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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔法と言う名の理不尽な力がある世界で王政を打倒せよ(序)

作者: 96

俺の名前はリシキ。

ブリリアント王国で中級市民の家に生まれた何処にでもいる15歳の成人男性である。

この国は大きく分けて3つの階層に身分階級が別れている。

最下層は奴隷。

奴隷にも種類があり一般奴隷、犯罪奴隷、亜人奴隷となり、1度奴隷に落ちれば2度と市民階級に上がることはないとされている。

奴隷の上にいるのが市民階層の人間でこれがもっとも多く、下級、中級、上級市民とランクがあり、魔力と呼ばれる適性を持たないと下級、魔力は持つものの魔法が使えないと中級、魔法の才能があると判断されると上級市民となる。

その為、生まれは下級市民でも魔法を使うことができれば上級市民にのしあがることは可能であるし、上級市民の両親でも子は下級市民に落ちることも有り得る。

それを防ぐために上級市民達は自分の子供に家庭教師を付けて魔法を教えることも珍しくはない。

その市民階級の上に立つのが貴族階級の支配者達だ。

男爵は町を管理していることが多く、外側や新しい領地の管轄が多い。

子爵は町より規模が大きい流通的要所の街を管理しているが、新しい領地でも拠点となる場所へ送られる。

伯爵は七つの家しかなく、昔のブリリアント王国の領地だった外周部を領地としているが、男爵や子爵と比べると立地的な優位性は比較にならない。

五つの家で構成される侯爵は都の直ぐ側の領地を管轄する。

そして、貴族の頂点ともいえるのが公爵であり、三つの家が国の方針を決めている。

貴族達は魔法を全員習得しており、そのノウハウを秘匿してた。

むしろ、魔法が使えなければ貴族でなく、庶子として放逐される運命にあり、15歳までに才覚が開花しなければその後の人生は自分で切り開かなければならない。

その貴族の頂点の公爵はそれぞれ大きな利権を要していた。

1つの家は貴族の子供に魔法を含めた教育を施す学園を運営する。

1つの家は身分証を発行する神殿を管轄している。

1つの家は魔法の武器や道具を製造、保有する権利を管轄しており、各々が莫大な財力と権力を保有していた。


「…ヘマしたな。」


15になった春の日に行われる神殿での身分証明の儀式に参加できないと反逆罪として奴隷落ちが確定する。

うちみたいな中級市民であってもあまり余裕はない。

何せ、上級市民から仕事をもらって下級市民に指示して仕事を行っていて、上級市民の機嫌が悪ければ厳しい叱責を受け、下級市民が逃げ出すようならその穴を必死にやらなければ仕事は来なくなる。

その為、中級市民以下の子供は上級市民達のように魔法を習うことなく、仕事の手伝いの合間にできた時間で何となく自分で練習するしかなかった。

今日の手伝いは薬草摘みで同じ中級市民や下級市民の仲間達と頼まれていた場所に来ていたのだが場所が悪かった。

ここは渓谷。

この壁面に生えている薬草は上級ポーションに使われるもので必須な代物だ。

普段は大人が取りに来るのだが、あいにくと手が空かずに何度かやり方を見ていた俺にお使いの指示が来た。

といっても、ロープで体を縛って吊るされながら薬草を取るだけの仕事の事もあり、俺は楽な手伝いだと思っていたが、下級市民の子供は怖がって降りようとはしないし、同じ中級市民の子供は体格的に難ありだったので、自然と俺が降りることになった。

朝から夕方まで取り続けたところで最後の一株を手にしたところで俺を捕まえていたロープが切られた。

幸い下は深い川だから運が良ければ死ぬことはないだろう。

しかし、そのまま流され続ければ、数日後に身分証明の儀式には間に合わないかもしれない。

俺は落ちる俺を覗き込んできた奴の顔を忘れることはないだろう。


「…糞が。」


本当に幸運だが、体に異常はなかった。

しかし、川沿いではなくどこかの洞窟に行き着いたようだ。

俺には魔法の兆候はなかったが、魔力はきちんと受け継がれていて、魔力を持つものは総じて体が頑丈だった。


「灯り、何てないか。」


俺は手が届く範囲で周囲に何が落ちているか探した。

流木、動物の骨、石、四角い鉄。


「鉄?でも、これじゃぁ売っても大した金にならないな。」


その薄っぺらい鉄が突然光った。


「………ん?」『………ん?』


白く光った真ん中に単眼が開く。


「うぁぁあっ!!」

『バ、バカッ、投げんなッ!!』


手元で浮いたそれを何とか掴み直すと行きを整える。


「ふぅー。」

『馬鹿野郎。ふぅーはこっちだ。』

「喋って?」

『おう。俺様は素敵で華麗でチートな最高の魔術師様だぞ。』

「魔術師?」

『あー、こちらの世界には魔術の概念がなかったな。なんつーかだな、根源を越えたと言うか階位の枠からはみ出たというかな…まぁ、俺様が凄すぎて違う世界に飛び出してしまったのよ。ハッハッハッ。』

「えっ、でも鉄の塊だよね?」

『鉄?いや、俺様は今スマートフォンってやつに身を委ねているところだな。どれどれ、こちらの文化圏は…………。何だ、ありきたりなファンタジーチックな世界かよ。正直なえるが、本物の魔法つーのを拝めそうだな。おい、お前。』

