第383話 蓮 VS 百合華①
「蓮くーーんっ!!!今から行くからね!ちゃんと話つけよ!決着つけよ!」
白金百合華は『スカイ・ジャンプ』で飛んだ。環聖峰中立地帯の上空をゆっくりと周回する『浮遊城』に向かって。超音速で。
縦横におよそ1キロメートルずつの広さを持ち、それを支える地盤ごと浮かび上がった皇宮が、地上から2000メートルの位置に浮遊している。
遠くから見れば小さな浮遊物であるが、近づいてみると実に巨大な空中城塞であった。建築様式が東洋風であるため、荘厳さはありつつも、どことなく平和な雰囲気を醸し出している。これがもしも西洋風の城であったならば、間違いなく禍々しい存在になっていたに違いない。
「蓮くんの気配を感じる!ドラゴンより強いじゃないの!本当に『破滅の魔神王』になっちゃったんだね!」
あっという間に接近し、『浮遊城』の上まで来た百合華は、皇宮から放たれる夫の異様な気配を捉え、そこに降りようと突っ込んだ。
レベル150の彼女にかかれば、レベル99のラスボスである白金蓮にも余裕で勝つことができるだろう。
ところが、皇宮に乗り込んだはずの百合華は、目を丸くした。
自身がまだ空にいたのだ。
「え…………あれ?」
驚いて振り返ると、全く別方向に『浮遊城』は浮かんでいる。
これは『浮遊城』が高速で動いたわけではない。百合華の方が間違えたのだ。
彼女は愕然とした。これではまるで、あの能力ではないかと。
『やれやれ……相変わらず気が早いな。君は……』
この時、急に巨大画面が百合華の眼前に映し出された。そこに顔を出し、話し掛けるのは白金蓮である。
百合華は立腹しながら叫んだ。
「蓮くん!」
『いや、さすがだよ……脳筋の君ならそう来る可能性も考慮していたんだが、本当にこうなった……』
「ちょっと!通信なんていいから、直接、顔を見せなさいよ!」
『悪いが、君はこの城に侵入することはできない。なぜなら君は、この城を正しく認識できないからだ』
「は!?」
『聖峰グリドラクータに登り、俺は”空”の精霊神殿に入った。そこで、ようやく最後のピースを手に入れたんだ』
「え、何言ってんの?」
『俺は以前から、勇者や魔王の固有魔法を解析し、宝珠システムで再現できないかを研究していた。赤城松矢の灼熱の力をローズの剣に付与したのがソレだ。だが、どうしても実現できないものがあった。それは、牡丹の重力魔法や桜澤撫子の認識操作の能力だ。これらは、”空”の精霊魔法であるため、術式を解明しても発動させることができなかった』
「待って……なんで解説が始まってんの?」
『魔王の持つ固有魔法は、宝珠に登録することができない。ゆえに”空”の発動魔力を手に入れたいと考えても、その手段が無かった』
「ちょっと蓮くん!」
『しかし、ついに俺は、”空”の精霊神殿の祭壇で、”空”の発動魔力を写し取ることに成功した。これにより、重力操作と認識操作を簡易的にだが実行可能になったんだ』
「よくわかんないんだけど……じゃあ、このお城が空を飛んでるのは……」
『牡丹の【わがまま重力】を宝珠システムで発動し、無重力状態にしている。聖峰グリドラクータの膨大なマナがあれば、これだけの規模を常時、浮かせることが可能なんだ』
「そ、それじゃあ、私がそのお城をちゃんと認識できないのは……」
『桜澤撫子の【認識幻影】を、この浮遊城に施した。位置を正しく認識できない場所に降り立つことは不可能だろう』
「なっ…………!」
『ということで、今日のところは帰ってくれないか。まだ俺には、君と戦うつもりはない』
「………………」
百合華は呆然と空中で静止したまま、しばらく黙り込んだ。
これまでも様々な形で予想を裏切り、楽しませてくれた夫であるが、まさか桜澤撫子の能力までも使えるようになっているとは。
