シーン19 アタシの価値はどの位
シーン19 アタシの価値はどの位
「あんたの名前は、ラライ・フィオロン」
いきなり、シェードにフルネームを言い当てられて、アタシはビビった。
ちょー、ビビった。
何で知ってるの?。アタシ名乗ってないよね。ってーか、何で、さっき会ったばかりのアタシの情報を持ってるの?
「驚く事じゃない」
彼はふっと笑った。
無駄にカッコいい顔してるから、余計に気障な態度が目につく。
シェードは、非実体のモニターを空中に浮かべた。
「これは、あんただ」
それは、アタシが逆さまになりながら銃を撃つ、カース星でのワンシーン。思い出したくもない、あのニュース映像だった。
ぎゃー。
忘れてたのに―。
もうすっかりと黒歴史の奥の奥の奥にしまい込んでたのに―
なに掘り起こしやがってるんだこいつはー。
「ちなみにモザイクを消すことも出来る」
彼は冷酷に笑った。
「やーめーてー!」
この男、敵だ。
かんっぺきに、アタシの敵だ!
「そんな事やったら、絶対殺すから。いくらあんたが何者でも徹底的にぶっ殺すから」
アタシはシェードの首根っこを押さえつけた。
「冗談、冗談だって」
シェードは笑いながら画面を消した。
ふう。あと一歩で殺人犯になるところだ。
「何で、こんな嫌がらせするのよ!」
「嫌がらせのつもりじゃなかったんだけどなー。あんたの反応が面白いから、つい、な。まあ、逆に感謝してくれても良いぜ、このニュースの元のデータは、俺が消しておいた」
「え?」
「カースTV局のデータに侵入した。だから、個人で録画してない限りは、もうこのニュースを見ることは出来ない」
彼は恩着せがましく上から目線でにやりと笑った。
「有難いだろう。お礼は、そうだな、あとで一泊二日のデートってとこでどうだ」
アタシは無視した。
それにしても、マジか。
こいつ、意外と有能なのか。
アタシの黒歴史が、少しだけグレーになった。
よし、少し生きる希望が湧いてきた。べつに絶望もしてなかったけど。
「ついでに、興味が湧いたんで、入星管理局のデータから、あんたの名前を探し出した。ラライ・フィオロンってのは、それで分かった。・・・そうそう、サービスで、入星管理局のデータも、まっさらにしておいてやったぜ。これで、あんたの前科は消えた」
「まさか、本当に?」
「俺が嘘をつくとでも」
「うん、思う」
「・・・。」
シェードは、こほん、と咳をした。
「どうやら、あんたは俺を誤解しているようだ。だが、まあ、いい」
アタシの顔を、正面からじっと見つめ、少しだけ真面目な顔になる。
「それで、あんたが何者かを調べた。ところがだ」
ごくり。
思わずつばを飲み込む。
こいつ、本物だ。宇宙一の情報屋って肩書は、もしかしたら本当かもしれない。
「あんたの経歴は、全く何も出なかった。・・・驚いた。ここまで何も出なかったのは、俺も初めての経験だ。正直、あんたという人間は存在しない、という結論に達するくらい、塵一つ出なかった」
少しだけ、ほっとする。
アタシの経歴抹消はパーフェクトだ。絶対に、正体がばれる筈はない。
だが、彼の探し屋としての腕は、アタシの想像を超えていた。
「代わりに面白い名前を見つけた」
まさか。
嫌な汗が滲む。微かに足が震えた。
「ライザ・ラナックという名前だ。なあ、聞き覚えがあるんじゃないか?」
ついに、シェードはその名前を口にした。
思いもよらなかった。
こんなにも簡単に、消したはずのその名前を見つけ出す人間が出てくるなんて。
ライザ・ラナック。
アタシが「ライ」だった時、表向きにつかっていた名前。
実在しない辺境惑星の大地主で、エレス同盟のみならず、宇宙の三大勢力である「ドゥ銀河帝国」そして「ルゥ惑星連合」とも深いかかわりを持つ人物。
・・・という事になっている。
「数年前、突如現れた謎の大富豪。その正体は若い女だったと噂されている。様々な非営利団体やボランティア施設に寄付や援助を行い、惑星戦争の孤児を救うための基金の立ち上げも行った。それらに費やした額は、なんと数百億ニート。まあ、笑えるくらいの額だわな」
・・・。
・・・。
・・・・・あれ。
そんなに?。
アタシは違う意味で愕然とした。
シェードがアタシの過去に迫っているというショックより、アタシってば、そんなにお金持ってたんだっけ、という驚き。
いやー、数億ニートは使った気がしてたけど、桁間違ってない?