「俺?」

『そうだ。おめえしかいねぇだろ?名前はなんつーんだ。』

「リシキ。」

『リシキ。OK、実にロジカル、いい名前だ。おめぇ、いや、リシキは何か得意的な体質なのか?』

「?。なんで?」

『そうじゃなかったから、電気なんて起こせないだろ?』

「電気?」

『おう、まじか。じゃぁよ、雷はわかるな?あれよあれ。』

「雷って…神様が怒ったときに落とすって言うあれ?」

『そんな感じだ、それを弱くした感じだな。』

「でも、俺、魔法使えないって去年言われたよ?」


上級市民は急な出兵を命じられたときに兵士として使える成人を見繕うことが多く、お抱えの家庭教師に神官の真似事をさせて魔法の適性図って回ることがたまにあった。


『そうか…なら、俺と契約しないか?』

「やだ。」

『そうかそうか。って!?』

「だって、その電気ってのがないとあんた動かないんだろ?」

『…ほう?』

「だったら、俺の方が立場が上さ。役立ててやるから俺に力を貸せよ。」

『…………ぷ、ぷははははっっ!!俺様を脅す何て久しぶりだぜ!リシキ、おめえはいい悪党になれる。最高だ!……でもなリシキ、おめえが相手にしている俺様も結構な悪党何だぜ?』


画面が消えた。

それどころか上下左右が分からなくなる。

足場がない、まるでさっき落ちたときみたいだ。


『と、どうよ。』


光が付くと息が上がっているのがよくわかった。


『お前から拝借した魔力をちょっと使えばこれくらい軽いのさ。その気になればもう少しいたずらすることは簡単だ。頭がいいおめぇならどう言うことかわかるだろう?』

「…俺に利用する価値があるってことか。」

『イグザクトリー。やはり、きれるな。俺はおめえが気に入った。気分もいい。だから、対等な関係でやっていこうや?』

「…わかった。だが、条件がある。」

『いいぜ、聞いてやろう。』

「あんた、名前は?」

『実に切れる男だな。いいか、覚えろ、刻み込め、俺様は魔術師グロウ。おめえの命運が尽きるまで精々楽しませて貰うとするぜ。』

「グロウ、よろしく。早速なんだけど、ここを出たい。」

『いいぜ。湿っぽいのは俺様も苦手さ。その前に契約だ。五分の関係でお互いの悩みをお互いの力で解決する。俺は知識や魔術をおめえに提供し、おめえはその魔法や魔力を提供する。同意するならここに親指を当てな。』


白く光っていたところに赤い矢印が出た。

そこに指を当てろと言うことだろう。


『指紋認証、静脈認証、魔力認証…確認完了。契約完了。』


グロウに魔力が吸われているような感覚だ。


『おー、良いタンクだな。俺様もかなりの容量だと自覚していたが、こちらの世界の住人は違うらしい。』

「少し、気持ちが、悪いんだが…。」

『それくらいですめば御の字よ。さて、リシキ。おめえの今の望みは何だ?』

「先ずはここから出ないと。それから街に戻って身分証明の儀式に出ないと奴隷になる。それは何とかしないとダメだ。」

『奴隷はどこの世界でも悪いって言うのは相場が決まっているな。よし、まずは俺様の反対側が地面に向くようにしろ、そうだ。』


足元が明るくなった。


『マッピングも終わった。俺様の指示通りに動けよ、相棒。』


グロウに地図が出る。

これだけの灯りと地図があればなんなく出れそうだ。


『ハッハッハッ!最高だぜ!』

「どうした、グロウ?」

『まさか、ここまでの身のこなしとは恐れ入った!おめえは俺がいた世界ならアクションスターでもやっていけるぜ!』


アクションスターというのがわからないが賛辞なのだろう。


「それは嬉しいな。」

『おっと、気を付けな。敵対反応だ。』


スライムだ。

こう言った洞窟には大抵いて小さいものは生き物の死骸を餌としている。


「よっと。」

『ぶふっ!』


スライムは倒すことで粘液を残す。

それは接着剤として利用されることが多い。

それを石を蹴るように壁に蹴り付けて走り抜ける。


『おいおい、初戦闘がこんなじゃ味気ないぜ。』

「急いでいるんだ、仕方がない。」


そこからどれだけ走っただろうか。

ようやく、外の明かりが見えてきた。


「………。」

『荒野だな。』


最悪だ。

そもそも流された渓谷も町から少し距離があったが、それ以上に川に流された距離が長かった。

町まではかなりの距離がある上に地面の亀裂やらで迂回しなければならない。


『タイムリミットはあとどれくらいだ?』

「どれくらい流されたかわからないけど、たぶん3日はあると思う。」

『距離はおおよそ直線で百キロか。迂回すると常人の足では間に合わねぇな。ましてやこの場所に留まっていたら命がたりねぇ。』


この荒野を越えて渓谷から下って町に戻る途中に他の町や農村はない。

あれば食料や馬を借りることも出来るだろうが…。


『後の事を考えねぇって言うなら方法はあるぜ?』


グロウの提案によって俺は飛ぶように荒野を走っていた。


『魔術の基本にして深奥への道である強化魔術。元来は体に魔力を宿して瞬間的に力を増幅させるものだが、俺のは少し違う。』

「どう違う!?」

『まず、体を構成する三つのパーツに各々違う魔術を使用する。1つは脳、今回は長距離の移動を重視することから疲労物質の認識を防止させている。次に骨格、細く強固にすることでエネルギーの使用料を通常時の70%まで低下させる。最後に内蔵や筋肉、普通の人間は食物から得たエネルギーを消費するがそれを大幅にカットし、代わりに魔力を代替えとして当てている。』

