シーン10 家政婦するのも悪くない
シーン10 家政婦するのも悪くない
バロンは役に立った。
どこからかフライキャリアーを探し出してくれて、要らない荷物をテキパキとより分ける。いるものは別の部屋に押し込んで、いらないものは、とりあえずプレーンドッグの片隅に山積んだ。
荷物の下から生ごみめいたものが続々出てきたのは、二人して背筋が凍った。
室内の電源を入れ、感染対策用の殺菌ホースをセットして室内をクリーニングする。
それから、壁面の簡易ベッドや、本来設置されていたデスク関係のメンテナンスを終えると、それなりに部屋として見れるようになってきた。
居住ブロックの中で、一部屋だけ、中から鍵がかかっていた。
使用中と書かれた黄色いランプ。
トイレじゃないんだから、使用中ってどうなんだろう。
「そこはキャプテンの部屋でやんす。勝手に開けると怒られるから、いつもそのままにしてるでやんすよー」
「ふーん」
キャプテンか。
まだ姿を見せない第三の乗組員。しかし、二人の態度からすると、今はこの船には乗っていないようだ。
まさか、この部屋の中にずっといて、姿を見せないだけ、って事はありえないよね。
少し時間はかかったが、大分めどが立ってきた。
基本的に、作業の八割を彼が、二割はアタシがやった感じだ。
まあ、あっちは八本腕だし、アタシは二本腕なんだから、ちょうどいい作業分担だ。
「きれいになったでやんすね~」
バロンが満足げに声をあげた。
うむうむ、褒めて遣わす。
「あ、着替えとかないんだっけ」
アタシは室内の壁面に備え付けられたクローゼットを開いて、空っぽの中身にため息をついた。
アタシの荷物は、って言っても、そんなにあるわけじゃなかったけど、入星管理局に拘束されたときに全部没収されたままだ。
思い出の品なんか、特になかったからどうでも良い。だが、下着やら使い慣れた日用品が無くなったのは、ちょっと悲しい。
バロンがアタシの気持ちを察してか、アタシの肩をポンと叩いた。
気遣ってくれるのは嬉しい。
それでも、かえって切なくなるのはなんでだろう。
と、突然ドアが開いた。
「よーし、片付け終わったな、次は洗濯だー」
シャーリィめ、どっかで見てやがったな。
「洗濯ですか、アタシ、少しだけお腹が空いたんですけど―」
「炊事は洗濯の後だ。言っとくけど、ご飯もあんたが作るんだからな。で、食べるのはアタシが先だ!」
ぬぬ、どこまでも嫌な奴。
いたいけな娘を虐める、意地悪な継母みたいだ。
でも、立場上逆らうわけには・・・。
「わ、・・・わかりました」
「素直でよろしいー!」
シャーリィは去っていった。
くそー。今に見てろ。このままじゃあ済まさないからなあ~。
「姐さん、本当は今週の洗濯&調理当番だったでやんすからね~」
バロンが呆れたように言った。
なに。
つまり、あの女、自分がしたくないから、単にアタシに押し付けているだけか?
アタシは怒りに打ち震えながらも、バロンの手を引いて洗濯室に向かった。
「随分、洗濯物が多いよね。何でこんなに溜まってるの?」
アタシはうんざりした声で彼に訊いた。
バロンはせっせと洗濯機を回していた。一回目が終わると、すぐに二回目の分を放り込んで、終わった衣類からどんどんとたたんでいく。
それを横目に、アタシは部屋の隅に腰を下ろして、彼の部屋から勝手に持ちだしてきた雑誌のページをめくった。
ついでに、同じく彼の部屋の冷蔵庫で見つけた、オレンジ色のジュースをすする。まあ、甘くておいしい事。
「あ、言ってなかったでやんすね」
「何を?」
「この船、最近買ったばかりでやんして」
「え?」
「さっきの部屋が片付いてないのも、前の船からの引っ越し荷物を無理やり突っ込んでいたからなんでやんす。ちなみに下から出てきた生ごみは、その前からあったゴミだったんでやんすよ」
そうなのか。じゃあ、今アタシが着ている服とか、この大量の洗濯物の持ち主は?
「いわくつきの船でやんしてね。レジャー船でやんしたが、船内で大事故があったかして、乗員が全員お亡くなりになられたでやんす」
アタシはジュースを噴き出した。
「じゃ、この服も?」
「全部遺品でやんす」
・・・。
デーンに着いたら、新しい服が欲しい。あ、でも、お金ない。
「なんで、受け取り前に船内クリーニングしてもらってないの!?」
「外装のカスタムだけで、予算が尽きたでやんす」
情けない回答が来た。
・・・ってーか、外装よりも先にすることあるでしょー。
普通なら、外装はノーマルでも、装備は戦艦並ですっ、っていうのがセオリーじゃない。
なんで外観は海賊船で、中身は旅客船なのよ!
