害虫駆除
害虫には二種類いる。一方は作物に被害を出すタイプの虫、果実を食らったり花をもぎ取ってしまうような虫がそれにあたる。そしてもう一方は人に被害を出すタイプの虫である。こちらは縄張り意識が非常に強いために人に問答無用で攻撃を仕掛けるような虫になる。それも通常サイズであれば別に問題はない、叩くなり燻すなりして駆除してしまえば良い。だが、そうはいかない場合も存在する、魔物化した虫は下手すれば村や町を滅ぼす勢いで増え、そして食らう。つまりは早期に対処しなければならない案件であり、そのためには一つの家の果樹園などはなんの躊躇もなく潰されるのだ。
「お願いします、どうかうちの果樹園を救ってください!!」
「そうしたいのはやまやまなんですけど、これもう領主様とかに頼んだほうが良いと思うんですけど」
「そこをなんとか! 先祖代々継いで来た果樹園を私の代で潰すわけにはいかないんです!!」
「それは分かりますけど、ちょっと手遅れ感が」
ルームが依頼書を見てやってきた果樹園にはすでに大規模な巣が建造されつつあった。空中に建造される八角形の巣は魔物化した蜂が作るものである。その大きさによっておおよそ必要な戦力を図ることができるのだが、どう見ても騎士団を呼び出すレベルの大きさの巣であった。少なくとも個人の戦力で相手をするようなものでは決してない。例外として異常な個人であればなんとかなるかもしれないが、その異常な個人というのはそうそう居るものでない。
「報酬はなんでも用意しますからぁ!!」
「いやそういうことじゃなくてですね、僕じゃ無理じゃないかなーと言っているんです」
「そ、そんなあ!?」
「なんて聞いて僕に依頼を出したのかは分かりませんけど、どう見てもそんな歴戦の猛者には見えませんよね?」
「依頼達成率100%の凄腕がフリーでやってる何でも屋があると……」
「100%ではありますけど、それは僕ができることしかやってないからです。ですから早く領主様に助けを求めてください。魔物の発生で潰されたのなら保障もあるでしょう?」
「うう、伝統が、代々の土地が、本当に無理ですか」
「無理ですって、僕は勇者でもなければ魔王でも賢者でもないんです」
冷静に諭していくルームの顔は浮かない、できればなんとかしてやりたいのは本心だが。こんな規模のものをどうにかできると知られるのはまずいのである。追放された身であるルームが表舞台に出ることはそのまま死を意味する。一時的にはしのげてもやがて殺されるか幽閉されるのがオチである。苗床亭にいる存在がいかに強大でもさらに上というのは存在しているのだ。だから、今回は本当に断るつもりでいた、少しくらいのサービスでいくらか巣を削るくらいかなとルームは結論を出していた。
巣が、内側から崩れていくのを見るまでは。
「っ!?」
「どうしました?」
「絶対に家から出ないでください!! 良いですね!!」
内側からの巣の崩壊、それが意味するのは女王バチの死。そして、それが人の手によって行われたのではないとしたら犯人は一人。いや、一匹である。
「なんでこんなところで蠱毒姫蜂が発生するんだ!?」
膨大な数の蜂、そして近衛である精鋭、最後に最強たる女王を全て突破した女王の娘は、巣を乗っ取るのではなく破壊する。全てを己の身へと集約させ災厄クラスの一匹へと変貌する。危険度は跳ね上がりとても普通に人間が倒せるような相手ではなくなる。それこそ、異常な個人とされる存在の出番となる。もっとも蠱毒姫蜂はもっと瘴気の濃い地獄のような場所でしか発生しないはずである。それがなぜか、普通の果樹園の上空に発生していた。
「今ならまだ……」
蠱毒姫蜂の特性はルームの頭の中に入っている。地下図書館においてある魔物図鑑に記述があったためだ。曰く、蠱毒姫蜂の真に恐ろしい特性は成長だと、多数の同胞を内包するがゆえに多様な進化の可能性があると。可及的速やかに殺さなければ、手が付けられなくなる。
「やれるか」
自らの身体の調子を確認する、今日はまだ何も吸われていなければ捧げてもいない万全の状態である。これ以上自分が良い状態は恐らくなく、そして相手が弱い状態もない。機は十分と言って良い。
「周りに目撃者は出ない、ここ以外の家はなかった。口封じも最小限で済む」
最悪の可能性も考えながらルームは戦闘の準備を整えていく、身体の準備は済んだ、後は心の準備が終わるのを待つだけである。手の震え、足の震えが収まるまでの数秒でルームの目つきはさっきまでとは全く違う戦士のものへと変わっていた。蠱毒姫蜂がいるであろう場所めがけて跳ぶ、細身からは想像がつかない跳躍力は菌糸によるブーストによるものである。
「居た」
巣の中心から真下の地面に、禍々しいオーラを纏った人間大の蜂が居た。いや、蜂と言うにはあまりにも仰々しい姿であり、言うなれば蜂の形を模した化け物としか言えない異形である。一歩間違えば邪教の神体としても通用しそうなほどであった。
「虫は火に弱いのは変わらないよね」
高熱の胞子を蠱毒姫蜂めがけて放出した、あわよくばそのまま倒せれば良いと思っていたが蠱毒姫蜂は微動だにせず胞子を受けた。
「っ!?」
いや、受けたわけではなかった。禍々しい姿はすでに抜け殻であり。ただの囮に過ぎなかったのだ。
「ねえ? そのあそびはなあに?」
死角から聞こえてきた声はまるで覚えたてのようにたどたどしいものであった。