「魔力が無くなると!しんどくなるんだろ!?」

『安心しろ。こんだけ周りにあればおめぇが走りながらでも取り込んでやるよ。おめえは気にせず走れ。』

「亀裂!信じるぞ!!」

『おう、跳べ!』


詳しいことはわからないが、今みたいな亀裂を跳び越えるときはグロウの方でなんかして跳べるようにしてくれるそうだ。


『ハッハッハッ!。幅跳び20メートル越えとはオリンピック選手もビックリだぜ!』

「俺も普通なら跳ぼうともすら思わない!」


今飛んだときも恐怖を感じなかった。

これもグロウの使った魔術とやらの効果だろうか?


『止まるなよ、走り続けろ!』


こうして翌々日の昼前に自分が住む町へ帰ってこれた。


『既に体は限界だ。先ずは糖分と水分だ。その次に肉を食え。』

「わ、わかった。」


契約によって俺の手の甲に潜り込んだグロウが指示を出す。


「おい、身分証を出せ。」

「えっ?おっちゃん、俺だよ、リシキだよ。」

「リシキ?確かに似てはいるが、あいつはそんなに痩せては居なかったぞ。」


俺は仕方なく、首にかけてある紐に通してある木の番号札を見せた。


「…確かに、リシキのものだな。」

「だろ?早く入れてくれよ。」

「…入らないほうがいい。」

「なんでだよ。明日、身分証明の儀式に出ないといけないんだよ。」

「…身分証明の儀式は今日だ。それに…。」

「今日!?なら!退いてくれよ!!」


1日間違えていた!?


