演ずること、それは仮面を被ること、役者は仮面の奴隷なり
「早く起きるだ、べべが決まったんなら次は練習だ。慣れてないのはわかっとるけんど、そんなに時間があるわけでもねんだ。教えてやるから早く立つだ」
徒労と精神的疲弊でもって倒れてていたルームの頬がふわふわと叩かれる。その犯人はダイダラ、言葉通りならば毛玉じみた身体で演技指導をするようだ。人型ですらない状態でなにを指導するのか、そう思われても仕方ない状態である。が、そのような常識は【古代語り】には通用しない。
「だい、だらさん、が?」
「お? 疑うだか? そんならちょっくら見せてやるだよ」
そう言った次の瞬間にダイダラはルームが何度も何度も着せ替えさせられた衣装の山に飛びこんだ。するとどうしたことか、服が独りでに動き始める。それどころか瞬きを数回するうちにその衣装を身に纏った美しい4人の女性達が現われている。
「え? え?」
不可思議にも程がある状況にルームの頭の中は?マークで埋め尽くされる。何が起こっているか本気で分からない状態になったとき人はただ驚いて目を見開くことしかできない。
「おお、麗しのドルキ・ホーン。わたくしの声が聞こえないのですか、でも良いの、声が届かずともこの手が届くなら。音を失ったあなたの手を引きましょう、私の手が朽ちてしまうまで」
「はっ!! そっちがその気ならオレにも考えがあらぁ。剣を持てよ、決闘だ。女だからと手加減できると思うな、オレの通り名は鎧断ちのリルフットだぜ」
「全ては抜かりなく。一滴で終わりよ、妾の顔に泥を塗ったあの女もその恋人も。みんなまとめて土の下に送ってあげるわ、副葬品は豪華にしてあげるから祟らないでちょうだいな」
「そ、そんな、私、そんなつもりじゃ、いや、いやああああああああああああああああ!!! 殺すつもりなんてなかったんです、そんな……つもりじゃ……」
4人がそれぞれの台詞を吐きながら熱演を続ける。確かに名演ではあるのだろうが、いきなりそんなものを見せられたら混乱が加速するだけなので逆効果である。
「……?」
置いてけぼりにされたルームがポカーンとしていると、一通り演技を終えたのか4人の女性がルームの方を向いて横に整列した。とても得意げな顔をしているのでルームはとりあえず拍手をすることにした、実際の所はあまり見ることはできなかったのだが。
「これで分かっただか?」
「おらが」
「演技を教える」
「ことができるって」
4人の口で1つの文を話す、これはすなわち中身が1人であることを示している。この4人を動かしているのはダイダラであった。服と一体化することで動きを行い、中身に当たる人は外側に合わせた中身を充填する能力でもって生み出している。あくまで人のように見えている部分は外側だけであって本体は服の方であった。それでも全く違和感のない表情と動きができるのだから相当の研鑽を積んできたことが窺える。
「全部1人で、やってたんですか」
「もちろんだぁ、ぷろとも女優はできるんだけんど。数が足りない分はおらがやることになってるからなぁ」
「す、すごい……とても真似できない」
単純計算でも4倍の処理能力を発揮しなければならない、1人分の身体も満足に扱えない人間が真似できるような芸当ではない。
「今回は別に1人2役とかはやらねえ筈だから、そこまで縮こまるこたね。すこうしばかり、おなごみたいに動いて話せれば大丈夫。地が良いから無理に矯正することもねえべ」
「は、はは、頑張ります」
そうして始まった演技指導だが、意外や意外、ルームがする女性の仕草の演技や声音などは文句のつけようのないものであった。まるで生まれつき女の身体であったかのような柔軟性を持ち、声も不自然ではない。
「(うーん、これはアレだな。ヴァンシイが僕の身体いじった時に一緒に変えられたな)」