「で・・・この衣類洗って、どうする訳?」
「もったいないでやんしょ、デーンで古着屋に売るでやんす」
・・・。
聞くんじゃなかった。
「はいこれ」
「え、あ、ありがとう」
アタシはバロンが差し出したものを受け取って、思わずお礼を言った。
女性ものの下着と衣服。それなりにきれいな物ばかりだ。
洗濯の合間を縫って、アタシのために、わざわざより分けてくれたのだろう。
こいつ。
なかなか良い奴じゃないか。
でも。・・・全部遺品なんだよね。
彼が9割やってくれたおかげで、洗濯は無事終わった。
さて、最後の難関だ。
自慢じゃないが、アタシは調理なんて、殆どしたことが無い。
いきなり炊事をしろなんて言われても、無理に決まっている。
再び途方に暮れていると、
「とりあえず、常備用宇宙食セットを温めるだけで良いでやんすか」
ありがとうバロン。いえ、バロン様。
結局、全部彼にやってもらった。
そんなこんなで、アタシの家政婦生活はしばらく続いた。
このアタシが、まさかこんな屈辱的な日々を強いられるなんて。
って思いつつも、気が付けば、だいたいの仕事はバロン任せだ。
アタシは、というと、彼の部屋でゴロゴロと雑誌を見たり、彼が作りかけの模型に手を出して怒られたり、はたまた荷物の中から見つけた連続惑星ドラマを見て、泣けるはずのシーンで大笑いしていただけだった。
うん。良い生活だ。
なんだかんだ言って、一人で過ごすのはつまらない。
バロンのベッドにクッションを持ち込んで、自堕落に菓子を食べていると、いつの間にかシャーリィが隣で、人の菓子袋に手を突っ込んでいた。
「あ、今のシーンもう一回」
「はい」
ぱりぽり、ぱりぽり(お菓子を食べる音)
「お茶飲みます?」
「ああ」
ずずー。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
こうして、アタシたちは長い宇宙船生活を過ごした。
バロンはよく頑張った。
えらい、えらい。
間もなく、デーン星に到着する頃。
アタシはプレーンドッグに足を運んだ。
丸く加工した金属板にクッションを張り付けた物を持って、無重力になっている空間に飛び込む。ヘビーモスのコックピットに到着すると、先客がいた。
バロンだった。
「どうしたでやんすか?」
「これ、そのシートに突っ込もうと思って」
アタシが差し出した補助シートを見て、バロンは複雑そうな顔をした。
「アタシ、そのシートだと、お尻が埋まるから。借りる時に穴埋めにと思って」
「ラライさん、操縦なかなか上手でやんすもんね」
「ちょっと経験があるだけ」
バロンがよけてくれたので、手作りの補助シートを差し込んでみた。
洋風便器に、子供用の補助シートを嵌めたみたいな形になった。
まあ、見た目はよろしくないが、運転には支障がなさそうだ。
「バロンさんは何をしてたの?」
「あっしは、ラライさんが手に入れてくれたレイライフルを、こいつに同調させてたでやんす」
「使えるでしょ」
「ばっちりでやんすよ」
アタシはコクピットから体を乗り出して外を見た。
ライフルが空中に浮かんでいた。エネルギー供給パイプがピンと伸びて、ヘビーモスの肩口に繋がっていた。
「手には持たせないの?」
「肩に固定するでやんす。ヘビーモスに機動性は期待できないでやんすからね、固定式にして命中率と射程を確保するでやんすよ」
「うん、良い選択ね」
バロンは嬉しそうな顔をした。
「やっぱり、ラライさんは話が分かるでやんす」
「シャーリィさんは?」
「姐さんは、プレーンとかカスタムとかには興味ないでやんす。どっちかと言えば、銃とかナイフにはうるさいんでやんすがね」
あー、そんな感じする。
「もう少しでデーン星か、こうしてみると、あっという間だな―」
「やっぱり、そこで船を降りるでやんすか?」
「そういう約束だしね」
「でも、じゃあこの補助シートは?」
「・・・念のための準備」
少しだけ、嫌な予感がする。
二人とも、デーンで報酬を受け取ったら、それで今回の任務は終了だーって、楽観的に考えているみたいだけど、アタシは、なぜかそんな気がしなかった。
過去の経験のせいだろうか。
必要ないとしても、備えておいて損は無い。・・・気がした。
それに。
このまま船を降りる事が、不安でもある。
だって、結局のところ、アタシは一文無しだし。
デーンで働こうにも、身分証明書だってないし。
また、不法入星や身元不詳の不審者として、捕まる可能性もある。
できれば、多少なり元手が欲しい。
「なんだか残念でやんす」
心から、そう思っている様子で彼は言った。
「アタシも同じ気持ち。この船って、意外と居心地よかったし」
アタシも心からそう答えた。
「もう少し、一緒に来たらどうでやんす? どうせ、部屋も余ってるでやんすよ。ラライさんが居ると、あっしも楽しいでやんす」
バロンは寂しげにアタシを見た。
少しだけ、胸がどきんとした。
あれ、アタシ、この言葉が欲しかった?
アタシは彼に顔を近づけた。
「本当にそう思う?」
「思うでやんす」
なんて良い奴。これまでタコタコ言ってて、ごめん。今度から、たまにしか言わない事にする。
「じゃあ・・・」
「はい、そこまでー」
シャーリィに水を差された。
「バロンが何と言おうと、あたしはまだ、あんたを認めたワケじゃないからね」
釘を刺すように、シャーリィは言った。
あー、そうですよね。そんなのわかってますよ。
「それより、そろそろデーンの重力圏内に入るよ、コクピットに集合」
「はい」
「はいでやんす」
「ラライ、あんたはサブシートだよ」
「はーい」
ちっ、一番固いシートか。
仕方なく頷いて、アタシたちはコクピットに戻った。