門番をかわして入った広間に処刑人を晒されている。

普通なら町の中央の方の広間に晒されるのだが、貴族の怒りを買ったような罪人はこちらに吊るされることが多い。

案の定、罪状は貴族の信用と信頼を裏切った事について処刑されたとある。

処刑されたのは…………。


「親父とお袋?」


その時、神殿から鐘の音が鳴り響き、神殿の方から顔馴染みが歩いてきた。

そこには俺を落とした連中も混じっている。

そいつらは俺の顔を見るや青ざめていた。


「リシキ、気の毒だが…。」

「…誰だ?」

「何?」

「誰がこれをやった。」

『おい、相棒。』


町の上空に厚い雲が張り始めた。

それと同じくして神殿の兵である、僧兵が槍を持って俺の周囲を取り囲んだ。


「中級市民リシキ。身分証明の儀式を放棄した罪により、神罰を与える。」


僧兵の後ろには鎖と焼印を用意した神官も出てきている。

その光景が目に入っても俺の怒りは沸き上がり続けた。

それに呼応して暗雲が立ち籠る。


「儀式の放棄は重罪である。抵抗があった場合は即座に命を奪う。抵抗なく縛につ。」


「なら、お前達が死ね。」


落雷が広場に落ちた。


「………。」

『起きたか?相棒。』

「…ああ。」


俺は見覚えのある場所にいた。

近所の厩舎の中でよく遊び場として使っていたところだ。

それでも町の入口から少し距離がある。


『強化魔術を行使しているときの魔力の流れを確認していたからな。それを応用して体を動かして移動させておいた。』

「…あの後、どうなった?」

『相棒が落とした雷で周囲の人間は意識を失った。槍や鎖を持っていた奴等は感電死だ。』

「感電?いや、死んだ?」

『相棒の力はそれだけ強いって事だ。その後、騒ぎになる前に移動して、その間に食物とかを拝借して口に突っ込んでおいた。』

「泥棒じゃないか…。」

『しかたないだろ。そのお陰でお前の体は元通り以上になった。』


言われてみれば、腕や脚が前よりもしっかりしている気がする。


『今は魔術で隠蔽しているが、何時までもここにはいれない。何れにせよ、この町を出る必要がある。』

「だったら、家に寄りたい。」

『いいぜ、何とかしてやるよ。』


家の前には兵士が警備していた。


『いいか、素早く近づいて右手で体に触れろ。そしたら、素早く中に入れ。』

「これでいいか?」

『問題ない。』


俺の家は下級市民の職人が作った道具を扱う商店だった。

薬草も下級市民の職人が薬にするためにほしいと言うので親父のところに話が回ってきた。

先ずは身支度だ。

今はボロボロの身なりだが、最低限の衣類を持ち出して体を洗ってから着替えよう。

それにお気に入りのナイフや店の商品の在庫から使えそうな物を選んでいく。


「…流石に持っていけないか。」

『へっ。相棒、ちょっと言ったものを用意しな。』


グロウが求めたのは大きくて丈夫な布、もしくは革、縫う為の針に糸だ。


「これでどうかな?」

『十分だな。』


右手からグロウが出てくる。


『俺から出てる光を全体に当てな。』


言われた通りに光に当てると素材が自然と動き出していく。


『元の世界だとここまでは出来ないが、こっちの溢れんばかりの魔力があればお茶の子サイサイだ。』

「お茶の子サイサイ?」

『簡単って話だ。』


1時間程かけて超サイズの鞄が出来上がった。


「こんなの持っていけないぞ…。」

『見てな。』


もう一度光を当てると今度は縮み始めた。

更にもう一度光を当てる。


『圧縮と荷重軽減の魔術だ。魔力が豊富にある事は素晴らしいな。』


俺が鞄の中に手を入れると手が小さく見えた。


「すげぇ。魔法の鞄みたいだ。」

『ほう。魔法の鞄とな?実にそそられる研究素材だ。どこで手に入る?』

「そんなものは貴族しか持ってないって。」

『貴族、か。この町にいるのか?』

「男爵様がいるよ。」

『なら、周囲を取り囲んでいるのはその部下か。』

「!?」

『兵士にかけた魔術は切れてはいない。何かセンサーのような…あれか。』


見馴れない器が店の真ん中に見付けた。


『割ってくれ。経過を観察したい。』


器の中には水しか入っていなかった。


『なるほど。式神や使い魔に近いようだな。』

「何落ち着いて…。」


扉や割るように入ってきたそれは炎の犬だった。

直ぐ様、遠吠えするように天井を向くと火柱に変わって家を火の海に変える。


「逃げるぞ。」

『待て、今逃げても取り囲んでいる奴等の思う壺だ。』

「だからと言ってこのままじゃ!」

『屈んで煙を吸わないようにしろ。』


20分もしないうちに火の手は家全体に伸びて、火の粉が周囲の家にも飛ぶように移ると兵士達は、火と住民から逃げるようにその場を離れていく。

火災は下級市民が住む長屋を2列焼いて鎮火した。

その間に魔法使いが消火に当たることは無く、市民にも大きな被害を被ることとなる。


「長屋は後回しだ。あの店の片付けを急がせろ。」

「し、しかし、男爵様。市民達からの陳情が…。」

「被害にあった者達は集会場を開放してやれ。復旧までの間の食事はこれで賄え。」

「は、ははっ。」


火事から2日が経過し、騒ぎも収まり始めていた。

上級市民が金の入った小袋をもって男爵の前から居なくなった。


「どこだ…どこにいった。」

「誰が?」


男爵は机に頭を強く打ち付けられた。


「き、貴様!?」

「お陰で焼き死にそうになった。」

『魔法を使おうとしているぞ。』


金髪の男爵の髪を乱暴に掴んで持ち上げる。


「や、やめろ!」

『よしよし、予想通りだ。』


痛みで魔法を使おうとしていた魔力の兆候が消えた。


『相棒、いただけるものはいただいていこうぜ。』

「こいつはどうする。」

『あー、魔力の貯蔵量は兵士と比べようがないが…これくらいならこうだ。』

「はっはっはっはっ、なっ、なっにっ。」


男爵が小刻みに息を吸おうと無理な呼吸を始める。


『頭に酸素が足りないと誤認させた。しばらくはこのままでいい。』

「…わかった。」


本や金を漁るなかで興味深い書類を見付けた。


「奴隷要請書?」

『どれどれ…中級市民で魔法の素養が高いものを奴隷として都へ送るべし、か。上級市民に匹敵する素養をもつなら金貨10枚。』

「それだと、俺を殺す必要はなかったんじゃないのか?」

『そうだな。』


俺の鼻がここ最近で嗅ぎなれた臭いを感じ取った。


『男爵にかけた魔術を解除する。』


グロウの言葉に従って再び男爵に触れると死んだように床に倒れ込んだ。


「男爵様!屋敷から火が、、、男爵様!?」


結局、俺が男爵の館から持ち出せたのは男爵の部屋にあった本や金、そしてこの羊皮紙だけだ。


「町が燃えている?」

『前に見た炎の犬のような反応が多い。』

「あの犬がいくつも?」

『ああ。…ずらかるぞ。俺達では大したことはできない。』

「………わかってる。」


この日、俺の生まれ故郷は町全体を焼く大火事により焼失した。

