シーン9 整理整頓、苦手です
シーン9 整理整頓、苦手です
「まあ、今のところは信頼する事にして、少し事情を話しておくか」
シャーリィは、少し態度を軟化させてくれた。
アタシはほっとした。
「依頼の内容はね、これさ」
そう言って、ポケットから、小さめのメモリーキューブを取り出した。
固形のデータ記録媒体。
亜空間転移の衝撃から消失を防ぐために作られた、ボックス状のそれは、まるでおもちゃのブロックのように組み合わせてセットすることで、宇宙船からプレーンなど、様々な機械に使用する事が出来る。
エレス同盟の支配圏内の宇宙では、よく使用されているものだ。
「中身はなんですか?」
「オルダー社が、プレーンの軍事開発に関与してたって、裏付けるデータさ。こいつなら高く売れるよ。欲しがる奴はいっぱいいるぜ」
「それを手に入れるため、バロンさんは潜入してたって、事ですね」
「は、こいつは潜入なんかしてないよ」
「え?」
シャーリィが冷めきった目でバロンを見た。
バロンは横を見て、ごまかすように口笛を吹いている。無駄に上手い。
「カース人だし、本当はこいつが潜入する予定だったんだ。でも、この馬鹿、身分証明書の作成をケチったもんだから、潜入する前に捕まっちまいやがって」
「はー、それでー」
バカにした目で見ようと思ったが、ちっ、アタシも一緒だ。
「仕方なくあたし一人で全部やったのさ。幸い、腕利きの情報屋が協力してくれたからね、下準備もそいつが手回ししてくれたんだけど」
「それで、脱出のついでにバロンさんを回収した」
「そういう事」
ようやく、ここまでの流れが見えてきた。
それにしても、ここまで話してくれたってことは、シャーリィは、少なくともアタシを敵じゃないってくらいには、認めてくれたってことか。
ちらりと彼女を見る。
相変わらず厳しい目線だ。でも、さっきよりはマシ。
あ、わかった。
さっき、デュラハンって名前、褒められたと思って、少しご機嫌なんだ。
「そのキューブ、どうするんですか?」
「自分たちでさばいても、それなりには儲かるんだろうけどね。今回はクライアントがいるからな。今からそいつに届けるさ」
シャーリィは大事そうにキューブをしまった。
依頼人か。いったいどんな奴だろう。
オルダー社に軍事開発データがある事を嗅ぎつけたって事は、かなりの情報網を持った奴に違いない。だとすると、個人、では無いような気がする。
それにしても、それ程の重要な仕事を、こんな無名の宇宙海賊もどきに任せるなんて、そのクライアントは一体どういうつもりだろうか。
二人には悪いけど、彼女達が「宇宙海賊」を名乗っているのは、どうしてもお遊びにしか思えない。アタシが見くびりすぎているだけかもしれないけど。
つい、バロンを見た。目と目が合った。
彼が頬を赤らめて、すっと視線を外した。
なにその態度? ん、もしかしてアタシを意識してる?
試しに視線を逸らしてみる。
バロンがアタシを見た。
うーん、やっぱり怪しい。
バロンを見る。→バロンが視線を逸らす。
アタシが目を逸らす。→バロンがアタシを見る。
バロンを見る。→バロンが視線を逸らす。
アタシが目を逸らす、ふりをしてもう一回バロンを見る。
またもや目が合った。
バロンがゆでダコになった。
なんだよー、こいつ完璧にアタシを意識してるじゃない!
