第286話 顔の無い遺体
「か、顔が!!!」
「無い!!!」
扉から室内を覗き、奇怪な姿の遺体を発見した僕と桜澤撫子は、連動するように順番に恐怖の声で叫んだ。そして、それと呼応するようにウチの嫁さんが僕に引っ付いてきた。
「ひぃぃぃぃぃーーーーっ!!!やだやだやだ!怖いよ怖いよ怖いよーー!!!」
この世界に来て以降、これまで幾度も凄惨な戦闘現場を経験してきたが、ここまで異常な死体は見たことはない。僕たちの肉体は、この世界に召喚された時点で、戦うために最適化されており、吐き気を催すグロ現場を目撃しても肉体的に反応が出ることはほとんどなかった。
にも関わらず、僕は一瞬、吐き気を感じたし、嫁さんに至っては恐慌をきたして僕にガッチリと抱きついてきた。なんと彼女は震えている。いくら世界最強の力を持っていても、怖いものは怖いということだろう。それほどまでに顔の無い遺体は衝撃的であった。
「ぎゃっ!!!何あれェーー!ワタシもドン引きだよォーー!」
「ちょっ、山吹さん!」
あとから室内を覗いた山吹月見も一緒になって僕の横からくっついてきた。そうかと思えば、今度は桜澤撫子までもが反対側から僕に寄りすがる。
「桜澤さんまで、どうしたんだよ……」
「わ、私だって、中身は普通の女子なんだよ?いくらなんでもアレは酷すぎるよ。怖すぎるよ……」
正面から世界最強の勇者、両サイドから2人の魔王という具合に、3人の美少女から同時に抱きつかれる僕は、いったい何なのだろうか。
さすがのヤキモチ焼きの嫁さんでも、今だけは他の女性が僕にしがみついている現状に、文句を言う余裕が無い。
僕たちの後ろでは、遺体の第一発見者になってしまったがために、ショックのあまり扉の反対側の壁際で尻餅をつき、血の気が失せたような顔で、震えて固まっているプリムラがいる。彼女からも話を聞きたいが、今は気が動転しすぎていて、無理そうだ。
そして、研究室内でこちらに足を向けて仰向けで倒れている遺体。状況的に考えて、被害者はおそらく大神官エニシダである。
彼は、つい先刻まで自分の講義の最終日の試験を監督していた。全員分の解答用紙を回収し、研究室に持って帰るために講義室を後にしたのを、僕たち受講生がハッキリと確認している。それから1時間もしないうちにこのような変わり果てた姿となったのだ。いったい彼の身に何があったというのか。
と、僕が思案していると、ここで僕たちの後に室内を覗き、同じく仰天して尻餅をついていた執事が、なんとか気を取り直して、狼狽しながらも部屋に入ろうとした。
「だっ……だ……旦那様……!!!」
「あっ!待ってください!その人は確実に死んでいます!だとすれば、現場を荒らしてはいけない!」
僕は必死に叫んで、彼を止めた。現場の保存という概念を持たない中世の常識で生きる彼は、キョトンとした顔で立ち止まり、僕に振り向いた。
「え?ど、どういうことですか?」
「犯人を捜すためです!もしかしたら物的証拠が残されているかもしれない!」
「し……失礼ですが、あなた様は?」
「申し遅れました。僕は『プラチナ商会』の代表で、王国では”聖賢者”と言われております。蓮・白金です。……すみません。こんな状態の挨拶で」
言いながら僕が謝罪したのは、女性3人に抱きつかれた状況下での名乗りになってしまったからだ。我ながら、あまりにも礼儀に反すると思ってのことである。
「あ!あなた様が、あの有名な!か、かしこまりました!何なりとお申し付けください!」
エニシダの執事は、僕の名を聞いた途端に居住まいを正し、僕を一人の賢人として認めてくれた。
僕はまず、この世界に長年いる先輩に意見を求めた。
「と……とりあえず桜澤さん……こういう時、この世界では、どうしたらいいんだろうか?殺人事件に遭遇するなんて、完全に人生初なんだけど、ここでは警察もいないよね?」
「あ、うん……アカデミーの教授が殺されたんだから、共和国の騎士団が動くと思う。使用人の人に言って、騎士団の駐在所とアカデミーの事務局に連絡してもらって」