「だが、この謎の大富豪は、汚点も残した。最後に手掛けた教育施設の立ち上げに失敗し、90億ニートもの損失を生んだ。そして、消えた。これまた、完璧に姿を消した」
そこは記憶に新しい。
そうか、最終的な負債総額は90億だったのか。・・・8億どころじゃなかったんだ。
我ながら、見事に踏み倒したものだ。
「ここからが、本題だ」
シェードがアタシに意味ありげな視線を送った。
「ライザ・ラナックとは何者か。そして、ラライ・フィオロンとは何者か。俺には、その正体が、なんとなくある人物に繋がって仕方が無い。さーて、当の本人はどう思う」
シェードの眼は、獲物を捕らえたハンターのそれだった。
悔しいけど、こいつはもう全てをわかってる。
わかってて、アタシの口から、それを言わせようとしている。
性格悪い。
アタシは覚悟した。
だけど、言うもんか。
「さー、誰でしょうかねー」
精一杯のごまかし笑い。
しらを切るしかない。うん。他に何もできません。
「本当に?」
「ほんとにほんと。アタシ何にも知らないし―。ライザって誰でしょーねー」
あー、自分でも白々しいとは思う。
なんか変に意識したせいかカタコトになったし。
「ふうん」
彼は疑わしそうな、というよりも、呆れた顔でアタシを見た。
「もし、あんたの正体が、俺の思う通りの人物だったら、俺はあんたを雇いたいと思っている。パートナーって奴だ。それでも思い出せないか」
思ってもないお誘いが来た。
むむ、仕事ですか。
「雇うって、このバーで?」
「表の仕事も、裏の仕事もだ」
それなら、お断りだ。
あたしはあくまで、普通の仕事がしたいのであって、働ければ良いってわけじゃない。それに、いくら見た目が良くても、こいつ、なんか嫌いだ。
「お断りします」
「金なら出す。月5000万。な、悪い条件じゃないだろ」
「ご、ごせんまん?」
やば、興奮して声に出しちゃった。
「そうだ。それに俺なら、あんたの肩書を完璧に作り出せる。ちゃんと、身分証明も作ってやれるぜ」
それは・・・良い。
身分証は欲しい。喉から手が出るほど、欲しい。
だけど。
・・・だけど。
「やっぱり、お断りします」
アタシはきっぱりと言った。
確かにさ、アタシは今、殆ど無一文だ。
住所不定無職だし、誇れるものは何にもないけど。
こいつはアタシが捨てた過去に値段をつけているだけで、今のアタシを見ていない。
これからのアタシの価値は。アタシ自身が決めるんだ。
あんたじゃない!
シェードは、アタシが断った事を、さして驚いた様子もなく受け止めた。
「仕方ない。あんたが否定するなら、そういう事にしておくよ」
彼は本気で諦めたのか、それとも、最初から本気ではなかったのか、意外とあっさりと引いた。
おそらくは、アタシの態度で、こいつは全部見抜いた。
もう、それ以上深追いはしないと決めたのだろう。
だけど、油断はできない。
「話は終わりですね、もう、いいですか」
「ああ。シャーリィ達によろしくな。あと、デートの事、考えておいてくれよ」
「しりません。では、失礼します」
アタシはぴしゃりと言って頭を下げ、ようやく、彼の視界から逃れられることに安堵した。
バーのドアに手をかけたところで、
「ところでな、一つだけ訂正しておきたい」
彼は言った。
あたしは振り向いた。
彼は真剣な眼差しで、アタシを・・・・
いや。
アタシのお尻を見ていた。
「正確には85・57・8・・・」
アタシ渾身の後ろ回し蹴りが、彼の側頭部を直撃した
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