シーン15 テロリストって、呼ばないで
シーン15 テロリストって、呼ばないで
シャーリィが呼び出したのは、ドッグ星でも中枢部にあたる指令室だった。
さすがのアタシも、こんな重要な施設に入った事は無い。
って、シャーリィって何者なのよ。
ドッグ星の指令室に入れるなんて、普通じゃあり得ないんだけど。
幾重にも重なるセキュリティをパスして、奥へ奥へと通される。
アタシが「ライ」だったころですら、ここは聖域だった。
おそらく、こんな所に出入りできるのは、本当に限られた人達だけ。
待っていたのは、二人の女だった。
一人はシャーリイだ。
もう一人は、全然見覚えが無い。
すごく若い。まだ、10代かもしれないくらいの外見だ。
「おまたせでやんす」
バロンが声をかけた。
「お久しぶりです、バロンさん」
女が、親しみを込めた口調で言った。
テア星系人か。いや、違う。
背中に、透明な羽根が見えている。髪の色も、透明感のある淡いグリーンで。肌すらも、どこか透けるような印象がある。
ワスブ系の人類種だな。子供のころは幼虫の形で生まれて、脱皮を繰り返しながら大人になる、少し変わった生態を持つ人類だ。
大人になるまで、すごくゆっくりと成長を繰り返していって、一定の年になると、あっけなく死ぬ。
そういった宿命を背負っている人たち。
「こいつはラライ。うちの仮メンバーだ」
アタシはぺこりと頭を下げた。
あら、いつの間にか仮メンバーですか。居候とか、家政婦よりも格上げかな。
だけどアタシ、海賊になる気なんて無いんですけど―。
「この方は、ドッグ星のミリア統括長官だ」
彼女がにこりと微笑んだ。
最初は子供のようにも見えたが、立派な大人だった。
とても繊細な雰囲気の中に、芯の強さが滲み出ている。
美女や、美人、という言葉では形容のしにくい、静かな美しさを感じさせるレディだった。
統括長官。つまり、この星のトップか。
アタシが驚いて目を白黒させていると、
「キャプテンはご一緒じゃないのですね。残念です。あの時のお礼がしたかったのに」
ミリアが言った。
そういえば、シャーリィは自分たちにキャプテンがいる、と言っていた。
一度も会ったことが無いし、そもそも船に乗っている気配もない。
これは、いったいどういう事なんだろう。
「後で、簡単に説明するでやんす」
察したのか、バロンがアタシに囁いた。
「それよりも、一体何があったでやんすか?」
そうそう、それが先決だ。
さっき、通信機の向こうでシャーリイは
「大変な事が起きた」
と言った。
シャーリィが難しい顔をした。
「これを、見てください」
ミリアが、巨大モニターを指した。
壁面一杯に固定された立体モニターに、映像が浮かび上がる。
何かの施設が、爆発していた。
巨大な工場に見える。
一面に広がる何らかの工場が、あちこちから火を噴き始め、次々と誘爆を繰り返していく。ほんの数分で、画面全体が火の海と化した。
単なる事故には、到底思えない。
これは、徹底的な破壊だ。
あれ、この景色。どこかで見た。
それも最近。
「え、これって、カース星」
「で、でやんす!?」
バロンも同時に気付いた。
「そう、それも、オルダー社のプレーン工場よ」
「ってことは、姐さんが潜入した?」
シャーリィがこくりと頷いた。
「どういう事でやんすか?」
「これは、カース星のニュース映像さ。続きがあるよ」
アタシ達は、固唾を飲んで、画面に見入った。
『カース中央テレビです。ニュースをお伝えします』
どっかで聞いたフレーズ。
アタシの黒歴史が開きかけた。
『昨夜未明、オルダー社のカースプレーン工場にて、大規模な爆発事故が発生いたしました。原因は目下調査中ではございますが・・・・あっ』
タコの姿をした渋い声のキャスターが、言葉を詰まらせた。
『只今、犯行声明が入りました。宇宙海賊によるテロです。これは、テロによる事件です。犯行声明を出したのは・・・宇宙海賊・・ヂュラハン。これ、ヂュラハンと呼んで良いんですかね・・・・』
アタシは言葉を失った。
バロンが小さく「嘘でやんす」と呟くのが聞こえた。
「まだ、終わってないよ。更に続きがある」
シャーリィが、言って、唇をかんだ。
こんな彼女の表情を見るのは初めてだ。
『只今、犯人と思われるものの情報が入りました。映像をお送りします』
シャーリィの姿が映った。
彼女が、オルダー社に潜入しているときの映像。
そして、明らかに怪しい動きをしている姿が、明確に映し出されている。
『これは、事件の前の映像です。どうやら、爆発物を仕掛けたものと、思われます』
キャスターと解説者の、興奮したような言葉が続いていく。
やられた。
これが、依頼人、エクリプスの狙いだったのか。
シャーリィは、デュラハンは、スケープゴートにされた。
やっぱり狙いはデータではなかった。
彼女があの工場に侵入したという事実が欲しかったのだ。
