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魔女と少年

「依頼の人型植物です、一通り叫んだ後なのでもう大丈夫ですよ」

「ああ、すまないねえ。最近は人型植物を採ってこられる人も少なくなっちまって薬を作れなくなるところだったんだよ」

「これくらいだったらいつでもどうぞ、ではまた」

「ちょっと待ちな」


 老婆に袋を渡すとルームは足早に出ようとする、しかしその手を掴まれて少年は動きを止められた。老婆とは思えぬ機敏さである。すうっとルームの顔に冷や汗が伝う、これから起こることを予感しているのである。この少年を引き留める理由は一つしか思い当たらないのだ。


「分かってるんだろう? あんたに依頼をしたってことは植物採集だけが目的じゃないってさ」

「きょ、今日はもうヴァンシイに持っていかれてるから遠慮してもらえると」

「そんなこと知った事じゃないねえ、あんたの身体ほど希少な素材もないんだ。身体の一部とは言わないが、体液の一杯くらいはもらうよ」

「やっぱりこうなるのかぁ」


 老婆の姿が大きく膨らむ、そしてその皮がみるみるうちに萎れていった。


「何回見てもショッキングな映像だよ、見慣れてしまえばどうってことないんだけど」

「普段からこの姿になると燃費が悪いんだよ、出力が大きくても生活するには無駄なんだ」


 老婆の皮を脱ぎ捨て、長身の美女が姿を現していた。紫がかった黒の長髪を揺らしながら身体をくねらせる様子は蠱惑的であるが、にじみ出る年季と力の強大さを隠すことはできない。そして思い出したように手を打つと大きな三角帽子を目深に被る。


「魔女狩りを生き残った魔女の強かさには敵いません」

「魔女? 物騒なことを言うねえ。あたしはただの薬屋の婆さんだよ」

「アンケさんがただの薬屋なら僕はただの石ころみたいなもんですよ」

「何を馬鹿なことを言っているんだい?」


 アンケはぬるりと肢体を絡ませる。やんわりとだが身体を拘束されたルームに豊満な身体を密着させつつ耳許でささやく。


「もう一度言うけどね。今まで永いこと生きてきたが、あんたほど希少な奴はいないんだ。本当なら食べちまいたいのを必死に我慢しているのを分かりな」

「そ、そんなこと言われても」

「そんな顔しないでおくれよ、もっと虐めたくなるじゃないか」


 アンケの瞳に嗜虐の火が灯るのと胞子が襲いかかるのはほぼ同時だった。


「おおっと、女王様の機嫌を損ねちまったみたいだね。これ以上は無理か」

「ああっ、ごめんなさいアンケさん!! ヴァンシィが勝手に」

「良いんだ良いんだ、女の焼きもちに一々気を使ってたら干からびちまうよ?」


 襲いかかる胞子を何かの魔法で捌きながらアンケは笑う、さっきの妖艶さはなりを潜め少女のような爛漫さがあふれていた。


「じゃ、もらおうかね。背中向けな」

「これ痛いからあんまり好きじゃないんですよね」

「文句言うんじゃないよ、魔石おまけしとくからそれでチャラだ」


 アンケが取り出したのは巨大な注射器である、それをどう使うかと言うと。ルームの背骨にぶっ刺すのである。


「いった!?」

「我慢しな、あんたの髄液は万能の触媒なんだよ」

「あだだだだだだ!!」

「全く、仕方ないねえ」


 アンケが手近にあった草を丸めて口に咥え、そして魔法で火をつけた。


「ふぅ」


 ピンク色の煙が部屋に充満する、先ほど使用した草の名前は天使のクラリネットと呼ばれるものであり弱い幻覚作用と強い鎮痛作用を持つ薬としての効果を発揮するものである。


「あっ、痛くない」

「これより痛い目に散々あってるだろうに。なんでこんなに痛がりなんだい全く」

「本当に注射は苦手で、はは、すみません」


 暫くして注射器に髄液が溜まる、その量を確認した後に。アンケは針を抜く。


「終わりだね、お疲れさん」

「無事に終わってよかった。本当に」

「あたしが失敗したことあるかい、信用しな」

「いや、一回下半身動かなくなったんですけど」

「その時はちゃんと治してやったろ」

「あの時治したのアンケさんじゃなくて、セントさんですよね」

「ぐぬぬ、再生魔法は畑違いなんだ。得意な奴がやった方が良いだろ!」

「それはそうですけど……」


 過去の記憶を思い出して苦笑いをする、動かなくなった下半身もそうだがその時のアンケのうろたえっぷりは普段からは想像もつかないほどである。


「まさかプロポーズまでされるとは思いませんでしたけどね。えっと確か、足が治らなかったら死ぬまで養ってやるから安心しろって言ってましたよ」

「あ、あの時は責任と自責で、その、ええい!! もう終わったんだから出てっておくれよ。代金と魔石は届けさせるから!!」

「あーれー」


 ルームを魔法の風で追い出すアンケ。特に抵抗することなくルームは外に出て行った。息が上がった様子のアンケはそれを見届けて椅子に腰掛ける。


「本気だったなんて言っても信じてもらえないんだろうね、難儀なもんだよ。まさかこの歳で落ちるだなんて思いもしないじゃないか」


 老婆の皮をかぶり直しながら言ったアンケの言葉はドアに吸い込まれて消えた。





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