その知らせは都にも当然届き、以前送られていた身分証明の儀式の結果と新規の奴隷記録から俺が放火魔として認定されたのを知るのは少し先の事だった。


「これからどうする?」

『先ずは隠れ家を探して手にいれたお宝を眺めさせてくれや。』

「隠れ家か。なら、森がいいかな。」

『なんでだ?』

「手伝いで走り回っていたからね。ちょっとした小屋が建ててあるんだ。」


その小屋は俺が長年かけてちまちまと造ったもので雨風が凌げる程度のものだったが、今は十分な代物だった。

それから、1ヶ月。


『ナンセンス。非常にナンセンスだ。』


グロウは男爵の屋敷から持ってきた本を読み漁ると不機嫌になっていた。


『何で魔法の習得方法が口伝による継承なんだ?あれだけの本で書いてあったのを要約すれば集中して明確なイメージを行うことだぞ、ありえるか。』

「それでこの1ヶ月、俺に何をやらせてい?」


俺は自分の魔法の練習のため、両手の手の平間で電気が通す練習をさせられていた。

しかし、食料調達等の生活行為以外をそれに費やしたが、未だに電気と言うものが今一わかっていなかった。


『しゃーねーか。目に見えねぇものだからな。でも、その力がないと俺達は生活できないくらいすげぇもんなんだぜ?えーと、何かいいものは…。』


単眼が映っていた絵から急に建物が並ぶ動く絵に変わった。


「えっ?これなに?」

『ん?あー、俺って動画も写せるのか無駄に高性能だな。』

「だから、これなに?」

『これは俺がいた世界の街だ。夜になると電気から作られた灯りが街中に付くんだぜ?』


グロウが言った通り時間が急速に進んで夜になると夜と言うのがわからないくらい明るい街並みがあった。


『他には、車や電車も電気で動かしていたし、電気から磁力を作ってリニアとかにもしていたしな。』

「それみたい!」

『おー、いいぜ。』


グロウの記憶なのかはわからないが、写し出される絵、映像というものが堪らなく面白かった。


『どうだったよ。』

「凄かった。」

『じゃぁ、次の教材だ。』


映像の感じが変わった。


「これ、なんか違わない?」

『ああ、俺の生まれ故郷が誇るアニメってやつだ。』


これがいけなかった。


「何でこんなに妹達が死なないといけないのさ………。」


「やばっ、子供から大人に!?これやっば!」


「この兄弟、悲しすぎるよ…。」


と、アニメから様々な影響を受けたせいか逆に電気というものがわからなくなっていた。


『何かしっくりするものはあったか?』

「電気って色んな事が出来るってのはわかった。でも、それ単体でっていうと出来ることは限られるんだね。」

『そうだな。科学の授業は面倒で嫌いだったが、便利な部分ばかり見えていた気がする。』

「とりあえず、何がしたいかが決まるまで色んな形を思い描きながら練習するよ。」

『じゃぁ、ついでに魔術も覚えてみないか?』

「グロウがいれば問題ないんじゃない?」

『俺はそうだが、お前は基礎だけでも覚えた方がいいな。あの魔法を使ったときの魔力の消費量がバカにならなかった。それを防ぐには魔法を制御するか、魔力量を上げるしかない。少し長い説明になるが、俺の世界ではお前のように魔力を大量に持つ人間は皆無だった。それは魔力から直接魔法を発生させる方法がなかった事によるせいもあるが、たんに魔力を持ちすぎると向こうの人間の体が耐えきれなかったせいだと思っている。しかし、魔術師はその問題を今までにはなかったもので解決した。それを魔術回路という。これは、通常血流と共に体を巡る魔力を神経や筋肉に特定のパターンを刻み込むことで魔力の貯蔵場を作るものだ。だが、この回路は膨大な魔力と集中力を消費する代わりに進捗が悪く、人一人の一生ではそこまでの蓄積は出来ない。』

「効率が悪いってことじゃ?」

『普通ならな。本来なら魔術回路を集積した結果、1つの紋様になったものを魔術刻印と呼び、それを移植して行くことで何世代にも渡って積み上げるのだが、この世界には膨大な魔力とそれを受け止められる体、そして魔術回路の塊である俺がいるわけだ。』

「グロウは何をしたいわけ?」

『俺は人類初、魔法に特化した魔術回路の開発を行いたい。魔術回路はその術者が主に使用する系統の魔術に自然と最適化され、刻印化する。それを利用して魔法のための回路をなして、刻印を作り上げる。』

「それは、お互いにどんな利があるのさ。」

『相棒は操作性と魔力の貯蔵量の増加が見込める。俺は扱える魔術の種類が増える。言ってなかったが、魔術って言うのは基本的には自前の魔力で術式を組んで、それを外界の魔力であるマナを使って現象を起こすように働きかけるものだ。今は俺の術式を相棒の魔力で使っているだけであんまり派手なものは出来てない。それを打破する手段だと思ってくれ。』

「まぁ、やることもないし、とりあえずそれをやっておくか…。どうすればいい?」

『擬似的な回路を俺の方で体に走らせる。そこに魔法を流してほしい。』

「魔法を体の内側に、な。」


俺は手を合わせてから組む。

これまでの経験から弱い電気なら意識的に起こすことが出来ている。

組んだ手を少し離すと温盛が感じ程度の距離感で電気がその間で走る。


「これを内側に流す。」


目を瞑ると体の骨や血管、尊敬というものが想像できる。

後はそこに流してやるだけだ。

グロウが作り出した路へ電気を流すべく、開いていた手の平を拳に変えた。


「!!?」


痛みを感じない痛烈な刺激が体を貫いた。


「ッテェェエエエッ!!!」

『おっ、耐えたか。神経系第一段階完了だ。』

「なっ、第一段階ってことはまだやんのかよ!」

『お前次第だ。』

「…俺次第?」

『そうだ。これはいってしまえば魔力の貯蔵量を増やすためのものだが、回路を刻むにしても肉体に宿る精神体に余裕がなければ刻んでも定着しない。それに意味刻んだものが定着するかもそれに要する時間もお前次第だ。とりあえず、今日は終わりだ。』


その日はその後移動に費やして終えた。


『よし、今日は骨格系をやるぞ。』


神経系、骨格系、筋肉系の順番で毎日に回路に魔法を通した。

各系統とも1回目は痛烈な刺激だったが、2回目からはそこまでの刺激は感じなくなっている。


「なぁ、血管は鍛えないのか?」

『血管系はな、普通の人間じゃ鍛えられねぇんだ。代わりにしばらくしたら血液を鍛える。』

「血を?」

『そうだ。前に魔力は血と共に巡っていると言ったな?』

「ああ、聞いた。」

『血管はそれの通り道。そこに回路を作ると中を通る魔力と反発して基本的に断線する。よって血管には回路を通すのではなく、血液を鍛える方針をとる。』

「基本的には?」

『意外と食い付くな。実験的には血管にも回路を伸ばすことは成功している。ホムンクルス、人工生命体に外科的手術を行ってな。まぁ、あまりいい結果にはならなかった。後、断線はまだいい方だ。何せ、行きすぎると反発で血管の破裂や血液の逆流が起きて大抵死ぬ。』

