運命の人は見れば分かる
「つがい?」
ルームは自分の耳を疑った、蟲毒姫蜂のスィンの番になれるような生物など同じ強度を持った化けものくらいしかいないうえに蟲毒姫蜂は生まれても蟲毒王蜂など存在しないからである。つまりは存在しないものを探すと言われたのであった。これならばまだ、植物より生まれた月の姫から課される無理難題のほうが達成できる可能性があるというものである。
「私は、番を見つけるために外にでてきた」
「その番っていうのは、どんな蜂?」
「さあ?」
「さあって、どうやってそんなもの見つけるの?」
「え? そんなの見れば分かるに決まってるでしょう。だってその番と出会うために生まれたのだし」
運命の相手と出会うために生まれてきたと、なんの疑いもなく言い放つスィンであるがそれを聞いていたルームの頭の中はどうやってそれを諦めさせるかということで一杯だった。蟲毒姫蜂の番など存在せず、繁殖用の雄蜂くらいしか相手はいないことを知っていたためである。流石に人型の蟲毒姫蜂であるスィンがすぐさま討伐隊を差し向けられるということはないが、なにかの拍子で人に甚大な被害を出せばその限りではない。
「この辺りにその番がいないことは知ってるわ、だって私の番になる予定だったのはつまらない生き物だけだったし」
「そ、そう」
「その点ルーはまだマシね。強い生き物の匂いがするもの」
「匂い?」
「ええ、でも何か飼ってるにしても少し選んだ方が良いわ。なんでそれと結ばれたのかは知らないけれど、あまり身体に良いモノじゃないでしょう?」
「違うよ、飼ってるわけじゃない。共生しているんだ」
「きょうせい? まあそんなことはどうでも良いの、早く行きましょう」
「待って、その格好で行くの?」
「なにも問題はないわ」
「あるよ、全裸の女の子を連れて歩いていたら僕が捕まっちゃう」
「安心しなさい、私がなんとかするわ」
「いや、スィン原因で捕まるんだよ?」
「え? なんで?」
「服を着てないから」
「ふ、く? 毛のことかしら?」
「うーん、これは着せた方が早いね。その前に」
ルームはスィンを連れて依頼人の家のほうへと戻る。
「あの、シーツかなにかいただけませんか。子どもを保護したんですけど服がなくて」
「ありがとうございます!! もうなんと言ったらいいか!!」
「え?」
依頼人は半分くらい泣きながら感謝のことばを浴びせかけた、結果だけを見た場合蜂の巣は駆除され目立つ被害もなく。果樹園の平穏は完璧に保たれた形になる、それがルームの行動とはあまり関係がなくても結果だけならば依頼人の依頼は果たしていたのだ。
「え、あの」
「このご恩は必ず返します!! それとシーツですね!!」
「あ、はい」
嵐のようにワタワタと動く依頼人から何かの契約書のようなものを手渡され、そして大きめのシーツを受け取った。
「とりあえず向こう5年分は収穫のうちのいくらかをお届け致します。それ以降はまた後の機会にしっかりを話し合いましょう」
「いや、それで十分です」
「そんなぁ!? それでは気がすみません!!」
「いえ、それでお願いします」
「そんなに言うなら……」
本当ならこの果樹園を見捨てようとしていた手前報酬を受け取ることすら憚られるとルームは思っているのだが、ここであまりキツく断っても疑いをもたれると考えて相手が最初に選んだ報酬だけを選ぶことで話を切り上げたのだ。
「糸はまあ菌糸でいいか、ただの布なら針もいらないね」
シーツを目の前においてスィンの大きさに合わせて大体の型を取る。そして指先より出した菌糸を使って簡易的な衣服を縫っていく。お世辞にも上手いとは言えない出来ではあったが、全裸の幼女とかいう爆弾案件を回避するには十分なくらいのものは完成した。
「うん、これでいい」
「うわっ!? なんだやめろ、せまい!!」
「これからは着なきゃいけないの、人型になったのを恨むんだね。これ着ないと番とやらも探せないから」
それをすっぽりとスィンに被せる、貫頭衣のような仕上がりであるが、やはり素人仕事ゆえに大きさはぴったりとはいかずブカブカである。
「むぅ……仕方ない、それで番が見つかるのなら」
「うん、ひとまずはこれで我慢して。後で専門の人にしっかりしたもの作ってもらうからね」
「これでいい、これ以上の拘束は嫌だ」
しきりに腕をぶんぶんと振って主張するスィンはただただ可愛らしい。身体感覚がどうなっているのかルームには分からなかったが背中をしきりに気にする様子から恐らく羽がある前提の身体の感覚なのだろうと理解した。
「一回家に帰らなきゃいけないから僕は帰るけどスィンはどうする?」
この問いかけにあまり意味はない、なぜなら嫌だと言っても言いくるめて苗床亭に連れていく予定だからである。野に放つのは論外な上にいつまでルームを家臣として多めに見てくれるか分からない以上は苗床亭の皆に協力を頼む他ないという考えがあった。
「仮の巣は必要だな、いいだろう。連れていけ」
「うん、じゃあ僕の苗床亭に行こう」
案外あっさりと話が進んだことに驚きつつルームは苗床亭へと戻る道を思い浮かべていた、どうにか回りの住人にこの幼女の存在が誤解されませんようにと祈りながら。




