シーン13 貧乏海賊どこへ行く
シーン13 貧乏海賊どこへ行く
メディカルボックスとは、その名前の通り、治療用のマシンである。
様々なタイプがあるが、スリープ式というのは、中に入って強制的に睡眠状態になりながら、治癒力を高め、通常の数十倍の速度で肉体の回復をはかるものだ。
常に危険を伴うアタシ達宇宙生活者にとって、この回復装置は、欠かせないアイテムだ。
足首の骨折程度なら、二日間もみっちりとボックスに入れば、日常生活に支障がないくらいに、回復できる。
普通なら、その・・・筈だった。
「なんで二時間で、強制停止しちゃうのよ、あのボックス!?」
アタシは足首をギブスがわりの船外活動用固定ブーツで固めたまま、ベッドの上で喚いた。
中古で買ったというそのメディカルボックスは、一度稼働しても、数時間すると勝手に動作を停止し、また4~5時間放置しないと再起動しないという、全くもって、どうしようもないものだった。
一日3回は使用できるとしても、完治までには7日以上かかる計算になる。
それまで、この不自由な生活を続けろというのか。
不自由。そう、不自由ですよー。
食事はバロンに運んでもらわないといけないし。
雑誌や本はバロンに選んできてもらわないといけないし。
掃除はバロンに頼まないといけなしい。
洗濯は・・・。
下着だけは自分でしよう。
とにかく不自由だ。
プシューという音がして、ドアが開いた。
バロンに頼んだお気に入りのフルーツジュースが届いたかと思ったら、彼と一緒にシャーリィが入ってきた。
あれから、丸1日経っていた。
船は早々に衛星ロビンを離れたが、まだデーンの周辺を航行していた。
これからどうするか、何をすればいいかが、まだ白紙の状態だったからだ。
「足の具合はどうだい」
言葉ほどは心配そうな顔もみせずに、シャーリィが訊いてきた。
「そんなすぐには良くなりませんよ」
「まあ、そうだろうね」
彼女はデスクの前に座った。
所在なさげに、バロンは少しうろうろしたあと、アタシにジュースを差し出して、その辺の床にそのまま腰?をおろした。
「で、これからどうするかだ」
シャーリィが難しい顔で腕を組んだ。
アタシとバロンは顔を見合わせた。
結局、あてにした報酬は手に入らなかった。それどころか、命を狙われた。
とりあえずは逃げきったけど、何が起きているのかを、見極めなければならない。
「八方塞がりでやんすね~。貯金もそろそろ尽きるでやんすよ」
「今、幾らあるんだっけ?」
「予備を含めて、300万ニートでやんす」
聞き耳を立てた。
日常生活にはしばらく問題ないけど、装備は整えられないレベルか。
それでも十分、アタシには羨ましい桁だ。
「あたしは、個人的に50万くらいは持ってる。バロンあんたは?」
「あっしは、銀河共済に積み立てしてるでやんすからね、それを下ろせば300万くらいにはなるでやんす」
どんだけ堅実な海賊なんだ。こいつは。
突っ込みたい気持ちを抑えて、アタシはジュースを飲んだ。
甘さは正義だなー。美味いな―。
幸せ―。
「あんたは、どうせお金持ってないよね。借金まみれだし」
シャーリィが蔑んだ眼でアタシを見た。ほっとけ。
「だと、やっぱり残ったのは、こいつだけか」
シャーリィがポケットからメモリーキューブを取り出した。
あの時、アタシが咄嗟に持ち帰ったやつだ。
つまり、アタシの手柄だ。少しくらい感謝したら。
「こいつを、どっかで売っぱらうか。需要はあるんだろうし。幾ら位になるかねえ」
アタシはそのメモリーに視線を向けて、少し思案した。
「シャーリイさん、そのメモリーデータ、詳しく解析しましたか?」
「さらっとは確認したけど、・・・いや」
「見てみた方が良いかもしれない。思ったより、価値のあるデータではないかもしれませんよ」
「え?」
エクリプスという男、あれはそのダミーでしか無かったが・・・あの男は自爆してアタシ達を始末しようとした。
・・・あの場に、このメモリーがあったにもかかわらずだ。
つまり、あの男がどこかの組織の回し者として、そいつらはデータを欲しがっているワケでは無かった。そういう事になる。
「じゃあ、このデータを消したがっていた?とか」
「だったら、わざわざ盗ませる必要があります?どうせコピーデータですよね」
「確かに、じゃあ、どういう事なんだ?」
「アタシにもわかりません、けど」
エクリプス。その名前が、気にかかる。