「なるほど。ということで、すみませんが、大至急、騎士団とアカデミー関係者にこの件を報告してもらえますか。ここは僕たちが見ていますので」
「は、はい!かしこまりました!」
桜澤撫子の助言をもとに執事に依頼すると、彼はすぐさま廊下を駆けていった。使用人たちに命じ、各地へ連絡させるのである。
さて、残った僕はやるべきことが山積みだ。まず第一に加害者がまだ近くに残っている可能性を考慮しなければならない。犯人を捕まえられるかどうかは別にして、これほどの凶悪犯が今現在、アカデミー内にいるはずなのだ。僕はすぐに仲間に連絡した。
「ストリクス、すまないが、僕が今いる地点を上空から監視してくれ。殺人事件が起きたんだ。犯人は魔族である可能性が非常に高い。ここから逃走する者がいないか、あるいは、再び襲撃する者がいないか、見張ってもらいたい」
『なんと!了解致しました!』
「シャクヤ、昼食中だと思うが、直ちにみんなと一緒に移動し、僕たちと合流してほしい。凶悪な敵が近くに潜んでいる危険性がある。場所はエニシダの家だ」
『えっ!かしこまりましたわ!』
「ルプス、皆の護衛に最大限、集中しながら、僕のもとに来い。お前の出番だ」
『ガウア!(了解です!)』
「フェーリス、今何やってるか知らないが、とにかく来い。事件だ」
『そうなのミャウ!?行くミャウ!』
ということで、『八部衆』への緊急指示は済ませた。
ちなみに事件現場に大切な仲間を呼ぶ行為は、果たして危険か安全か、と問われれば、犯人が付近に隠れ潜んでいる可能性を考慮すると、悪手と言えなくもない。しかし、世界最強の嫁さんがいる場所こそ最高の安全地帯。という考えが僕の根底にある。それに今は彼らの護衛であるルプスにも仕事をさせたい。ゆえに仲間を招集したのである。
次に行うべきは、着実な現場検証だ。何しろ、第一発見者はプリムラであり、僕たちはその証人なのだ。中途半端なことをすれば、こちらが容疑をかけれないとも限らない。
とはいえ、未だに震えたまま、僕を放してくれない女性たちには困り果てたものである。3人分の肌のぬくもりのお陰で、僕自身は必要以上に恐怖心が出ずに済んでいるとも言えるが、このままでは仕事にならない。
「桜澤さん、桜澤さん、そろそろ落ち着いた?こういう時、一番頼りになるのは君なんだから、しっかりしてよ」
「う、うん……」
「山吹さんは、もういいでしょ。ノリでそれ、やってるだけだよね?」
「ち、違うよォーー。少なくとも最初は本当にィ、怖かったんだからねェーー」
「百合ちゃんもほら、そこでプリムラが脅えてるんだ。彼女を元気づけてあげて。君は強いんだから」
「あ、そ、そだね。ごめん」
なんとか説得し、3人とも離れてくれたため、僕はようやく捜査を開始することができた。ちなみに最も必死に抱きついていた嫁さんのお陰で、僕の胸と腹は汗だくである。
まずは部屋に入らないように気をつけながら室内の様子を確認した。
研究室は広い一室で20畳以上ある。本棚がギッシリと壁を埋めつくし、さらに部屋の半分は図書館のように壁以外の空間にも本棚が並べられている。残るもう半分のスペースに大きめの机と椅子が1組、小さな机と椅子が2組、それぞれ机同士をくっつけるように配置されている。
エニシダと思わしき遺体が倒れているのは、扉の目の前にある、机と本棚の間のスペースである。
また、正面の壁には窓が2つあり、その右側の1つ、遺体の向こうにある窓は開かれた状態であった。この部屋は2階であるため、そこから爽やかな風が吹き込んでいる。室内に立ち込めた異臭とのコントラストが、ある意味、不気味でもある。
遺体からはおびただしい量の血液が溢れ出し、脳漿の一部も散乱している。そして、流れ出た血は今も固まりきっていなかった。
「窓が開いた状態で、血液が完全に乾いていない……この量が乾くのって、どれくらいかな?」
僕が呟いた疑問に桜澤撫子が答えた。
「血って乾きやすいけど、さすがにこれだけの量だと、1時間以上は掛かるんじゃないかな。まず間違いなく死後1時間も経っていないと考えられるわ」