だが、能力の内容も、一方的に話を続ける彼の態度にも、百合華は苛立った。
「ふぅーーーーっ!」
深呼吸すると、彼女は威嚇するように画面越しに白金蓮を睨みつける。
「ねぇ、蓮くん……そんなに私に会いたくないの?私のこと、そんなに嫌いなわけ?」
『君は勇者で俺は魔王。会ったら戦いになる。それだけだ』
「その前に夫婦でしょ!!!」
『元は他人だ』
「当たり前じゃん!だから結婚できたんでしょうが!」
叫びながら百合華は、再び『浮遊城』への突入を開始した。しかし、やはり認識がズラされてしまい、触れることすらできない。
『無駄だ。かつては俺の宝珠システムの補助で【認識幻影】を克服した君だが、一人では打開していない。俺の許可なくして、この城に辿り着くことは不可能だ』
「今の私には!これがあるんだからね!」
それでも百合華は怯まず、『シルク・ロード』を前後左右上下、全方位に張り巡らした。彼女から半径10キロメートルの範囲を、マナの糸が飛び交う。
「目で追うんじゃなく!マナの糸の手触りで見つけ出す!」
百合華は視覚に頼らず、『シルク・ロード』を介した感触で『浮遊城』を発見した。
「そこだぁ!」
と、勢い込んで飛び込むのだが、それでも彼女が到着したのは空中だった。
「……って、あれ?」
一部始終を黙って見ていた白金蓮は呆れながら忠告する。
『……まったく。少しは学習してくれ。目だろうが耳だろうが肌触りだろうが、君が君の脳ミソで認識した時点で、その認識を錯覚させられるんだよ。君が右だと感じた瞬間に、それを左だと思い込む。そういう能力なんだ』
「ああんもう!!!ごちゃごちゃごちゃごちゃと!こういうよくわかんない能力が私は一番苦手なのに!」
『ちなみに皇宮には、バラモンの一族が使用人として残っている。彼らは外の状況を何一つ知らない。以前のように、全方位攻撃で問答無用で撃ち落とすなんてやり方は、無用な犠牲者を生むことになるぞ』
「………………」
自分の考えを読まれたかのように、人質の存在を宣告される百合華。力押しの策を封じられた彼女は、歯がゆい思いで空中に止まった。
『さぁ、諦めて帰ってくれ』
「……やだ」
『なに?』
「帰らない。蓮くんがすぐそこにいるのに帰れるわけないじゃん」
スネたように口を尖らせる百合華が妙にかわいい。
この時、白金蓮の脳裏には、思わずそんな考えがよぎった。
しかし、それを払拭するように頭を振ると、あえてウンザリした表情で上から目線になった。
『……やれやれ。勇者・百合華よ』
「は……?何その呼び方?」
『君に近くに留まられても困るんだ。言うこと聞かないなら、力づくで追い返すことになる』
「蓮くんが私を?やれるもんならやってみなさいよ」
『君に中途半端な攻撃は効かないことを俺はよく知っている。やるからには本気でいくぞ』
「望むところだよ!私は蓮くんと喧嘩しに来たんだから!」
実に奇妙な戦いが始まった。
空中で静止する白金百合華の眼前には、常に映像で白金蓮が映し出されているのだが、まるでその映像と彼女が対峙したように見えた。
すると、重なった魔方陣が、彼女の周囲を囲むように次々と出現する。
百合華は全方位を100の多重魔方陣に包囲された。
「すっごい数。ホントに本気で来るんだ」
『精霊魔法の遠隔同時発動……これら全てが、魔王だけが放てる最上位魔法クラスであり、さらに三重陣の連携魔法で4倍の威力に高めてある。シャクヤが100人いるようなものだ。これが今の宝珠システムの出力。並の勇者では太刀打ちできまい』
「ふーーーーーーーーーーーーん。……で?」
余裕の百合華に向かって、白金蓮は容赦なく連携魔法を同時に放った。
ズドドドドドドドッ!!!