タコなのに。タコのくせに。
なんだか、動揺してしまった。
自慢じゃないが、アタシはナンパな声掛けをされたことは沢山あるが、こういうマジな反応をされた経験は無い。一度たりとも無い。
うわ、なんか意識されてると思ったら、こっちまで顔が熱い。
やばい、アタシ顔赤くなったかも。
いやいやいや、そんな筈はない。アタシのプライドにかけて。それは無い。
「あのさ、お二人さん、何遊んでんだよ」
シャーリィが言葉を挟んだ。
「あ、遊んでは無いですよ―」
アタシは慌てて彼女に笑身を向けた。
「どうでも良いけどね、この船は、今から惑星デーンの居住衛星へ向かう。そこで、クライアントが待ってるからな」
「デーンですか。まあ、そこそこ距離もありますね」
デーンなら、エレス同盟内の星で、キリル星系になる。キリルは比較的テア星系人に近い人類種だから、アタシにも都合が良い。
じゃあ、そこで降ろしてもらうか。
テアの標準時間に換算すれば、120時間くらい。それまでは、のんびり船旅って事ね。
「あんたには、色々としてもらうよ」
「へ?」
変な声が出てしまった。
シャーリィは氷の様な微笑を浮かべた。
「ただで、乗れるなんて、思ってないだろうね。どうせ一文無しなんだろ」
う、反論できません。
「炊事、洗濯、掃除に整理整頓、全部やってもらうからね、覚悟おし!」
「えー、このゴミ屋敷みたいな船を全部ですか?」
「ゴミ屋敷だって?」
あ、本音出ちゃった。
怒りますかね―。
・・・。
怒りましたね―。
「良い度胸だ借金女、とりあえずあんたには、今日中に居住区の整理をしてもらうよ、自分の部屋は自分で作るんだね。でないと、この部屋で、こいつと一緒に寝てもらうよ」
こめかみに怒りマークを浮かべながら、親指で、バロンを指した。
バロンが再びぽっと頬を赤らめる。だから、その態度は止めろー。
こいつの部屋に、こいつと一緒は嫌だ。
なんとなく、貞操の危機のような気がする。
まあ、家政婦のまねごとくらいなら、我慢するしかない。
「はい、・・・わかりました」
アタシは渋々従った。
なんだか、ものすごく屈辱的な気がする。
いや、自分の立場くらいはわかってますよ。
シャーリィさんの言う事も、決して不当な事でもないし。まあ、仕方ないとも思う。
でも。
なんか彼女に従うのが、すごく悔しい。
「よし、ようやく素直な返事だね。それじゃあ、早速頼むよ」
シャーリィは言い終えると、満足げに部屋を出て行った。
はあ~。
アタシは大きくため息をついた。
「どうしたでやんすか、ラライさん」
「何でもない。ただ、ちょっと疲れただけ」
「もう少し、ここで休んだらどうでやんす」
「ありがとう、でも、遠慮するわ。迷惑だし」
「迷惑なんてこと、無いでやんすよ」
「大丈夫だって」
アタシは言って、固いベットから腰を上げた。お尻がしびれていた。
仕方ない。さっさと、掃除して、自分の部屋を作ろう。
意気込んで廊下に出た。
そしてアタシは途方に暮れた。
なんじゃこのゴミの量は。
どの部屋も、アタシの腰くらいまで物が詰め込まれている。
いったん外に出して、場所を作って、と思っても、少し動かしただけで通路が通り抜け不能状態になってしまう。
一個ずつ中身を確認して、捨てるしかないか。
アタシはとりあえず、一番手前のミニコンテナを開けた。
マニアックな、プレーンの写真集と、カスタム雑誌が入っていた。
これは、バロンの持ち物ですな。
思わず一冊を手に取った。
・・・・。
・・・・。
・・・・・ぱさり(本をめくる音)。
・・・・・・はっ!?
しまった、トラップに引っかかってた。
既にさっきから数時間経っている。
片づけをしていると、懐かしいものを見つけたりして、つい面白くなって、すっかり他の事忘れちゃうって、よくあるよねー。
仕方ない人間の性って奴よね―。
「何遊んでんのさ」
背中から、ひや水を浴びせかけられた。
その声はシャーリィ
「遊んでなんか、いませんよー」
「さっきからずっと、通路の真ん中で本読んでるだけじゃない。勝手にバロンの部屋から煎餅までもってきてるし」
・・・!
本当だ。アタシ煎餅抱えてる。
気付かなかった。無意識って怖い。
「ボロボロって、余計、その辺り汚くしちゃってるし、あんた、そんなんじゃ良い家政婦にはなれないよ」
・・・いや、家政婦は目指していないのですが。
アタシはしゅんとして、煎餅の袋をバロンの部屋に投げ込んだ。
「今からやりまーす」
「よし」
シャーリィは去っていった。
なんなんだ、あの女は。小姑か。
それにしても。
・・・。
整理整頓って。どうするんだっけ。
よく考えれば、アタシ、あんまり掃除とかした事ない。
散らかすのは大得意だけど、汚くなったら、ナパームで焼却して終わらせてたし、「ライ」の頃はチームに片付け得意な奴がいたから、全部やってもらってたし。
このままじゃ、アタシに部屋はできない。
アタシは廊下の真ん中で、頭を抱えた。
こうなれば、最後の手段しかない。
できればこの手は使いたくなかったが。
アタシは意を決して、扉を開いた。
「バロンさーん、手を貸して下さ~い」
プライドは、もはやこの際必要ない。今必要なのは、彼の八本の腕だ。
泣きついたアタシに、彼は、ポッと顔を赤らめ、嬉しそうに頷いてくれた。




