トリアンヘル・イ・ノブレ
「はー、ホント冗談キツいわあ」
聖杯卿が佇むは教戒の最奥。ここは聖杯卿しか入る事の許されぬ聖域であった。
「歴代の聖杯卿でコレ使うのウチが初めてちゃうか?」
聖域、それは即ち聖なる者の領域。聖なる者とは何か、それは即ち聖人に他ならぬ。
「あーあ、起動の鍵どこにしまっとったかな?」
聖人の肉体は死後も力を持つ、ゆえに教戒はその遺骸を収拾する。
「こんな悪趣味なもん使いたくなかったんやけど。事態が事態やしなあ」
今まで生まれた聖人のほぼ全てを収拾してきた教戒がひた隠しにする代物がそこにはあった。
「ああ。あったあった。これが天国の鍵ねえ」
ある聖人の背骨を削って作られた鍵、これを差し込むべき鍵穴は既に目の前。
「聖エネロ、聖フェブレロ、聖マルソ、聖アブリル、聖マイア、聖ユノ、聖フリオ、聖アゴスト、聖セプティヌ、聖オクツブ、聖ノビエン、聖ディシエン」
眼前の武器を構成する聖人の名、これは代々の聖杯卿の名でもある。今代の聖杯卿が死んだ時は彼女もまた同じように名を刻まれるだろう。
「偉大なる御歴々の力を借り受けます」
鍵穴に骨をねじ込む。
「っ!? まぶし!?」
聖域を光が照らす。
「これはまた……大層なもんやなあ」
光の中にあるは1本の杖、教戒が隠し続けてきた最終兵器がこれである。今までの聖杯卿の力を凝縮した触媒、その名を神に近き者という。
「これがあれば、足手まといにはならへんやろ。全くごっつい敵を相手にすることになったもんやな」
杖を掴む聖杯卿。
「うぐっ!?」
流れ込むは杖に蓄積された記憶、熱、力、全身を焼かれるが如き傷み。
「く、くく、くはははははははははは!!!!!!!!!」
聖域内にこだまする高笑い。
「最高やん。教戒、背負わせてもらうわ」
獰猛な笑みを浮かべた聖杯卿の中にはもう恐れはなかった。
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「あっはははははははははははは!!!! まさかこんなことが起こるとはな!! 俺が趣味で作ってきたものを全部全部放出できるじゃねえかよ!! 長生きはするもんだな!! この世界に来て1番楽しいぜ!!」
学会の頂点である智慧卿サトウは今、ここ100年の中で1番テンションが上がっていた。
「世界観を壊しかねないから自重してたけどよぉ、今なら何出しても良いんだろ!!」
普段は出さない素の感情をむき出しにしながら夥しい数の機械を動かしている。それらは1つでも世に出れば文明レベルは軽く200年ほどは進むようなものだ。
「あー楽しみだ!! こっそり打ち上げてた衛星電磁砲台『火薬庫』も使えるだろうし、巨大外骨格『オンバシラ』もいけるだろうな!! 自立恐竜型兵器群『ダイナ』も出しちまおう!!」
次々と封印を解かれていく兵器群。これだけを見るならば下手をすれば次の討伐対象となるのはこの智慧卿なのではないかと思ってしまうほどのオーバーテクノロジーである。
「……とまあ、弾けるのはここまでだ」
一気にクールダウンした智慧卿の脳裏にはある可能性が想定されていた。
「私が手がけたこれらの兵器がどれも通じなかった場合を考えなければならないな。相手は旧世界とかいう存在そのものだと言うじゃないか、私の兵器はどれも既存の相手を破壊するのには十分だが未知の相手となるとそれは保証できない。なれば、対世界兵器とでも言うようなものを作らねばならない。間に合うのか?」
カチリと歯車が噛み合う音がした。
「ふふふ、間に合うのか? そんなことを問う意味など私には無い。なんのために今の今まで学会の頂点に居たと思っているのだ。やるのだ、必要ならば1から作り出す。それがどんなに荒唐無稽でもだ。それが学会、それが人類の強さなのだから」
ギリギリと、ガリガリと、高速回転する歯車。
「対ユアエ・対旧世界決戦兵器『コンキスタドール』の製造を開始する」
学会の工房が全能力を駆使し始めた、ただ1つの目的のために。
「さて、どんなものを作ろうか」
轟音響く中、智慧卿の思考はどこまでも加速する。肉無き身体による高速演算が繰り返されていった。
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「…老兵が戦う、か」
無双卿の眉間には普段よりも一層深い皺が刻まれている。
「手段を選んではおれんのは分かっておるが……」
手には1つの瓶、中身は丸薬。
「薬に手を出す事になるとはなぁ」
丸薬の名は『仙丹』、無双卿に代々口伝される秘伝の薬である。その効能はー
「若返り、か」
無双卿が君臨する時間を延ばすための薬はある時から時間を逆行する秘薬へと変化した。肉体の再生を急激に速める事で一時的に若返るのである。
「飲むのは限界まで後にしたいところよ」
そっと瓶を懐に入れた。
「く……」
無双卿の手がぷるぷると震えている。
「ああ、年甲斐もなく震えておるか」
老いた顔がぎしりと歪む。
「考えただけで武者震いが止まらんわのう、最高の肉体に今の技を組み合わせる……とは」
無双卿は楽しくてたまらないという表情を隠そうともしない。
「ああ……早く来て欲しい、その瞬間が」
やがて来る人生最高の瞬間を想像し無双卿は身震いをし、そして瞑想を始めた。
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「生きておればこのような事もある……か」
貴族の筆頭にして永遠を掴んだ者。トワが1人で空を見上げる。
「面白い、面白いのう、ワシの永き生の中で間違いなく最大の死闘であろう」
ひとしきり眺めた後、どこからか取り出した鏡を見て問いかけを始めた。
「ワシは問おう、ワシはどこまでやるべきか」
「答えよう。此度の戦の標的たるユアエは、生半可で勝てるような相手ではない」
「ワシは問おう、ワシは全力を出すべきか」
「答えよう。全力を出す事による被害と、全力を出さぬ事による被害を天秤にかけよ」
「ワシは問おう、ワシは最初のワシを起こすべきか」
「答えよう、トワを起こすべきである」
独りでに鏡が割れる。それは自らとの対話が終了を意味していた。
「……ま、そうじゃろうなあ。六分の一のワシでは舐めすぎじゃしな」
やれやれと言うように肩をすくめる、それは面倒くささが8割と楽しみが2割で構成された動作であった
「すぅ、はぁ……」
深呼吸を続ける事3度、何かを決心したように目を閉じた。
「分割自我再統合開始、転生手順一事凍結、現行自我トワスリーの権限を拡張」
トワの顔にびきびきと血管が浮き上がる。
「拡張自我による統合完了までの時間を算出。肉体負荷の限界値と制限時間の擦り合わせを完了。決行時に十全たる駆動保証可能」
トワの瞳が開く、その時になって初めて鉄の匂いを知覚する。
「ぬわぁ……負荷が辛いのう」
瞳と鼻から流れる血を拭う。
「でもまあ、これで戦えるじゃろう」
血の着いた指を舐め、もう一度空を見上げる。
「ああ、手の届かぬ光よ。だが、ワシは星に触れるぞ」
空に向け伸ばした手を力強く握る。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」
遠くまで響く笑い声は何時までも続いていた。




