シーン0 プロローグ
蒼翼のライ エピソード1公開始めます。
エピソード1とはいっても、プロローグ含めて全37回、ちゃんと独立して完結します。これから(ほぼ)毎日更新予定です。エタったりはしないので、ぜひぜひ読んでみてください。
感想、ブックマーク、評価、よろしくおねがいします
「美貌の元宇宙海賊は就職が出来ない」
シーン0 プロローグ
漆黒の虚空を、一筋の閃光が抜けた。
遅れて、幾つもの光の粒が沸き上がる泡のように、浮かんでは消えていく。
無音の爆発は、遠目には鮮やかなネオンの輝きにも似ていた。
「リン、援護射撃を頼む。もう一度だけ、突っ込む」
レシーバー越しに、切羽詰まった声が響いた。
「これがラストチャンスよ、ライ」
「分かってる。大丈夫、決める!」
「信用ならないんだから」
青色の宇宙服に身を包んだパイロットは、騎乗する人型汎用プレーンの操縦桿を握りしめた。振動が掌に伝わり、体を突き抜ける感覚が襲う。
近接戦闘用にカスタマイズされた機体が、無数に飛び交う宙空制圧用の軍事戦闘機を次々と回避した。円を描くように旋回しつつ、巨大な敵の母艦の背面へもぐりこんでゆく。
この船に搭載された惑星核破壊兵器を葬らなければ、何億もの罪もない人々が、破滅への運命へと巻き込まれる。それだけは、命に代えても防がなければならない。
それが、彼女の使命であり、最後の大仕事だ。
巨大な宇宙戦艦は、その砲門を一斉に開いた。
ライのプレーンはその最も巨大な開口部に突入を開始した。
タイミングが、一秒でもずれたら・・・死ぬ。
「行っけぇ―」
エネルギーが巨大な渦を巻き、臨界を迎えようとする瞬間。
黄金の輝きを眼前に見ながら、ライはトリガーを引いた。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
そんなこと、あったね。うん。
・・・・・。
蒼翼の宇宙海賊ライ。
今や全宇宙がその名を知る事になった、伝説の名前だ。
正体不明、孤高の女海賊。
たった一隻の船で、巨大な犯罪組織エンプティハートを壊滅させ、癒着していたエレス宇宙軍の暴走を阻止した事件は、今もなお人々に語り継がれている。
エレス惑星同盟を破滅の危機から救った英雄
噂は噂を呼び、その活躍は映画やドラマにもなって、宇宙生活者の希望となった。
それが、もう3年前の事である。
3年といえば、長い。
アタシは今、辺境の惑星カースの居住都市に立っていた。
辺境の惑星ともなると、惑星同盟が中心となった宇宙開拓計画も見事に頓挫し、文明レベルの引き上げが中途半端で放置されたままの星も数多く存在する。
カースもそんな星の一つだ。
雑踏と埃と灼熱の中。
「蒼翼のライ」とタイトルされた映画パネルが、雑居ビルの路地裏に捨ててあるのを見つけて足を止めた。
プレーン用ヘルメットを被った美女の微笑みと目が合う。
思わずため息が漏れる。
・・・アタシの人生。あそこで終わっていればなー。
最近、本当にそう思う。
視線を上げ、ビルの入り口に目を向けた。
上の方だけが改装されて、鏡面となったビルの外壁が、ただでさえ眩しいカースの太陽光を幾重にも反射させている。
張り紙が目に入る。
『 当社は○○をもって、営業を終了しました 』
乱暴な文字で、殴り書きがしてあった。
もう、泣きたい。
アタシは今日、この星に着いたばかりだ。
宇宙旅行会社に内定が決まり、全寮制での待遇をあてにして、この身一つでようやく新しい人生の第一歩、と、辿り着いたのがこの状況だ。
訳があって、生まれ故郷のテアでは就職が出来ない。
全財産を投げうって会社に入寮やら保険金やらの支度金を払い込み、もぐりの運び屋に乗せてもらって、必死の思いでここまで来たのに・・・。
就職詐欺って、やつ、あるよね―。って、そう言えば訊いたことがある。
アタシはその場に崩れ落ちた。
これで、全部失った。
明日から、いや、今日からどうやって生きていこう。
・・・・。
蒼翼の宇宙海賊ライ・・・こと、ラライ・フィオロン。
現在。無職。独身 2△才
全所持金1200ニート(500円くらい!)