「情報屋あたりを当たって、依頼人を洗いなおしてみたら、どうですか」
「それが良いかもしれないな」
「情報屋に心当たりは?」
「ある。一応信頼できる奴だ。ちょっと面倒な男だが、今回も大分助けられた」
「信頼できるんですか? 依頼人と繋がっていたりは」
「しないと思う。古い付き合いだからな」
だったら、大丈夫かな。
一抹の不安はあった。
情報屋を使うのは諸刃の剣だ。あの手の連中は金次第で動く。味方だと思って安心していると、平気で裏をかかれる。
この二人、どう見ても宇宙海賊にしてはお人良しすぎるし―。
まあ、ご厚意に甘えている身では、そんな事、言えないけど。
「それにしても、あんた、意外と頭がまわるね。見た目の割に」
「どーゆー意味ですか」
シャーリィはにやりと笑うと、メモリーを握りしめたまま、部屋を出て行った。
ったく。
本当に一言多いのよ、あの吊り目女。
アタシは見るからに聡明な雰囲気出してるじゃない。
なんだっけ、美人薄命、じゃなくって、明眸皓歯っていうの。あれって、アタシのためにある言葉よね。
アタシは憤懣さを追い払うように、ずずーっと、ジュースを飲み干した。
空いたコップを、バロンが何も言わず受け取った。
「ああ見えて、姐さん、だいぶラライさんを気に入ったんでやんすよ」
「え、あれで?」
「あれででやんす。姐さん、正直言って、人付き合いは苦手でやんす」
まあ、あれじゃあそうでしょうねえ。
見たまんまだ。
何も話さなければ美人なんだよね。それはそれで、近寄りがたい雰囲気になるけれど。
「ラライさんが居てくれて、良かったでやんす」
「え」
にこっと、バロンが笑った。
あれ。
かわいい顔して笑うんだなー。
「あっしも、姐さんも、二人だけじゃ、あのまま殺られていたかもしれないでやんす。こうして居られるのも、ラライさんのおかげでやんすよ」
「そんな、アタシなんか。かえって足手まといじゃない」
「とにかく、ありがとうでやんす」
何よー。
バロンったら、嬉しい事言ってくれるじゃない。
こうしてみると、彼って、悪くない。
見た目さえタコでなかったら、結構、良い男なのかもね。
じっと見つめた。
うん、全然見慣れてきた。
アタシ今まで、彼の事、悪く考えすぎて、いたのかな。
「こっちこそ、ありがと。しばらくの間かもしれないけど、よろしくね」
アタシも正直に、最大級の笑顔を向かべた。
彼がまたゆでだこになった。
なんかすごくいい気分。
「じゃ、あっしはこれで」
彼が部屋を出ようとした。
アタシは大事なことを思い出した。
「まって、もう一つ、お願いがあるの」
彼のの背中に向けて、声をかける。
「あとで、ジュースのおかわり持ってきてー。あと、お菓子があると嬉しいな。今からドラマ見るからー」
彼は後ろ姿のまま、ぐっと親指を立てる、ような仕草をした。
以前なら馬鹿にしたくなったであろう、わざとらしい仕草が、気のせいか普通に見えてきた。
うん。彼は良い人だ。
いずれこの船におさらばして、普通の生活を始めるつもりではいるが、バロンとは友達としての付き合いが続くかもしれない。
本気でそう思った。
それから、数時間後。
アタシが仮眠程度のメディカルボックスから出てきた時には、次の行き先は決定していた。
「一旦、メンテナンスを兼ねて、船の修理ができる所に向かうよ」
シャーリィが言った。
「この間、シビア―ルに撃たれたエンジンの調子が、ここにきて悪くなったでやんす」
「安全な場所があるの?」
アタシは一応訊いてみた。少しだけ、心当たりはあった。
バロンが頷いた。
「まあ、フリーランスの宇宙生活者や、あっし達みたいな一匹狼の宇宙海賊には、オアシスみたいな星があるでやんす」
やっぱり。
この近くで、安全な中立地帯と言えば、遊星R-7、通称ドッグ星だ。
非正規で、それなりの料金はかかるけど、お尋ね者だろうが誰だろうが、分け隔てなく受け入れる宇宙の駆け込み寺。
警察や軍には組みせず、常に独立を貫いている。
ただし、そこを利用する者は、絶対にその場での揉め事は禁止だ。
かくいうアタシも、その昔お世話になった事はある。
勿論、正体は隠しての話だけど。
でも、大丈夫かな。
エンジン修理は、安く見積もって200万はかかる。
貯金。
・・・尽きちゃうかもしれないよ。
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