4種の属性の激烈な精霊魔法が一斉に撃ち込まれた。彼の告知どおり、その威力は、歴代のいかなる勇者であろうとも、生存は不可能と思われる程の超火力である。
ところが、その次の瞬間には、既に百合華は別の位置に離れていた。発動の瞬間に彼女は回避してしまったのだ。
「だから何?」
平然としている百合華に、白金蓮も唖然とした。
『あれだけの数と速度で、当たりもしないのか……まるで時を止めてるかのような動きだな……』
「じゃあ、次は私の番だよ。そっちが認識をズラしてくるなら、こっちは認識すらさせないんだから!」
百合華は、得意とするスキル――全ての気配を絶ちきり、相手に認識させない戦法を取った。隠密行動ではなく、戦闘において、これを使用するのは、彼女としても初めてのことだ。
『気配を完全に消してくるか!』
「私がちょっとでも本気を出せば!誰も攻撃なんてできないんだよ!」
『だが、それで君はどうするつもりだ!こちらの位置もわからないだろ!』
「場所を正確に把握できなくても!この近くにいることは確かなんだよ!だったら!手当たり次第に移動しまれば!いつか必ずそのお城にぶち当たるはず!」
『相変わらず脳筋だな!しかもそれを実現可能だからタチが悪い!』
「待ってなさい!蓮くん!この手でとっ捕まえて!絶対に目を覚まさせてやるんだからね!」
相手には認識されていないはずだが、百合華の表情は自信満々である。気配を消した上での、やみくもの超速移動。効率は非常に悪いが、確かにこの戦法であれば、白金蓮の居場所に彼女が到着するのは時間の問題だった。
しかし、蓮は焦りもしていない。
『……だが残念。相手が悪かったな』
「えっ!」
ドゴォーーン!!!
なんと、どこにいるのかもわからないはずの白金百合華に、精霊魔法が直撃した。予想外だったため、百合華も回避行動が間に合わなかった。
「ウソ!!!気配を消した私に当たるなんて!」
とはいえ、もちろん腕でガードしているので、彼女は無傷である。その代わり、蓮からの解説にはショックを受けた。
『前にも実験しただろう。気配を完全に消し去り、人から認識されなくなっても、映像記録には残る。生物は騙せても機械を騙すことはできないんだ。君の気配完全消去は、宝珠システムの前では無意味だ』
「えぇ!?私の天敵って!蓮くんの宝珠システムだったの!?」
驚いている間にも、彼女の周囲を再び大量の魔方陣が取り囲んでいる。今度のものは、先程よりもさらに多く、どこを向いても空が見えない程に埋め尽くされていた。
『次は外さない! 1ミリの隙間も無い完全なる包囲網だ!食らえ!!!』
自身の嫁に躊躇なく最大限の火力をぶち込む白金蓮。これだけの精霊魔法を受ければ、勇者ですらも肉体が粉々に吹き飛んでしまうことだろう。
ドゴドゴドゴドゴドゴゴォーーン!!!
百合華のいた場所に、凄まじい爆炎が舞い上がった。
だがしかし、煙霧が晴れると、そこには無傷でピンピンしている百合華がいた。周囲に『マナバリア』を張っていたのだ。
ただし、夫から本気で殺意のある攻撃をされたことには、相当にご機嫌斜めである。
「ふーーんっだ!そもそもこの程度の攻撃じゃ傷一つ付かないし!服が破けちゃ困るからバリア張っただけだし!本気になれば、いつでも『半沢直樹』できるんだし!私に何しても無駄だよ!蓮くん!」
『やはり無茶苦茶だな……』
「なんなら『核兵器』でも使えば!ただし、その時は私!マジの本気のガチで怒るからね!絶対、蓮くんを許さないから!」
『使いたくても使えないさ。この距離で”核”はな……』
「だよね!『核兵器』なんて偉そうで傲慢な武器!使い勝手が悪いに決まってるでしょうが!そんなこともわからず造っちゃうなんて、蓮くんもおバカさんだったんだね!」
『言われなくても百も承知だ。アレは人類が有する最大にして最悪の火力。ひとたび使えば全てを吹き飛ばしてしまう厄介者だ。これほど、誰の得にもならない兵器はない。……だから、もっと使い勝手の良い兵器を開発した。局所的に狙った箇所だけを瞬時に焼き払える兵器を』
「え……?」
『その第一射は、君にプレゼントするよ』
百合華の無敵ぶりに苦笑しつつも、まだ白金蓮には攻撃の手が残されていた。彼の言葉を百合華が不思議に思った刹那、彼女は、ふと上空に異質な気配を感じた。
「はっ!!!」
キュイィィーーン!!!
なんと遥か上方から光のような速さでビーム攻撃が飛来した。
それでもギリギリ腕でガードし、弾く百合華。
何の前触れもなく、頭上から突如、襲い来る不意打ちの光線。これに反応できるのは世界広しと言えども彼女しかいない。
「なっ!何これ!?空の上からレーザービームが!!!魔法の発動すら感知できなかった!どこ!?どこから撃って来てるの!?」
と、戸惑う百合華のもとに、さらなる追撃が来る。
キュイィィーーン!!!
