シーン16 ガールズトークは嫌いなの
シーン16 ガールズトークは嫌いなの
ドッグ星を離れるのは、ほんの少し寂しい気がした。
なんだか、居心地のいい星だった。
宇宙生活者のオアシスと呼ばれるのが、よくわかる気がする。昔以上に、そう思った。
次の目的地までは、またそれなりの距離がある。
で、アタシは。
またもやバロンの部屋に入り浸る。
なんでだろ―。
自分の部屋よりも居心地がいい。
バロンの固いベットの上は、アタシが持ち込んだクッションで山になっていた。
横になりながら、バロンが趣味の模型を作っているのを、ぼんやりと眺める。
時々、口を挟みたくなるが、そこは我慢。
これは彼の作業なのだ。
まったりと過ごしてると。
「いつまで、ぐーたらしてんだい、この借金女」
シャーリィの容赦の無い声が飛んだ。
あら、また借金女に格下げですかー。仮メンバーってのは何だったんですかー。
「足だって、そろそろ動けるんだろ。少しぐらい働きな、居候なんだから」
またまた、反論の余地もありません。
アタシは仕方なく体を起こした。
あらやだ、頬にクッションのあとがついてるみたい。
「でも、何かすることありましたっけ?」
洗濯も、掃除も、あらかたバロンさんがやってくれたし、あとは炊事くらいだけど。
・・・つい数日前、ものすごくやる気を出して晩御飯を作ったら、危うく二人をあの世に送りそうになって、「二度と台所に立つな」と、くぎを刺されたばかりだ。
「テア方面に向かってんだけどさ、オートモードだと、少し起動がズレるんだ。あんた、宇宙船の操縦も出来るんだろ、マニュアル操作する間の、サブを頼めるか」
「それくらいなら」
余裕ですよー。
操縦と名のつくものなら、たいていは初見でも上手くできる。
アタシ達はコクピットに移動した。
サブとはいえ、宇宙船のパイロット席は久しぶりだ。
航路を再検索して、軌道がズレる原因を探る。
あった、これか。
亜空間航行のルート上に、大きな時空嵐が起きている。これはトラブルではない、むしろ、この船の安全装置が正常に働いただけの事だ。
「進路、少しずらして正解みたいですねー」
「うん?」
「到着は遅れますけど、事故にあう確率を考えれば、ましですよ」
アタシが示したデータを見て、シャーリィはなるほど、と頷いた。
「でも、マニュアル操作は続けた方が良いと思います。この時空嵐、突発性でしょうから、いつ影響範囲が広がるか」
「そうだね」
シャーリィは操縦桿を握った。
「少し、長い運転になりそうだな。疲れたら交代頼むよ」
「良いですよー」
アタシは答えた。
少し無言が続いたので、適当にその辺のスイッチをいじると、音楽が流れた。
アップテンポで、激しい感じ。
アタシこーゆー曲好き―。
と思ったが、シャーリィにすごい顔で睨まれた。
仕方なく、おとなしめのブルースっぽい音楽に変えた。
これじゃあ、眠くなる。
シャーリィは気に入った様子だった。
ちぇ、アタシには音楽を選ぶ権利もないのか。
数時間して、アタシ達は運転を交代した。
シャーリィは少し席を外して、眠気覚ましの飲み物を持ってきてくれた。
「あんたさあ」
急に、シャーリィが口を開いた。
「結局のところ、一体何者なの?」
おっと。いきなり核心をついてきた。
「ただの借金女ですよ。故郷にも帰れない」
「それだけじゃないだろ。少なくとも、堅気には思えないし」
ぐさり、とくる一言だ。
アタシは堅気になりたいの。真面目に普通に生きたいの。
「昔の事なんて、忘れちゃいましたよー」
「とぼけやがって。やっぱり何か隠してるだろ」
「たいした事じゃないですよ」
「正体不明の女を乗せてる、こっちの身にもなってみろ。まあ、あんたが敵じゃないって事だけは、薄々わかってるつもりだけどな」
「人には話したくない仕事をしてたんです。それじゃあ、駄目ですか」
シャーリィは無言になった。
アタシの言葉の意味を考えている。切れ長の眼が、時々アタシの表情を伺っていた。
しばらくして、彼女は再び口を開いた。
「じゃあ、それは良いとしてさ、なんで、アタシ達について来るんだ? あたし達は宇宙海賊なんだぞ。・・・危険だらけなのは、わかってるんだよね」
うん。良く分かってる。
だけど、正直言って、アタシにもよくわからない。
少なくとも、今はこの船に、居心地の良さを感じている。
危険さ以上に、もうちょっとくらい、ここに居てもいいかな、って思ってる。
「だって、他に、行くところもないし」
つまらない答えをしてしまった。
「お金もないし、か?」