「…了解だ。じゃぁ、血液はどうやって鍛える?」

『それをするために今の下準備が生きてくる。人間の魔力は本来肉体には宿らず、精神体に貯蓄されている。以前、精神体に余裕がないと回路を刻めないと言ったが、その余裕というのは精神体のキャパシティであり、余剰魔力でもある…と言われていた。』

「言われていた?」

『ああ、今までの非人道的な実験の積み重ね何かでおおよその通説はあったが、それを理解したのは最近だ。回路は本来魔術を扱う上で必要なものだったが、それは精神体と密接な関係がある。本来、肉体と精神体は別物で要所以外は結び付きはない。しかし、後天的に擬似的な要所を作り出すことで肉体と精神体との結び付きが強まる。そうすると扱う魔力総量や魔力の上昇に繋がってくる。』

「後天的な擬似的要所。つまり、魔術回路延いては魔術刻印のことか。」

『その通りだ。今日まで複数系統の回路の基礎を刻んできたが、今後安全が確保されたら魔力を使用して枯渇状態を作り出すことで精神体の魔力キャパシティの増大とそこから引き出せる魔力量の増加を行っていく。』

「魔力って肉体に貯まっている訳じゃないんだな。」

『そうだ。精神体側にある幾つかの門から流れ出ている。その量を増やすための行程だ。』

「なら、安全を確保するためにも街にいかないとな。」

『見えてきたか?』

「ああ。子爵領の街だ。」


1ヶ月の森での生活を終えて移動を開始した俺達は森から1番近い街にやって来ていた。

子爵の街の門番をグロウが素早く黙らせて入場証を偽造した。

本来自分が住む町では年に税を納める代わりに居住権等の権利が保証されていたが、今の俺のように旅をして生計を立てる者達もいる。

それは行商人であり、職人であり、傭兵であったりと様々だ。

そういった人達が働くために各業種には組合があって、身分証明の儀式後に加盟することが可能だった。


『組合に入っていないと旅も満足にできねぇってか。』

「仕方ないさ。どの領主も金がほしいだろうからな。」

「?」


俺の独り言を聞いてすれ違いの男が首を傾げていた。


おっと、気を付けないとな。


『一方通行の念話も寂しいからな。今度、魔術を仕込んでやるよ。』


それは助かる。


宿を押さえてから、組合の表掲示板を見て回ったが俺の手配書はなかった。

てっきりお尋ね者になっていると思っていたが運が良かった。


『これでしばらくは安全だな。よし、今日の夜に式色生態を確認する。』


式色生態とは、使用者の資質を具現化する魔術であり、属性、色、形で判断される。

属性は血筋、色は先天的な要因、形は環境と言われているが、これを証明できたものはいない。

それでも、自身の内面を見詰める事に用いられる魔術は自分の方針を定めるのに有効なため今日まで用いられていた。


『無防備になるから、野宿じゃ出来なかった。今日はこの部屋に結界を張った上で一晩自分と向かい合ってもらう。』

「グロウは何を見た?」

『俺は何もなかった。』

「何もなかった?」

『そうだ。しかし、それを見たことに意味があった。それで俺は今ここにいる。』

「…わからないな。」

『見ればわかる。』


俺が見たのは一面の雲の海だった。

そこは住人達の楽園のようで様々な生き物が暮らし、留まることを知らずにどこまでも広がっていく。

その中心には暗い天井にまっすぐと伸びる雲の塔があり、そこへ向かおうと歩けども辿り着くことは出来なかった。

ここは現実よりも息苦しい。

少し歩いただけでも息が切れる。

しかし、不思議な場所だ。

この雲は陸であり、海であり空でもある。

遠くでは大きな魚が飛沫を上げ、巨大な獣が草原で居眠りするように踞る。

その光景に目を奪われ、俺は雲の地から足を踏み外した。

その地はみるみると離れていく。

それは、渓谷で落ちたときと似たものを感じるがその時間は圧倒的に長く、その地は点のように彼方へいってしまう。

必死に手を伸ばすが、それでも落下は止まらず地の方の暗闇に包み込まれそうになった時、何かが俺を引き揚げて現実へ帰還した。


『どうだった?』

「意味が理解できない。」


俺は見たままをグロウに伝えた。


『…。式色生態は、あまり自分のものを他人には漏らさない。その為、検証するための情報が少ない。』

「…そっか。なら、次の行動を考えようぜ。」


ベットから体を起こす。


『お前、動けるのか?』

「ん?当たり前だろ?」

『……そうか。今後の方針だが例の奴隷の書類を当たってみたらどうだ?』

「奴隷要請書だったか。明らかに面倒事に巻き込まれる気がするが。」

『既に火中だろ。それにこのままだと国を出たところで追っ手が来るかもしれない。とりあえず、その書類の真意を探って理由を見付けてみるのはどうだ。』

「理由か。…悪くないかもな。それに無茶をしたところで捕まれば奴隷送りだ。なら、やってみるか。」

『じゃぁ、その家庭で手に入ったものはまず俺に調べさせろよ。』

「それが目的か。」


俺は子爵の館への侵入に挑戦した。


「族がいたぞぉお!!」

「そっちだ!おぇええ!!」


男爵の館と比べて広いはずなのに警備の密度が明らかに濃いこの館で俺達は追われ続けた。


『ちっ、お前の町で見たあの水の監視器が到るところにありやがる。しかもそれを警備する奴等もいるのがめんどくせぇな。』

(魔術で壊せないのか?)