それも弾くのだが、百合華の動揺は、攻撃の威力よりも、その発射台の位置にあった。
「また!?これは雲の上なんかじゃない!もっと上!とんでもなく遠くから!これはもしかして!宇宙から!?」
彼女の気づきに白金蓮は微笑した。
『勇者・百合華……懐かしいな。この世界に来た最初の頃、この惑星の重力加速度を共に導き出した。地球とほぼ同じであると』
「え……?あ、うん…………」
『惑星の重力加速度、それに質量と半径を算出できれば、”第一宇宙速度”を計算できる。あとは出力の問題だけだったんだ』
「あの……何言ってんの?」
『俺は君に対抗するため、人工衛星を打ち上げた』
「はい!?」
『宝珠12個を連結させた宝珠システム・ドローンを開発し、それを宇宙まで飛ばしたんだ。静止衛星軌道に乗るように。――今、俺たちの遥か頭上には、宝珠システム衛星がこの地を監視するように飛んでいる。惑星の自転と同じ角速度で』
「ちょ、ちょ、ちょ……えぇーー!?待って!理解が追いつかない!」
もはや発想の次元が自分と違いすぎて、百合華は開いた口が塞がらない。
ちなみに、ここで白金蓮の解説に補足を加えると、”第一宇宙速度”とは、射出した物体が、地球に落下せず、地球周辺に留まり続けるための初速度である。
通常、いかなる物体を空に向かって投げようとも、それは必ず放物線軌道を描いて地上に落下する。仮に雲よりも高い遥か上空に行ってもだ。
ところが、それにも限度はある。地球の重力が弱まる程の高さまで飛んだ物体は、地上に戻ることができず、地球の周りを周回し続けてしまう。こうなると、その物体は、地球に引っ張られる重力と、周回運動から生まれる遠心力とで相殺され、延々と地球周辺を回り続けるのだ。
そこに到達する速度を”第一宇宙速度”と呼ぶ。算出方法は、そこまで複雑ではなく、高校物理で習う程度の公式で導き出すことが可能であり、白金蓮はそれで計算した。
余談だが、”第一宇宙速度”をさらに超え、地球の重力圏を完全に脱出してしまう速度を”第二宇宙速度”という。宇宙に進出するためには、ここまでが必要だ。
また、”静止衛星軌道”とは、上記のように衛星となった物体の公転周期が、地球の自転周期と一致する軌道である。赤道直上を同じ周期で回転するので、地上にいる人間から見ると、全く動いていないように感じられる。いわゆる静止衛星である。この軌道の位置も、高校物理の範囲で算出可能だ。
これらの知識に加え、聖峰グリドラクータの豊富なマナを用いて高出力を得られた白金蓮は、宝珠システムによる人工衛星を作成し、打ち上げに成功してしまったのである。
『要するに、いつでもどこにでも、空の彼方から狙い撃ちが可能なんだ。そして俺は、ゴールドドラゴン・インドラのブレスを解析し、荷電粒子砲の実現にも成功した。それが今の衛星ビーム攻撃だ』
「衛星ビーム!?そんなの完全にSFじゃん!軍が持つヤツじゃん!」
『世界最強の君と互角に渡り合うため、俺は宝珠システムを軍事用にカスタマイズした。その成果がこれだ』
「全っ然、嬉しくないんですけど!ちょっとはカッコいいけどね!」
『さて……こうして会話することで時間を稼いだんだが……どうも、もう一つの方は問題だらけだ。威力は申し分ないはずなんだが、遅延が半端ない。とても実戦向きとは言い難いな……』
「は?何を……」
なんと白金蓮は、次なる攻撃も既に実行していた。
それがようやく到達しようとしている。
「え……ウソでしょ……?」
異変に気づいた百合華は、空を見上げて呆然とした。自分に向かって、巨大な何かが凄まじい速度で斜めに落下してくるのだ。
「隕石ぃーーっ!?」
それはまさに隕石だった。しかも直径100メートル程の巨大隕石である。それが大気の摩擦によって真っ赤に加熱し、自由落下で容赦なく加速してくる。
『衛星システムを実現したことで、宇宙規模の精霊魔法が開発できた。衛星の軌道近くを通る隕石を転移させ、成層圏に出現させる魔法を……』
「ウソウソウソ!こんなの絶対、正義の味方が使う魔法じゃないよ!」
『その名も【誘導隕石】だ』
「名前なんてどうでもいいよ!これ避けたら地上が大惨事だよ!!」
『これ一つで街が簡単に消し飛ぶだろうな。……さて、どうする?勇者・百合華?』
「あんなもの!私が破壊してやる!!!」
百合華は迫り来る隕石に向け、『マナパンチ』を放った。彼女の攻撃力であれば、難なく隕石を破壊できるだろう。
ところが、どういうわけか、隕石に届く前にマナの塊が消え去ってしまった。
「えっ!?『マナパンチ』が!!!」
仰天した彼女は、その原因をすぐに察知する。
「……まさか!蓮くんが消したの!?『消滅』の魔眼ってヤツ!?」
『俺からは、その場所が見えているからな』
「だったら直接、殴ればいいだけだよ!!!」
百合華は自ら隕石に向かって特攻した。
ドッグシャアァーーーーン!!!