もちろんこれはヴァンシイの仕込みであった。花魁の衣装を着た際に一緒に改造されていたようだ。流石に演技の部分は【寄生】ではどうにもならないが根本の肉体部分を変えられていれば話は別である。女装の一番の関門であるところの女性らしさは一発でクリアしていた。
「こりゃ、たまげたなぁ。実はどこかで役者でもやってなかっただか?」
「いえいえ、初めてです。でも他人を許容するのは得意なので」
「そりゃあ良い心がけだ、演技っちゅうのは他人になることだべ? ならそれを受け入れる器がなけりゃあ演技なんてできやしねえもんだ」
「はは、器ですか」
少しだけルームの顔が明るくなる、器の大きさという意味では確かに寄生される容量的な意味でも大きいのだがそれが他の分野で役に立つとは思ってもみなかったのだ。
「でも」
「でも?」
「まだまだ、お客の前にゃあ出せねえだ。なんちゅうか、こうするっていうのは分かってるけんどそれに熱がねえだな。ただやってますって感じだなぁ」
「は、はぁ。すみません」
実際やらされているので、何も間違ってはいない。それでも1度やると言ったのだから全力を尽くさなければと思うのがルームである。
「さあやるだよ」
「はい!!」
そして数時間後、ルームはある境地に達することになる。
「なんということだ、まさか貴方が怪物だったなんて!!」
男装した女性の姿で立っているダイダラが台詞を言う。それに相対しているルームは完全なる女の顔をして目に涙を溜め、そして今にも崩れそうな儚い表情をしていた。
「知って、しまったのですね」
「どうして、どうして貴方が、確かに怪物はこの手で……」
「あなたに心臓を貫かれたとき、確かに私は恋に落ちました。それでも私は怪物のまま、今すぐにでも貴方の美しい身体を引き裂いて温かな雫に身を浸したい。今すぐにでも優しい鼓動を打つ心の臓を口に収めてしまいたい。どんなに愛しくても、どんなにかけがえのないものでも、壊してしまう。だからいっそもう一度貴方の手で壊されたい。そう思うのです、これは罪でしょうか、これ私のワガママでしょうか」
「違う、違う、違う、貴方は怪物ではない!! 貴方は、怪物ではないのだ」
「いいえ、私は怪物。この傷が貴方の最初の贈り物、そして最後の贈り物、あなたは私を殺しにきたの。もう一度胸の傷をくれるなら、私は幸せよ」
「その傷は……!? 確かに私がつけたものだ……そうか、本当に」
「ええ、だから、終わりにしましょう。貴方は怪物を殺した英雄に、私は一匹の怪物のまま死ぬ。それで良いの、それで、良いの」
「神よ……これが貴方の采配だと言うのなら、私は……!!」
ダイダラが剣を振り抜く動作をする、それに合わせてルームが倒れる。それで最後のシーンは終わりである。
「やー、恐ろしい飲み込みの速さだべ。まさかここまでになるなんて」
「あはは、僕もびっくりしてます」
ルームに演技の才能が溢れるほどあった、というわけではない。演技が他者を自分に降ろすことだと言うのなら役を【寄生】させれば良いのでは? と疲れて回らなくなった頭で考えてみたところ、成功はしなかったが一種のトランス状態に入ることに成功して自由に演技のゾーンに入ることができるようになったのであった。ぶっちゃけて言えば自我消失の危機と隣り合わせの技なのだが、他人に身体を貸すことが常になっているルームには特にその危険はないようだ。
「これで3日後の公演も大丈夫だ」
「3日後!?」
「え? すかぁなから聞いてなかっただか?」
「聞いてないです!!」
「あはははは!! 安心してけろ!! なんとかなるなる!!」
「ああもう!! ここの皆さんはおおらかというか大ざっぱですね!!!」
「ま、長生きする秘訣もそれだもんでな」
「長命の人たちはこれだから!!」
またもや卒倒しそうになったルームであった。3日後というのを考えるとおちおち気絶もできないので踏みとどまることに成功したが。