『出来なくもないが、魔術はタネが割られれば、底をつかれるものだ。出来れば痕跡は残したくない。』

(と、すれば?)

『戦略的撤退だ。』


こうして俺達の侵入は見事に失敗し、街は兵士達が巡回するようになっていた。


(グロウ。わざと見付かっただろ。)

『ほう?』

(普段なら絶対起きないはずの術を受けた連中が途中から追跡に回っていた。それにことある事にあの監視器がある場所に出くわしていた。何を考えている?)

『合格だ。全くつまらないが、お前の心臓は特別製だ。慌てふためいて教えたばかりの念話が乱れるようだったら、山籠りでもしようと思っていたが、その心配はなかったようだ。』

(何を考えているんだ?余計な危険は命を縮めるだけだぞ?)

『これも目的を達するために行ったまでだ。見ろ、奴等は館から出て俺達を探しに来ている。館の警備は先程よりも減っているはずだ。』

(わざわざその為だけに?)

『盾を貫くときは厚く小さい盾よりも薄く大きな盾の方が割りやすいのさ。』


悔しいがグロウのいった通り、子爵の館の警備は先程とは比べ物にならないくらい緩いものになっていた。

その隙に奴隷要請書に関係する書類を漁った。


「賊め、ようやく見付けたぞ。」


装飾された上着を着た男と4人の兵士が部屋に雪崩れ込んだ。


『こいつに聞いた方が早そうだな。』

(そうだな。)

「不敬な足で我が屋敷に踏み込んだことあの世で後悔するといい。者共、かかれっ!!」

『自分達から突っ込んで来るとは馬鹿な奴等だ。』


式色生態後も俺のできることは変わっていない。

ただ、以前よりも魔法が体に馴染んできたと言えばいいのか、意識した部分に電流を流すのが簡単にはなった気がする。

それで相手の動きを止める事も出来るが、それはグロウの魔術でも代用が効くので、俺は体内に電流操作に重きを置いた。


即ち、人間の反応速度を越えた反射領域での高速活動。


相手からすれば見えているのに反応することが出来ずに攻撃を受けて意識を刈り取られていく。

兵士が倒れたことに気が付かないまま、子爵は言葉を紡ぎ始める。


「水よ、瀑布のごとき」

『リシキ、詠唱を止めろ。書類もろとも吹き飛ばされそうだ。』


執務室で発動しそうになった魔法も腹部への打撃で詠唱が中断する。


「ぐふっ…。」


髪の毛を掴み、打撃を数度加えてから乱雑に椅子に座らせた。


「き、貴様…このような事をして…。」

『魔術で暗示をかける。締め上げて適度に意識を飛ばしてくれ。』


グロウは暗示がそれほど得意でもないのか、貴族や上級市民に使用するときは必ず体力と精神を削る必要があった。

それでも、暗示によって子爵から奴隷要請書に関する書類やマジックバック、魔法の秘伝書を奪う事が出来た。

書類をその場で読み漁っていく。


「おい、この依頼は誰からのものだ。その者とはどういう繋がりだ。」

「…わが、しハイド、はく、しゃく。」

「子爵様!こちらですか!?子爵様!!」

『リシキ、潮時だ。』

「…そうだな。」


最後に拳を入れて窓から脱出した。

グロウと相談し、警備網がこれ以上厳しくなる前に脱出し、一路ハイド伯爵が治める街に向かった。


『ふむふむ。』

(…。)

『なるほど、なるほど。』

(…。)


子爵の街からハイド伯爵の街まで徒歩で1ヶ月の距離だ。

その間にはいくつも小さな村や町があり、補給には事欠かない。

しかし、馬車は身分証の提示を求められるので使うことはできず、結局のところグロウとの2人旅が続いた。


『この秘伝書は男爵のところにあったものとは比べることも出来ない価値がある。まず、魔法には知っての通り属性があり、それが基本的な要素になる。そして、次に形態がある。例えば水であれば雨や波といった形があるだろう?それを指すのだが、子爵は詠唱的に頭上から水を落とすタイプだったようだな。』

(それで、あの入れ物の正体はわかったの?)

『勿論だ。その前にさっきの続きだが、形態の次に規模、範囲を広げることで魔法としての価値が生まれる。秘伝書の言い回しを解釈するとこのようになるが、貴族達は貴族足る由縁を持っている。』

(由縁?)

『そうだ。魔法を特定の形に変えて爆発的に効果を上昇させる事ができるようだ。男爵や子爵のところにあった器には魔法の水が満たされていて、そこに精霊を宿らせることにより俺達を感知した、らしい。』

(精霊?なんだ、それ。)

『精霊は向こうにもいるとされていたが、特別な眼を持たないと見ることが出来ない。それはこちらでも同じ様だな。精霊は魔力で出来ているとされ、本来は無属無色の存在だが、属性がある魔力、魔法ではその存在をそれに近付ける傾向があるようだ。』

(子爵は伯爵を師匠と言っていたな…。)

『今まで以上に厳しい相手になりそうだ。止めておくか?』

(…俺の運命や両親を結果的に死に追いやった連中を野放しにしておくつもりはない。)

『その割りに誰も手にかけないようだが?』

(…謎が解けたら、片を付けるさ。)