「いやあ、さすがに参ったねえ」
シャーリィが、感情を押し殺した声で言った。
「まさか、こんな事になるとはね。いくらキャプテンが不在だからと言って、あたし達も舐められたもんさね」
「姐さん、どうするでやんす」
バロンが、泣きそうな声になった。
「今、それを考えているところだよ」
「キャプテンを探してみるでやんすか。こんな時キャプテンがいれば」
「馬鹿を言うんじゃないよ、あたし達で下手を打ったんだ。自分達で解決しないと、恥ずかしくてあの人に顔をあわせられるか」
アタシは、彼女の手がまだあのメモリーキューブを握りしめているのに気付いた。
「シャーリイさん、そのキューブは」
「ああ、ここで、解析してもらってたんだ」
彼女はメモリーキューブに視線を落とした。
「中身は、オルダー社の出荷記録だった。今までと、これからの」
「変わった点はありました?」
「ああ」
シャーリイは再び爆発を繰り返す映像を見上げた。
「この工場から、エレス同盟軍にプレーンの直納予定があった」
「軍に・・・ですか」
彼女は真顔で頷いた。少し、不安げな影を浮かべていた。
軍のプレーンは、市販プレーンとは異なって、その制作過程も工場も、当然メーカーも重要な機密事項になっている。軍備全体で言えば、一部センターアイランド重工やブラックダイヤ重工など、それ専門の企業も存在するが、こと、プレーンになると、特に機密性は高い。
もちろん、4大メーカーと言われる、オルダーやヤック、カザキ社などが技術提供をしているという噂はよく聞こえてくるが、これは、それを裏付けるデータという事だ。
しかし。
このデータに、それ以上の価値はあるのだろうか。
確かに、反武装を訴える民間会社が、軍のプレーン兵器製造に関わっているとなると、一大スキャンダルではある。
とはいえ、これは、世界では暗黙の事実という奴で、一部の連中が不買活動を訴える事があったとしても、業界の根幹を揺るがすほどの問題ではない。
むしろ。
法的には全く問題が無く、単なる企業精神に反した行為、というレベルで語られて、数か月後には忘れ去られる程度の話にしかならない。
シャーリィの表情を曇らせたのは、それだけではなかった。
「問題は、その数だ」
彼女は言った。
「聞いて驚くなよ。・・・3000機だ。軍事用のプレーンが一度に3000機。こいつは半端な数じゃない」
流石に、アタシも開いた口がふさがらなかった。
3000機のプレーンか。
一つの星を制圧できるレベルの数だ。
アタシは爆発する映像に、そのプレーンの姿を重ねた。
どこまで、準備ができていたのかはわからない。
完成していたのか、それともまだ生産中だったのか。
どちらにしても、この爆発を見る限りは、その3000機も、出荷を前に無残な最期となった事だろう。
という事は、この爆発の理由はそれか。
つまり、3000機の納入を阻止したい者がいたのか。
だとすれば、ライバル会社の仕業?
それとも、プレーンの軍事使用を嫌悪する過激派?
うーん、どうもしっくりこない。
アタシは無言でシャーリイを見た。
ここは、彼女の決断の場だ。
アタシの出る幕じゃない。
だけど。
少しぐらい、話をするくらいなら、許されるかな。
「なんで、スケープゴートが必要だったんでしょうね。そして、なんでそれが、デュラハンだったのか。シャーリィさんは、どう思います」
「何でって・・・そりゃあ」
言いかけて、彼女の唇が止まった。
「何でって。確かに、何でだろう。他メーカーの妨害だとして、そんな手間をかける必要なんてない。過激派とかなら、自分たちの名前を出すはずだしね」
「これって、世の人から見たら、売名行為に見えますよね」
「え?」
「デュラハンが本当にテロを起こすとしたら、どんな理由がありますか。きっと、売名行為ぐらいなものですよ」
「確かに」
彼女が頷いた。
海賊の売名行為に見せたい。でも、組織に属している海賊を使うわけにはいかない。なぜなら、組織とは敵対したくはないか、その組織そのものだから
アタシは、静かに思考を巡らせた。
この爆発を仕掛けたものは、これが他人の手によるものだと、見せかけなくてはならない。事故だと思われてはいけない。事故だといけない理由。
まさか。
アタシの脳裏に、不気味な想像が広がった。
この事件を仕掛けたものは、もしかすると。
だが、確証はない。
この推理を裏付けるには、もっと情報がいる。
シャーリィも、何かに気付いたようだった。
アタシと目が合った。
「やっぱり、情報屋に行ってみるしかないか」
「アタシも、それが良いと思います」
次の目的地は、決まった。
「ミリアさん、船の修理はいつ終わるかな」
「休みなしで作業しますから、明日の昼までには」
「助かるよ」
「お安くしときますね」
ミリアが微笑んだ。
幾らくらいで、請け負ってくれたんだろう。
アタシはその額がとても気になった。