自宅無し。
友人無し。
親兄弟、勿論無し。
・・・・。
どうしてこうなったのだろう。
アタシは、精一杯、正しいことをしてきた、はず。
10代の頃から、両親の仇である犯罪結社と戦い、結果的に宇宙の平和を守った。
どこの組織にも属せず、孤高を守り続けた結果、宇宙海賊の肩書を背負う事になり、「蒼翼のライ」とか、「蒼い自由の翼」とか、勝手に呼ばれるようになった。
そして、ついには英雄扱いだ。
だけど、そんなもの、アタシは望んではいなかった。
戦うだけの人生に疲れて、せめて普通の人生をおくりたい。
そう思ってチームを解散した。
そうなんだ。アタシはただ、普通の生活に憧れただけ。
なのに、現実はこれだ。
そもそも、正義の宇宙海賊なんて、儲かるわけがない。
兵器の補充も、プレーンのカスタムだって全部お金がかかる。
宇宙船を売ったお金も、経歴の抹消だけで全部消えた。それに、解散する仲間にも分配は必要だったし。
なんだかんだで、金銭感覚が狂っていた事もあったけど、まさかこんなに簡単に人生の落伍者になるなんて思ってもいなかった。
銀河ネットワークのインフラも未整備で、シャトルの定期便もないような辺境の惑星
自分と同じ人間種すら珍しいこんな所で、文字通り路頭に迷う事になるなんて。
路上でうずくまる私を、道行く人々が、好奇の目を向けるのがわかる。
それはそうだ。
カース星系では、私のようなテア星系人は珍しい。
この星の人間は、言うなれば巨大なタコだ。ドラム缶のような頭部と胴体が一体になった体の下から、何本もの吸盤付きの触手が伸びている。体は軟体で、丸い目と口はちゃんとあるものの、ぱっと見には人間とは思えない。
だけど、彼らからしたら私の方が異端なんだろう。
彼らからしたら、変なよそ者がいる、くらいの感覚に違いない。
もしくは、気持ち悪いとか、化物みたいとか、思われているかも。
こうしていても仕方が無い。
アタシは街を歩いた。
ショーウィンドーに、自分の姿がうつった。
エレス宇宙同盟圏内では最も標準的な外見の、テア星系人種。分かりやすく言えば、地球人とほぼ共通の外見をしている。ただし、地球人には無い色素を持っているから、髪や肌の色がバラエティに富んでいる。アタシの場合、肌は普通に薄いペールオレンジだが、髪の毛は地毛で青い。
自分で言うのもなんだが、美人の部類には入ると思う。
男にはよく声をかけられる。だけど、あまり興味がない。
海賊稼業が長すぎたせいか、ろくな男性の知り合いがいない。そのせいか、男性と付き合うという感覚が湧かない。
随分、髪が伸びた。
セットもしたつもりだったが、ぼさぼさに見えて仕方が無い。
それにしても、これからどうしよう。
繁華街が目に入った。
プライドを捨てて、水商売にでも行けば、手っ取り早いだろうか。
そんなことまで考えてしまったが。
いや、駄目だ、アタシはここでは需要が無い。
さっきも言った通り、この星の人間はタコ型だ。あっちから見れば、アタシは怪物みたいなものだ。
なんで、こんな星に来ちゃったんだろ―。
駄目だ。泣けてくる。
もはや、最後の手段しかない。
アタシは意を決して、目的の看板を探した。
・・・・。
数時間後、アタシは殺風景な一室で、インテリ風の眼鏡をかけたタコ人間と向かい合って座っていた。
相談員のプレートが輝いている。
ここは、『スペースハッピーワーク』。いわゆる職業安定所だ。
「で、希望の職種は?」
タコは、無感情な声で訊いてきた。
「プレーン操縦には自信があります。重機でも、戦闘機でもなんでも乗れます!」
眼鏡を上げて、ちらりとアタシを見た。
顔までも無表情だ。というより、タコの表情は読めない。
「では、公式の操縦ライセンスの所持資格は、A? それとも S?」
「あ、公式は持ってません」
「・・・・」
タコは無言で、開きかけていた情報端末の画面を消した、
「他に、希望の職種は」
「宇宙船も操縦できます。シャトルタイプでも、軍艦でも出来ます」
「公式ライセンスの方は」
「ありませんけど、受ければ一発間違いなしです」
「・・・・・」
明らかに聞こえる溜息。
イラつく。
あっちもイラついているみたいだけど。
「何かしら、資格とかは無いのですか?」
「公式なものは、何も・・・」
何がライセンスだ。こっちは実力主義なんだ。
タコは、明らかに不機嫌そうな様子になった。すごい、表情は読み取れないのに、相手を不機嫌にさせた事だけはわかる。
「とりあえず、登録だけしましょうか。身分証明書と、当星の滞在許可証を」
「あ、それならあります。はい、これですね」
最高ににこやかな笑顔で、アタシは身分証明書を提示した。
これを作るのも、大変だった。
貯金の半分以上は、この小さなメモリーブロックに消えたのだ。
・・・・・・。
タコが、何かを押した。
待合室に戻され、待つように指示された。
何の疑いもなく、固いベンチに腰を下ろし、その場に置いてある検索端末で求人欄を開く。
そのうちに飽きて、ニュースでも見ようとしたところで、人が入ってきた。
なんだかものものしい様子だ。
顔を上げると、銃口があった。
え、ちょっと待って。なにこれ。
いつの間にか、取り囲まれていた。
リーダー格のタコが、厳しい声を出した。
「入星管理局だ。お前が通報のあった不法入星者だな。無駄な抵抗はせず、指示に従え」
あ、そういう事?
あれ、アタシの身分証は・・・。
もしかして、また、騙された―?
ジャキっと、男たちは銃を構える手に、力を入れた。
待って、アタシは凶悪犯罪者なんかじゃない。
抵抗なんて、しません。できません。
武器もないし、抵抗した所で、今以上に状況が悪くなるだけだもの。
こうして、アタシは逮捕された。
護送車に詰め込まれ、まるでゴミのように移送される。
普通の人生を送るのって難しい。
アタシの第二の人生は、最悪の幕を開けた。
この先どうなるのかは、アタシにもわからない。
とりあえず、今夜の寝床だけは、強制的に決められたようだ。
・・・アタシは普通の生活がしたいだけなんだ―
叫びたい。
けど、力を使うのも無駄なので辞めた。
なんだか、急に、お腹がすいてきた。
お読みいただいて、ありがとうございました。この作品を見つけていただいて感謝します。少しでも、面白そうだなー、気になるなー、と思っていただけたら嬉しいです。よろしければ、ブックマや評価もつけていただけると、本当にやる気が出ます。よろしくお願いします。