「エニシダが講義室を出たのは今から50分くらい前だ。何も矛盾はないね」
懐中時計を確認しながら僕も応じた。
ちなみにこの時計は、この世界に来たばかりの頃、ガヤ村で嫁さんからプレゼントされた思い出の品だ。今まで大々的に活躍する場面は無かったが、事あるごとに僕はコレで自分の予定を立ててきた。今では宝珠システムの力も借り、1秒の狂いもない完璧なアナログ時計として、僕の日常生活を支えてくれているのである。
次いで僕は、遺体の状況を宝珠システムで解析し、記録した。
【世界樹の葉】を応用しながら分析してみると、やはり死因は、顔の部分が斬り取られたことによるショック死である。脳も両断されているため、即死であろう。
切断面は、いとも鮮やかである。顎の奥から頭頂部にかけて一直線にいっきに斬られており、耳だけを残して、頭部の前面が斬り落とされている。頭蓋骨を含めて、これだけ綺麗に切断するためには、おそらく相当な技量が必要であると思われる。
また、僕の【世界樹の葉】は、肉体の過去情報を解析し、あるべき姿に戻すことを目指す魔法であるが、残念ながら、顔面の部位が完全に欠損しているため、生前の顔を映し出すことはできなかった。
これは、こういう事例に出会って初めて僕も知ったことであるが、顔面という、人の外見の中で最も複雑な形状をした部位は、そこを丸ごと喪失した場合、復元情報を取得するのが困難なのだ。
顔の一部でもあれば、そこから修復魔法の応用で解析できるはずなのだが、いくら室内を検索しても、一向に見つからなかった。
「顔の部分が……どこにも無い……まさか……犯人が持ち去ったのか?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだ!ホントにやだ!もう無理!帰りたいよーー!」
僕の独り言で、再び嫁さんが脅えてしまった。
だが、状況的に考えて、犯人が被害者の顔を持ち帰ったと考えるしかない。
「やはり手口から考えて、例の”殺人鬼魔族”が犯人かもしれない」
「え?何それ?」
僕が仮に出した結論に桜澤撫子が疑問の声を出した。どうやら彼女は知らないらしい。
「ストリクスの話では、カマキリの能力を持った亜人魔族『マントダエ』というのがいるらしい。そいつの趣味趣向と共和国で噂になっている”殺人鬼魔族”の傾向性が一致するんだ」
「そんな魔族がいるのね……私も把握してなかったわ」
「桜澤さんでも知らないことがあるんだね」
「私が掌握しているのは、自分たちで生み出した魔族だけよ。だから、昔からいる魔族については、むしろ白金くんの方が情報握ってると思うわ」
「そうだったか……」
ここまで話したところで、執事が戻ってきた。
僕も彼に聞きたいことがあるので、ちょうどよい。
「只今、使用人たちに各地へ走らせたところです。他に何かございますでしょうか?」
「あの方は、大神官エニシダ殿で間違いありませんか?」
「え、ええ……旦那様の服を着ていらっしゃいますし、背丈も同じでございます」
「僕も、エニシダ教授が講義であの服を着ているのを何度も見ました。あの服は、他に何着ありますか?」
「全部で3着あります。定期的に洗濯しますので」
「では、残りの服が全てあることを確認してください」
「はい」
返事をした執事は、再び廊下を走って行った。
僕の意図を見抜いた桜澤撫子が、横から感心してくれる。
「顔が無いってことは、この遺体が何者か、わからないって線で、考えるわけね。さすがは白金くん」
「うん。一応ね……」
そう。推理モノが好きな人間として、こういう時は、全てを疑ってかからねばならない。それでなくとも、被害者の身元を特定することは、捜査の最も基本となる事案であろう。
執事は、まもなく戻ってきた。
残りの2着はすぐに見つかった。つまり、エニシダの神官服を着ているこの遺体は、エニシダ本人である可能性が濃厚となった。
「エニシダが着ているのを奪ったのでない限り、この遺体がエニシダ以外の人物であることは不可能か……」
「だね」
僕の推理に桜澤撫子が相槌を打った。
