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2卿の襲来

「さて、と」


 ホワイトが意識を失ったことを確認すると、セントの顔が一際険しいものとなる。【天眼】が見開かれていることを考慮すると何か思わしくない未来を見てしまったのだろう。


「アバは寝起きでも戦闘に問題ないかな?」

「……当たり前、奴と戦ってた時は昼も夜もなかった」

「そっか、それは良かった。でも今は逃げて欲しいな」

「どういう意味だ」

「今から最低でも2人、今のルールで最強に近い人たちが来る。私が時間を稼ぐからルーム君達を連れて仲間を起こしに行って欲しいのさ」

「お前が、時間稼ぎ?」

「うん、私でも流石に余裕で倒せるわけじゃない。白花絶槍フロウラを使うから負けないとは思うけど」

「話が変わった、お前がそこまで言う相手なら自分がいた方が早く終わる」

「駄目だよ、万が一にでも後継者が死んだら」

「死なせない、分かるだろ?」


 アバの腕が蠢く、曰く黒騎士の血の一滴は大地を潤し、肉の一片はあらゆる傷を癒やすという。


「……その目をしてるアバは言っても聞かないか。ルーム君、今から結界を張るから何があっても出ないでね」

「あの、今から何が来るんですか」

「何って、君も知ってる大物さ」

「おお、もの?」

「ああ。大物も良いところだよ。なんてったって相手は三核卿だ」

「え……?」

「聖杯卿とあと1人が来るのが見えたんだ」


 聖杯卿、教戒のトップにして聖職者の頂点。あらゆる奇跡の代償を肩代わりする聖杯を持つと言われ、その所業はまさしく神のごとしと言われる者。政治の場に出ることも多く、容姿は広く知れ渡っている。純白の布に金の糸で刺繍を施した御衣に身を包んだ美しい女性である。


「大丈夫、聖杯卿が相手でも負けないさ」

「でも、それなら僕も」

「駄目だよ、これはまだ君の手に余る」


 セントが槍を地面に突き刺す。すると白い花弁があふれ出してルームとホワイトを包んだ。すぐさまルームの存在は隠蔽され、いないものとなった。


「アバ、あと3秒だ」

「場所は」

「私の位置から3時の方向に5メートルかな」

「分かった」


 アバの手に身の丈を優に超える巨大な剣が出現する。その持ち手はアバの手と融合している。


「少しだけ話したい。良いかい?」

「……少しでも交渉がこじれたら攻撃を始める」

「それでいいよ」


 3秒の経過、それと同時に空間が軋む。


「ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン、ジャンジャーン!!!!!」


 天空より光の階段が地面へと降りる、そこから何かの曲を口ずさみながら降りてくる人影が1人。


「ジャンジャカジャン、ジャーン!! ウチが、ここに、降臨!!」


 ビッシーっと何かのポーズを決めた女性こそが聖杯卿であった。


「どーもおーきに、天に変わってウチがお仕置きに来たったでセント」

「猊下、私がお仕置きされる理由が見当たらないのですが」

「あははは、おもろいこと言うやん。教戒の幹部に裏切り者おったら、そら頭が処分をするに決まってるやんか」

「裏切り? 教戒を裏切ったことなど1度として」

「えーってそういうの、全部知ってるからここに居るって分かって欲しいわ」

「と言いますと」

「神殺しの白騎士、やんな?」

「……なんの事か分かりませんが」

「さっきここに先兵来たやろ? あれ送り込んだのウチやで」

「なるほど……」


 セントの【天眼】が導き出した答えは、聖杯卿は既に旧世界の残滓に取り込まれているという結論だった。セントが何を言っても聖杯卿が引き下がることはないと分かってしまった。


「これ以上は無駄」

「あっ」


 アバの巨剣が聖杯卿を叩きつぶすべく振り下ろされる。


「あー、こわいわー。誰か助けてくれんかなー?」

「重さ、早さ、共に合格。お前を我が敵と認めよう」


 瞬間、聖杯卿と剣の間に入り込む影。


「己の力はそのまま己に帰す」


 聖杯卿の代わりにアバの一撃を受けた影が事も無げに力の向きを逆方向へと転じた、アバの身体は自分が攻撃した分の衝撃を返されることとなった。


「っ!?」

「見事、己の力を受けても壊れぬか」


 影の正体は小柄な老人であった。しかし老人といえどその見に纏う強者の風格は些かも油断を許さない。


「あー、どこに隠れてはったんです? ()()()

「なぁに、力を測っておった。2人とも食いでがありそうで良きかな良きかな」

 

 無双卿とは殺伐とした武界の中で最強の存在だけが名乗ることのできる称号、聖杯卿の言った言葉が間違いでなければこの老人こそが今の世界で最強の格闘家ということになる。


「……もう1人いるのは分かってましたが、まさか無双卿とは」

「そりゃな、伝説を越えた伝説の相手をするのに最大の準備はするやろ?」

「だからって、無双卿を教戒の地に引き入れますか」

「そんな硬いこと言わんとって、それにウチが頭やさかい問題あらへんわ」

「こいつは参ったな」

「参るのはまだ早いで」


 光の階段を歩いてくるものがもう1人。全身から覇気を漲らせた若い男の姿を取っているが、セントの目にははっきりとかつての敵の姿が見えていた。もう探る必要すらない、これが、この存在こそが此度の敵なのだと確信した。


「お前が、次のユナスか」

「ユナス? それは違う。今はユアエだ。お前が知る我とは違う」

「一緒さ」


 セントの槍が形を変える。螺旋形のドリルめいた形状になり、雷撃を纏い始める。


「本体がここに来たのは間違いだよ、倒せないまでも限界まで削らせてもらう」

「あらら、ウチらは無視かいな」

「老人を放っておくと怖いぞ?」


 身構える無双卿と聖杯卿、1つの頂上決戦が始まりかけていた。









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