結局のところ、彼女はワンパンで隕石を粉砕してしまった。
大気の摩擦によって高温に熱せられているとはいえ、巨大な隕石をパンチ一発で粉々に砕くなど、百合華にとっては造作もないことだった。
これに白金蓮は、目を丸くしたが、それでも満足そうに口元を歪ませる。
『さすがは勇者・百合華……”閃光の勇者”というよりも、”脳筋の勇者”の方が的確なんじゃないか?……だが、いい実験にはなった。『消滅』の魔眼は、マナの塊も消去可能。これで俺に死角はない』
一方、百合華は、隕石落下は防いだものの、度重なる人間離れした攻撃にイライラしてきた。彼女は、彼の映像を睨み、挑発した。
「ねぇ!私のこと!さっきから見えてるんでしょ!だったら、なんで私を直接、消滅させないの?やっぱり私が好きなんじゃない?」
『君を殺したら俺もこの世界からいなくなる。当たり前の話だろうが』
「嘘ね!死なない程度の攻撃もしてこないくせに!」
『そう言って俺に魔眼を使わせ、”半沢直樹”するつもりだな?』
「そんなことしないよ!蓮くんが死んじゃうじゃん!」
『俺は不滅だ』
「私は無敵だよ!消滅もしないよ!きっと!」
『………………』
押し問答するうちに、白金蓮の方が、しばしの間、絶句した。百合華を倒せる手段が無いのだ。やがて彼は苦笑いしながら告げた。
『やれやれ……”無敵”と”不滅”の戦いか……これでは埒が明かないな。だが、どちらにしても、そんなリスキーなことはしない。それより、君を追い返す方法を思いついたよ。これから隕石を大陸の各地に落とす。君はそれを防ぎに行かねばならない』
「やってみなさいよ!そしたら私はそれを助けに行って!また戻って来るんだからね!何度やっても!私が諦めない限りずっと!」
『………………』
「この結婚指輪を突っ返して!蓮くんの指にハメ直すまで!私は帰らないよ!そして、今までのことを謝ってもらう!みんなに迷惑を掛けたことも!ガヤ村を滅ぼしたことも!」
『………………』
追い払う術を失った白金蓮は、ため息をついて頭を抱えた。『世界最強の勇者』を前にしては、どれほど策を講じ、手を尽くしても、力押しで解決されてしまう。
白金百合華という女性の恐ろしさは、無敵の強さだけではないのだ。その脳筋の発想から生まれる、諦めの悪さと根性論によって、やると決めたことは必ずやり遂げてしまう行動力にこそあった。
(なんて、しつこさだ……脱帽だよ。そういえば、告白したのもプロポーズしたのも俺だけど……そうなるようにさせたのは、彼女の押しの強さだったな……)
と、白金蓮は考え、途方に暮れる。
だが、その時だった。
『もう……蓮ちゃんってばぁ……なんやかんやで百合華ちゃんに甘すぎじゃない?そんなんじゃ、いつまで経っても、あの子のストーカー行為は終わらないわよ?』
何やら甘ったるい声と共に映像に登場したのは、桜澤撫子であった。
その表情は妙に明るく、しかも白金蓮の腕にくっつきながら上目遣いをしている。
「……は?」
彼女の姿を見た瞬間、百合華は死んだような目になって様々なことを想像した。
やはり全ての元凶は、今までさんざん引っ掻き回してくれた彼女にあるのではないか。
そう思い、厳しく睨みつける百合華に、桜澤撫子が気さくに手を振る。
『はぁーーい!百合華ちゃん!』
「撫子っ!!!何言ってんの!ストーカーはあんたでしょうが!」
彼女の余裕の態度が、百合華の怒りをさらに煽った。一方で、白金蓮は、桜澤撫子に親しげに話し掛けている。
『撫子……彼女との決着は、俺自身がつけると言っただろう』
『ダメよ、蓮ちゃん。あの子は、もっとわかりやすい形で、見せつけてやらないと、絶対に諦めないわ』
