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苗床亭への順応

「ここが、私の仮の巣か。小さいわね」

「うっ、そんなに小さくはないんだけど」


 苗床亭に到着して最初に言われたスィンの一言によってルームの心は大きく傷ついた。色々あってやっと建てたルームの城だが大豪邸とはいかないのが本当のところなのでスィンが間違ったことを言っている訳ではない。


「でもまあ、とりあえず先に居る皆と仲良くね」

「仲良く? 全て私の手足にしてあげるわ」

「あっちゃあ、こうなるか」


 余裕綽々のスィンの足下に茨がぬるりと出現する。言うまでもなく新顔に気づいた暴君薔薇ロサ・ロサのものである。


「あら? 自分から来るなんて良い手足……じゃな、い」

「その茨ね、ロサ・ロサのなんだけど。大丈夫?」

「こ、こここ、こんな所に、なんで、こんなのが居るの!? ()()()()()()()()()()()()()

「安心して、ロサ・ロサは優しいから」

「ややや、やさしいとか、そんな理由で、安心できる相手じゃ」


 ガタガタと震える姿は初めて見た己よりも明確に強い存在に対する恐れが明確に現われていた、少なくとも5秒前の余裕は微塵も残っていない。最初に格の部分での優位性が存在しなくなったということを意味していた。


「ひぃっ!?」


 茨がゆっくりとスィンの足を這い上がっていく、値踏みをするように時間をかけて、味見をするように念入りに、身体の隅々までを這い回られている姿はある種官能的ではあるが茨の破壊力を知っている身としては恐怖以外のなにものでもない。少しでもロサ・ロサが力を込めた瞬間に五体がまとめてバラバラになるのは確実である。


「うう……」

「もうすぐ終わるだろうから我慢してね」

 

 流石に見かねたルームが手を握った、震えは少しだけ緩和され顔が緩む。それから少しして、茨は大きな○を形作る。なんの基準かは全く定かではないが、ロサ・ロサ的にスィンは苗床亭に近づくことを許されたということになる。


「ごわがっだぁ……!!」

「うんうん、怖かったね。でも大丈夫だって、ロサ・ロサからの許可が出たから」

「でてなかったらどうなるの」

「それは僕には分からないよ。ロサ・ロサ次第」


 ギリギリ涙目だった目から涙が零れる、生まれたての心にロサ・ロサの検診は刺激が強すぎたようである。


「くそう、これじゃあ私は」

「あらまあ、可愛らしいお子様でありんすなぁ」


 いつかリベンジをすることを誓うスィンの前にヨツヤが姿を現す、言葉の軽さとは裏腹に既に刀を出現させている辺り臨戦態勢と取って良いだろう。スィンも先ほどの屈辱を晴らせそうな相手が現われたことで攻撃的な笑みを浮かべた。


「お前は倒してから、手足にする」

「あらぁ、元気一杯で良いこと」


 ルームが静止の声を出す前に戦闘は始まってしまった、スィンは地面にヒビが入るほどの踏み込みでもってヨツヤに殴りかかる。


「でも、無駄ざんす。幽霊に殴りかかってもなんの意味もありやせん」

「あた、らない?」


 これもまたスィンにとって未知との遭遇となる。物質でない相手など想定しているはずもなく、どんなに速かろうと、どんなに鋭かろうと、どんなに硬かろうと、怨霊たるヨツヤにとって祝福の一つもないそれはなんの問題でもない。そして、ヨツヤの側はスィンに攻撃をすることができる。完全に相性が噛み合ったこの勝負はもはや詰みと言って良い。百回、千回、万回やったところで今のスィンがヨツヤを倒すことはできない。


郭流くるわりゅう・稚児の手すさび」

「え?」


 鬼火を纏った大太刀が一閃、二閃と瞬いて、焔の軌跡が美しく空中に舞った後にスィンは膝をついた。衝撃自体はそこまででもなかった筈なのにまるで手足が動かない。動くための指令が途中で切断されているかのように全く動かせない。


「うご、けない」

「しばらく大人しくしなんし」


 後頭部に衝撃が走りスィンの意識が暗闇に沈む、流石の蟲毒姫蜂といえど完全無防備な状態で頭を殴られれば昏倒する。


「はっ!?」


 スィンが目を覚ますと、そこは不可思議な空間であった。ふわふわとした意味の分からない空間。少なくとも現実ではないとスィンは看破した。何者かの攻撃よってこんな場所にいるのだと理解したことで体勢を整え警戒を始めた。


「初めましてだねぇ、本当ならこんな吸精鬼みたいなことしないんだけどぉ。ちょっとヒューもお話があるからぁ、来て貰ったよぉ」


 スィンは目の前にふわふわと浮いているヒュープに攻撃を仕掛けようとした。だが無理だった、攻撃しようとした瞬間に身体が石のように硬くなった。ここでスィンは悟る、この場所の支配者はこいつだと。こいつに逆らうことは死を意味すると。


「うふふ、話の早い子はすきぃ。ねえ、君を連れてきたあの子がいるでしょう? あの子の睡眠時間だけは減らしちゃ駄目だから。それだけ守ってくれたらヒューはなにも言わないよぉ。で、も、それを破ったら」


 瞬時にヒュープの雰囲気が変化した、今までの柔らかさなど擬態に過ぎないと言うように牙を剥いてにやりと笑う。


「食べちゃうから」


 勝てない、この場所にいる化物相手に自分は支配者のように振る舞ってはいけないとスィンは骨の髄まで理解させられた。苗床亭は魔境であると知ったのだ。








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