ついでに僕は、ここでもう一つの疑念を払っておこうと思う。
「ところで、今回は先に聞いておくけど、また真犯人が桜澤さんだったってオチは無いよね?」
「ごめんなさいね!ご期待に沿えなくて!」
これには、桜澤撫子も皮肉っぽく答えた。
そして、後ろから山吹月見が笑いながら彼女の証人となる。
「なで子は今日、ワタシとずっと一緒にいたから、それは無理だよォーー。もちろんワタシもグルじゃないしィーー」
まぁ、おそらくはそうであろう。この二人が事件に関与しているなら、僕と嫁さんを自らここに同行させた以上、もっとうまいやり方でアリバイ工作したはずである。それに、ある程度、嘘を見抜ける嫁さんが何も反応していない。今、この二人は正直に全てを語っているのだ。
現場と遺体の状況を全て記録し終えた僕は、次に第一発見者への聞き込みに移った。彼女は、嫁さんから、しきりに優しい声を掛けられ、少しずつ正気を取り戻しつつあった。
「あとは、プリムラだな……。どうかな?落ち着いた?」
「は、はい……」
「ここで何があった?できる限り詳細に教えてほしいんだが」
親切な執事が椅子を持ってきてくれたため、彼女をそれに座らせ、話を聞いた。プリムラは、脅えながらも、少しずつ、ゆっくりと状況を語ってくれた。
プリムラは、3日前からエニシダに才能を買われ、研究室に足を運ぶようになっていた。
この日は諸事情で試験を欠席し、先に研究室のあるこの屋敷に来たというのだ。そして、屋敷の使用人たちに顔を覚えられている彼女は、居間で待っているように言われ、そこで待機していた。
エニシダが帰ってきたのは、今より30分程前のこと。試験終了後に解答用紙の束を持ってである。彼女は早速、彼に挨拶した。
「もうしばらく居間で待っていなさい。20分後に研究室に来るように」
と告げられた。
言われたとおり、彼女は待った。そして、20分が経過してから研究室に向かった。
ところが、エニシダの研究室には鍵がかかっていた。不思議に思いつつも、研究室に来るように言われているので、使用人に事情を話して、鍵を借り、開けて入ろうとしたというのだ。
そこで、扉を開けた途端、異様な室内とエニシダの遺体を目撃し、悲鳴を上げたのである。
同じ頃、僕たちは応接室に通されていたわけだが、ちょうど彼女は屋敷内を移動していたので、お互いに出会わなかったようだ。
「うっ……うぅっ、まさか……こ、こんなことになるなんて……」
全てを語り終わった後、プリムラは泣き崩れた。
「よしよし……怖かったね。プリムラちゃん。知り合いがあんな殺され方したら、誰だって泣きたくなるわよね……」
震える彼女を嫁さんが抱きしめる。
また、廊下に駆けつけている使用人の一人が証言してくれた。
「プリムラさんの言うことは、全てそのとおりです。私たちも彼女が居間にいたのを見ておりますので」
ということは、プリムラにはアリバイがある。彼女が直接エニシダを殺害し、その直後に悲鳴を上げた場合を除き、彼女の犯行は不可能だ。
さらに扉と鍵の関係について、使用人とプリムラに確認を取ると、彼女が使ったのは使用人が預かる予備の鍵で、普段、使用されているものはエニシダがいつも所持しているという。システム解析で、それは遺体の服の中にあることがわかっている。鍵はその2つだけなのだそうだ。
「ありがとう。プリムラは部屋で休んでいてくれ」
僕は彼女に礼を言い、休息してもらうことにした。彼女は使用人と共に居間に向かった。
プリムラの証言によって、犯行当時は鍵がかかっていたか、あるいは、犯行後に鍵が閉められた可能性が出てきた。
僕は、室内の状況を詳しく分析することにした。
現場状態を保存しながら様子を確かめるため、圧縮空気の壁を床の上に敷き詰め、透明の床にして乗れるようにした。その上で、中に入った。嫁さんと山吹月見は怖がって廊下に残っているが、桜澤撫子は僕について来た。
「とりあえず、僕が触る前に『宝珠システム』で指紋も取っておくよ」
と言って、まずはドアノブをはじめとした各所の指紋採取も行った。これに桜澤撫子が笑いながらツッコむ。
