシ、馬鹿か。
何を口走ってんだアタシは。お礼どころか、これじゃあ恨み節に聞こえるじゃない。
この二人は、アタシを助けてくれた。
何の関係もないアタシを受け入れてくれた。
それなのに。
ちくしょー、甘えてんじゃねー、アタシ。
しばしの沈黙。
アタシは二人の顔を見ることが出来なかった。
突然。
二人が堪えきれなくなったように、噴き出して、大声で笑い始めた。
あれ?
「あんた、面白いねー」
シャーリィが、笑いすぎて涙を浮かべている。
「嬉しいっとか、言い出すかと思えばさ。手切れ金ときたもんだ。別にいいんだよ、いらないなら返してもらうから」
言いながら、わざとらしく手を出してくる。
「え、そんな、駄目です」
アタシは50万ニートを握りしめた。
「それは、ちゃんとしたラライさんの取り分でやんすよ~。誰も、ラライさんを、この船から追い出したりなんて、しないでやんす」
バロンも腹?らしきところを抱えて笑っている。
アタシは、自分が考えすぎていたことに気付いた。
心底、安心して、ものすごく大きなため息が出てしまう。
「そっかー。そうですよねー」
アタシは、何がそうなのかもわからないまま、二人につられて笑った。
うん。
この船に、もう少し乗っていたい。
海賊になる気はないけれど、この人たちと、もう少し一緒に居るのは悪くない。
いや、悪くないどころか、楽しくてしょうがないぞ。
お金は手に入った。
という事は、ここからの船旅は、今までとは意味合いが違う。
これまでは仕方なく居候させてもらっていたけど、これからは、アタシが選んで、この船に乗っているって事になる。
これは、前進だ。
アタシの人生が、今一つ前進したんだ。