「そうですねー」
シャーリィが少しだけ不機嫌そうな顔をした。
言い方、間違っちゃったかな。
それとも。
やっぱり、アタシがここに居るの、よくは思ってくれてない、のかな。
「じゃあ、いくらかまとまった金が入れば、船を降りるのか?」
少しだけ、答えに詰まった。
・・・だけど。
アタシは、その為に過去を捨てたんだ。
普通の生活をするため、普通に就職して、仕事して、平凡で退屈で安心できる生活を手に入れるために。全てを捨てて、あのカース星まで行ったんだ。
「そうですねー」
また、はぐらかすような言い方をしてしまった。
あーあ、アタシって、なんでいつもこうなんだろー。
真面目な話をされるのが、なんかキツイ。
アタシは話題をすり替える事にした。
「そういえば、キャプテンって、どうして船に居ないんですか」
「あー、それな」
シャーリィは困ったように、苦笑いを浮かべた。
「うちのキャプテン。ちょっと、変わってるんだよ。いや、すごい人なんだけどね」
「は、はあ」
うん。変わってるのはわかる気がする。
だって、このシャーリィやバロンをチームとしてまとめるのって、まず普通の人には出来ないと思う。
だけど、最低でも、船には乗ってるもんじゃない。
キャプテンってさ。
「多分、今ごろ」
シャーリィが遠い目をした。
どこか、遠くにいるのかな。
それとも、何か別の仕事や事件に、巻き込まれているのかな?
孤独を背負い、一人で戦い続ける戦士。そんな感じの人なんだろうか。
「たぶん。・・・どっかで、迷子になってんじゃないかなー」
・・・・。
・・・・・。
「・・・・・・え?」
耳を疑った。
もう一度。
「・・・・・・・え?」
シャーリイが頭を掻いた。
「いやあ、あの人、馬鹿みたいに方向音痴でさー。しかも根っからのコミュ症だから、絶対に人に物事を聞いたり、居場所を確かめたり、出来ないんだよねー」
アタシの中で描いていた人物像が、音を立てて崩れ落ちた。
「だから、宇宙船に乗ってても、舵なんか取れないしさ。黙ってキャプテンシートに座ってれば、見た目もそこそこカッコいいんだけど」
あっけらかんと、話す。
なんなんだ、そのキャプテンという奴はー。
「え、じゃあ、キャプテンとは、なんか理由があって離れてるんじゃなくて」
「うん。いつの間にか見かけなくなっててさー。どっかではぐれたのかな、とは思うんだけど。・・・いやあ、でも流石に探せないもんな―。宇宙って広いし」
あはははは。と、シャーリィが笑った。
いやいやいや、笑って話すことじゃないから。
その感覚、どう考えてもおかしいから。
「でも、不思議と簡単に再会出来たりするんだよ。今までも、そうやってこのチームを続けてきたからね」
「はあー」
もう、それ以上言葉が出なかった。
ってことは、結局、キャプテンなんて、いないも同然なんじゃない。
「あんたにも会わせてみたいな。うちのキャプテン。偏屈だけど、良い男だよ。あんた、もしかしたら惚れるかも」
「アタシがですか?」
アタシは頓狂な声を出した。
冗談じゃない。
そんな話を聞いて、とてもそんな感情になるなんて思えないけど。
だけど、シャーリィがその人の事を信頼していることが、不思議と伝わってきた。
「アタシは男なんかには興味ないですよー」
「あら、そうかい」
シャーリィが、にやりとした。
嫌な笑みだ。なんかよくない事を考えているだろう、その顔は。
と、思ったら。
「バロンはさー。あんたの事、好きみたいだね」
げほっ。
飲み物が気管に入った。
いきなりボディブロー並みの話題をぶち込んできやがった。
「あー、そうですかねー。そんな事、無いんじゃないですかねー」
「あら、気付いてない? まさか、気付いてないわけないわよねえ」
シャーリィの眼が楽し気な三日月型になる。
どこのおせっかいオバサンだ、あんたは。
「てっきり、知ってて彼の部屋に入り浸ってると、思ってたんだけどね」
あー、もう、こういう話題は嫌いだ。
アタシはガールズトークってやつは、苦手なんだ。
「知りませんよ。もう」
アタシは頬を膨らませて、そっぽを向いた。
シャーリィのお遊びには、ついていけない。
思わず。バロンの顔を思い浮かべた。
ん、おかしいぞ、アタシ。
なんだか顔が熱いぞ。
ちくしょう。変な話をするから、きっと調子が狂ったんだ。
えい。
アタシは音楽を切り替えた。
けたたましい音楽が溢れかえり、シャーリィが途端に顔を顰める
知らないよー。
アタシはノリノリで操縦桿を握りなおした。