見つめ合いながら会話する二人を目にした百合華は、悔しさで体をガクガクと震わせた。
「な……なに?さっきから”蓮ちゃん”とか……気持ち悪い呼び方してんじゃないわよ!撫子っ!!!」
『えぇーー、私は、割と今まで付き合ってきたカレシに”ちゃん付け”してきたけどなぁーー』
「あんたの話なんか、どうでもいいのよ!蓮くんから離れなさい!!!」
ところが、激昂する百合華に反論したのは、なんと白金蓮の方だった。
『いいや、撫子は離さないよ』
「……は?」
『勇者・百合華、かつては君をパートナーだと思っていた時期が、確かに俺にはあった。だが、今は違うんだ。今の俺のパートナーは彼女。桜澤撫子だ』
「え…………え?」
思いがけない彼の言葉で、百合華は茫然自失となる。ほとんど放心状態になりつつある彼女をよそに、桜澤撫子は、白金蓮の顔を包むように、その手を運んだ。
『せっかくだから、見せつけてやりましょ。蓮ちゃん』
桜澤撫子は、微笑を浮かべて、白金蓮の顔を自身に向けさせ、自らも顔を近づけていく。
「ちょ……何してんの?待って……ダメだよ……それ以上は…………」
百合華の声が震えている。
二人の口と口が、重なり合おうとしているのだ。
「蓮くんっ!!!」
この世の終わりとも思えそうな程に悲痛な叫び声を上げる百合華。
しかし、彼女の願いも虚しく、白金蓮はそのまま桜澤撫子と口づけを交わしてしまった。
「…………っ!!!」
もはや声にならなかった。
この瞬間、百合華の中で、何かが音を立てて崩れた。
『ごめんねぇ。百合華ちゃん。蓮ちゃんはぁ、私がもらっちゃったぁーー』
キスを見せつけた後、ご機嫌の桜澤撫子が、笑顔で手を振っている。
だが百合華は、それに反応する気力もなく、電源の切れたロボットのように気を失い、落下していった。
ヒューーー―ッ
ズドォーーーーンッ!!!
およそ2000メートルの距離を落下し、仰向けで地面にめり込んだ百合華は、肉体的なダメージはないものの、起き上がる力も出なかった。
「蓮くんが……蓮くんが本当に……私を……捨てた。…………撫子に……寝取られちゃった…………」
と、虚ろな目で、ただ、うわ言のように独り言を漏らすのみだった。
一方、百合華が墜落したのを見届けた白金蓮は、その後、桜澤撫子に少しボヤくように確認を取った。
「なぁ、撫子……。ここまでやる必要があったのか?」
「あるわよ。断然あるわよ。あの百合華ちゃんを物理的に倒すことなんて不可能。だから、精神的にへし折るしかないの。もう二度と立ち上がれないくらいにね」
「確かにそのとおりだな……」
「それとも、私とのキスは、イヤだった?」
「そうは言っていない」
「ちょっと百合華ちゃんには残酷だったけど、仕方ないわよ。私たちの目的のためにね」
「……かつて彼女は、俺がシャクヤを暗闇で抱き締めてしまった時ですら、泣き崩れた。あれでは、しばらく立ち上がれないだろうな」
そう言って、白金蓮と桜澤撫子は、皇宮の内部に戻っていった。
彼の推測は、まさにそのとおりであった。
否、それ以上の戦果をもたらしていた。
「無理……もう無理……私…………生きてけない……蓮くんに捨てられたら……生きてける自信ない…………」
百合華は、地上で仰向けのまま、滂沱の涙を流し、泣きじゃくっていた。
「あ……あぁ……あぁあぁぁぁっ………………うわあぁぁぁーーーーん!!!!ああぁぁぁぁーーーーーーん!!!!!」
宿命の二人――『破滅の魔神王』白金蓮と『世界最強の勇者』白金百合華の決戦。その第1ラウンドは、互いに1撃も拳を交わすことなく、桜澤撫子の介入により、百合華の敗北に終わった。主に精神的ダメージで……。