「こっちの世界じゃ、指紋なんて考えもしないから、証拠にもならないわよ」
「僕たちが犯人を特定するためのものさ」
そうして、指紋も含めた、あらゆる情報を記録しておき、僕は部屋の中を捜査した。いくつかの気になる点を確認した後、僕は、助手のように手伝ってくれる魔王を呼んだ。
「桜澤さん、見てくれ。扉に付着した血痕は、閉めると壁の血痕と完璧に繋がる。つまり、エニシダ殺害時、扉は完全に閉まっていたことになる」
「ホントだ。白金くん、ドラマの探偵みたい」
「さらに窓を見てみよう。こちらは、閉めると血痕が続かず、窓の縁にまで血が付着している。つまり、犯行当時、窓は開いていたことになる」
「あはは。名探偵だ」
「そして、犯行後も扉には鍵がかかっていた。しかも鍵は遺体が所持したまま。ということは、侵入経路と逃走経路は窓である可能性が高い」
「だとすると、ますます犯人は魔族という線が濃厚ね」
次に窓から外を覗いてみる。ここは2階であるが、鍛えられた者であれば、難なく跳躍して出入りできるだろう。もしも、ここから犯人が逃走したなら、何かしらの痕跡が残っているはずだ。
「外に行って、足跡を確認しよう」
「そうね」
「百合ちゃん、ちょっと外を見てくるよ。念のために、ここを見張っといてくれるかな?」
「りょ!」
桜澤撫子を伴い、僕は嫁さんに一言告げて、建物の外を調べることにした。魔王がそばにいてくれれば、僕の護衛としては十分だろう。
僕たちが階下に降りた後、その後ろ姿を見送っていた山吹月見が、ウチの嫁さんに囁いた。
「ねェねェ、ユリッペ」
「なに?月見ちゃん?」
「あの二人ィ、いい感じすぎない?なんか名コンビになってるけどォーー?」
「そ、それは言わないで!私が一番気にしてるんだから!」
嫁さんとしても、歯がゆい気持ちでいるのだが、殺人事件の現場検証など、手伝えることは何も無いと考え、仕方なく引き下がっているのである。
屋外に出た僕と桜澤撫子は、建物の外周を確認しながら、エニシダの研究室の真下に来た。そこは、玄関とは反対側になり、裏の細い通りに面している。
この街の家々は、大きな外壁で仕切られることはほとんどなく、この屋敷も小さな柵で囲まれているだけなので、侵入は容易い。また、裏通りは人通りが少ないため、窓に跳躍して出入りしても、注意深く行動すれば、人目につかずに済ますことは可能だと思われる。
つまり、それなりのレベルを有していれば、ここからの犯行は全く不可能ではない。
そこで、足跡を探してみたのだが、芝生が敷き詰められた敷地内と石畳の道路には、残念ながら足跡が付きにくいようだった。
「足跡は残ってないな……」
「見て見て。白金くん。芝生に小さな血痕があるわ。窓が開いてたから、ここまで飛び散ったってことね」
「お。ホントだ」
とりあえず、犯行当時に窓が開いていたことだけは証明できた。だが、それ以上の情報は、この場所からは得られなかった。
「おかしいな……他に血の跡が見つからない。あれだけ遺体が流血してんだから、犯人にも付着しているはず。だから、血の付いた足跡くらい見つかると思ったのに……。犯人には血が付かなかったのか?それとも逃走経路は、ここではない?」
手がかりが中途半端なために、僕は独り言を呟きながら考え込んだ。桜澤撫子も、僕の横で難しい顔をしている。
この一帯の情報も全て宝珠システムに記録したので、僕たちは引き上げて研究室に戻ることにした。
すると、ちょうど玄関の前に新しい客がやって来たところだった。
鎧ではなく、制服を着用した4名の騎士である。
後ろに立つ桜澤撫子が僕に教えてくれた。
「あの制服は、大統領府直属の騎士団。『連邦騎士団』よ」
「ずいぶんと立派な連中が来たもんだね」
思っていた以上に格式ある騎士が到着したので、僕は意外に思った。
騎士たちも僕のことに気づき、こちらを向いた。
そのうちの一人。いかつい顔の騎士が、通りかかった僕に声を掛けた。
「失礼。大神官エニシダ殿のご自宅は、ここか?」




