寝込みを襲う悪い子はみんな死ぬ
闇の中音も立てずに歩く男達がいる、全身を黒い布で覆った彼らはたとえ視認していても瞬き一つで見失ってしまうだろう。彼らはある富豪に雇われた盗賊の類であるが、その実力に関してはそこらの騎士ではとても太刀打ちできないレベルであった。
「あそこが人喰いの屋敷か」
「どう攻めますか?」
「愚問だな、正面突破に決まっているだろう。嵐のように襲いそして一夜で根こそぎにして去っていくのが俺達のやり方なんだからよ」
「へへ、そうでした」
その会話を最後にして男達が話すことはなかった。手慣れたハンドサインのみで意志の疎通を行い目的の宿へと近づいていく。
「?」
男が入り口の鍵を開けようとするが今まで感じたことのない手応えに戸惑う。金属らしき硬さはあっても何故か鍵開け道具が入っていかない。
「っ!?」
鍵穴を覗き込んだその時が男の最期であった。突如として鍵穴をより出てきた茨によって男の目から頭は串刺しになったのである。
「ひぃっ!?」
それを側から見ていた仲間が悲鳴を上げる。仲間が死んだことにではない、出てきた茨が絶対不可侵と呼ばれる区分の魔物のものだったからである。
「たい」
暴君薔薇という名前を呼ぶよりも先に地中より現れた二本目の茨が男の喉を貫いた。それから一瞬の後に五本の茨でもって男は貫かれる。
「かひゅ」
喉から漏れるは空気の音のみ、それもすぐに聞こえなくなる。そして遺体はすぐさま干からびていく。血を全て抜かれ、風化しているのである。あっと言う間に人が二人いた痕跡すらも無くなってしまった。
「か、は」
「生き試し、二つ胴」
こちらは屋根より侵入を試みた盗賊が二人まとめて胴体を真っ二つにされていた。恐ろしく切れ味の良い刃物を使ったように血も殆ど出ずにただ命だけを奪っていた。
「久しぶりの旦那達だと思っていたでありんすが、これまた手応えのないコンニャクでありんした」
どこから取り出したのか全く分からない煙管を燻らせながらヨツヤがため息を吐く。なんて弱い男達なのかと思いながら思い出に浸る。それは命の取り合い、真剣勝負の闘技場、生きるために罪人との斬り合いを続ける毎日は剣の才を磨くにはうってつけであった。傍におく身の丈ほどの大太刀は鬼火を纏って暗く燃えていた。
「花魁剣豪、夜艶なんて呼ばれても。結局死んじまっちゃあ意味がないというもの。そうであらんしょ?」
遅れて登ってきた男に切っ先を向ける、半透明の怨霊でありながら刀を振るう不条理は美しき一閃の前には何の問題でもなかった。
「化け物が……」
「手厳しい言葉、そんなんじゃあ女に好かれやしない」
「抜かせ」
男が短剣を投げる、当然当たらない。怨霊に攻撃を当てたければ聖職者でも連れてくる他ないのだ。祝福もない攻撃が通じるわけもない。
「幽霊を見たことはないでありんすか?」
「いいや、こういうことだ」
すり抜けた先で短剣が妙な軌道を描く、柄についた糸で操作をしているのである。そのまま糸がヨツヤに絡み付いた。
「ああ、なるほど。バテレンの儀式で作った糸」
「もう遅い、焼け死ね」
聖油が糸を伝って炎を届ける、尋常の怨霊であれば詰みである。動けもせず聖炎で焼かれて消えるのみ。
「残念、もう少し縛られても良かったでありんすが。ここまで」
風が吹いた。そのように感じた時は既に男の運命が決まった後だった。
「おまえは、人じゃ、ない、のか」
「いいえ、由緒正しき幽霊でありんす。ただまあ、すこうしばかり妖怪が混じっているだけで」
着物の裾からはもう一対の腕が出ていた、甲殻じみた硬さを感じる黒い腕が糸を断ち切りそして大太刀を振るったのだった。
ずるりと男の上半身が崩れ落ちる、下半身はしばらく立っていたがやがてバランスを崩して倒れた。
「ああ、脆いでありんすなあ」
夜の空を見上げて呟くも星は答えを返さなかった。
「あ、ががががが」
窓から入ろうととした男達が何かに捕われた、そう思った時には既に男達の体の自由は奪われ牢の中であった。
「いひひひひ、いきの良い素材だねえ」
男達がそこで見たものは到底信じられるものではなかった。絶滅したはずの魔女がそこにいたのだから。かつて大魔戦争を引き起こした咎で生存を許されず、末の裔まで根絶やしにされたはずの魔女が目の前で大鍋をかき回していた。
「人間に捨てるところはないからねえ、良い薬になっておくれよ」
老婆の皮をかぶったアンケは心底楽しそうに笑っていた。だが、瞬時その表情は怒りへ変わる。
「手を出す相手を間違えたね。火炙りよりも苦しい目に合わせてやるよ」
男達は悲鳴をあげようにも身体に力が入らず、ただ麻酔もなしに解体される苦痛だけを死ぬまで味わった。
「あれぇ? もう終わりぃ? ヒューの分残ってないの?」
苗床亭は宝の山と言っても過言ではない、見るものが見れば危険を押し除けてでも手に入れたいものが腐るほどある。だが、苗床亭から奪おうとした者は須く死を迎えることになる。故にある筋では人喰い屋敷と呼ばれているのである。