ハイド伯爵の屋敷ではデザインの違う二種類の甲冑が並び、家令達が慌ただしく駆け巡っていた。


「最近この辺は随分と物騒なようですね。」

「…ご心配をお掛けしております。」


ハイド伯爵は自分と倍以上離れている子供を前にして冷汗をかいていた。


「マーキュラス侯門下であるヘウム子爵、カリム男爵共に亡くなられるとはブリリアント王国の痛手であり、大変痛ましく思っております。」

「不肖な弟子に殿下のお心遣い誠に痛み入ります。現在も全力を挙げて賊の捜索に努めております。」

「マーキュラス侯の水霊式を修めたと言われるあなたならば直ぐにでも捕らえることが出来るでしょう。勿論、国家の一大事です。王家は助力を惜しみません。」

「それは、心」

「…来ましたか。」


ハイド伯爵の街は警備が厳しく、忍び込む事が難しかった。

そこで、防壁を飛び越えて侵入すると直ぐに発見され、兵士達に追いかけ回されるはめになった。


『ちっ。ネットワークのように警戒網が張り廻らせられている。きっと強力な術者を起点に男爵クラスの術者を要所において監視器を全体に行き渡らせているんだ。』

(どうする!?要所を狙うか!)

『、、撤退だ。今の俺達には材料も手段も足りない。誘導されるようで癪だが、兵士の少ない方向に向かって移動するしかない。』

(やはり、陽動か遠距離の攻撃手段を用意するべきだったか。)


それは2人で話し合っていたことだったが、陽動には人数と物資が、遠距離には手段が足りていない。

それでも侵入したのは俺達が追い込まれていたからに他ならないからだ。

伯爵の手勢は優秀で確実に俺達の隠れられる場所を潰していった。

そのため、どん詰まりに入り込んだ俺達が生き残るためには伯爵にある程度のダメージを与え、警戒網を食い破る以外に道はなかった。


「よし、奴隷区域に入った!!」

「門を閉めて守りを固めろ!!」

「奴隷区域?守りを固める?」

『どういうことだ?』


俺達は建物で出来た視覚に身を潜めた。

奴隷区域というには立派な建物が並んでいるように見える。


「亜人奴隷諸君!君達の街に人間の賊が入り込んだ。君達はこれを見逃してもいい!助けてもいい!しかし!!我々に引き渡せば今月の食料を倍支給することを伯爵様は約束された!!」


各所で響く声に住人は思い思いの反応を見せる。


『はははっ!これは面白い!』

(こっちは全然面白くねぇ!)


亜人と呼ばれる人種は人と違う種族のハーフやクォーターなのだが、その種族よって得手不得手がきっちり別れるのが特徴だ。

豚顔の大男が雄叫びを上げながら薪を振り下ろす。

長身細身の男が俺の後ろに回って人の手とは思えない鋭い爪を向けてくる。

その2人を避けたところに2メートルあろう大男の突進が待っていた。


「…弱い。」


俺を襲ってきた連中は一度の攻撃で息を上げている。

それでも、干満な攻撃を続けながら仲間が集まり続けてくる。

突進した男は受け止められた事に驚きながらも俺を掴み動きを封じた。


「お前には恨みはない。だが、この街の住人は貴族の機嫌1つで死ぬ。ここで、機嫌を損ねれば子供達が死ぬ。…それだけは防がせてもらう。」

「お前達は…。」

『余所見をするな、、上を見ろ!』


俺の、この街の上空に火の玉が打ち上げられている。


「邪魔だ!」


大男を近くの家に投げ込んだ。


『気を付けろ、何かが来るぞ。』

「死にたくなければ、近くの家に入れ!!」


その時、何か大きな気配を感じてそちらの方向を見ると遠くの方向から何かがやって来る気がした。


『…マジかよ。』

(何かわかるのか?)

『詳細はわからない。けどな、あれはきっと戦略兵器だ。速度は間違いなく音速を越えているな。』

(助かるか?)

『直撃しなければ可能性はある。さて相棒、お前の魔力、存分に使わせてもらうぞ。』

(勿論だ。魔術回路解放、体内魔力との接続、完了、魔術刻印起動、、、臨界。)

『上出来だ。それを維持しろ、魔導接続は取っておけ。』


魔法での戦略兵器は打ち上げられた火の玉を目掛け接近し、上空で爆発した。


『魔術障壁展開、断層七空聖域。』


断層七空聖域は、グロウの持つ障壁でも広範囲を守ることの出来る可能性を秘めた障壁だった。

可能性というのは、魔術を処理するにあたり、グロウの魔術刻印を持ってしても広範囲に展開させるには処理能力が足りない可能性があった。

それをグロウは俺に刻んだ魔術刻印を使って処理能力を向上させることに成功している。

断層七空聖域は発動こそ難しいものの、一度発動してしまえば、効果消失まで放置できるメリットがある。


『ちっ!第一聖域消失、焼失か。』


7つの壁が領域を守る障壁のうち、最初の障壁が消えとんだ。


『相棒!意識飛ばすなよっ!!』

(ああ!!)

『固有魔術、凝縮領域。』


グロウの特性は凝縮と拡散。

この特性を発揮した凝縮領域によって火元と七空聖域の中間に魔力の塊が出現し、聖域を保護した。

現状の最善手をこの短時間で準備できた手応えを感じていた俺達だった。


が、絶望はここにあった。


俺達の上空にあった火元はその殻を破り、灼熱を顕現した。

光とも言っていい炎がそれにふさわしい熱量を放出する。


『魔導接続開始!出力最大!』


グロウの声で我に返った俺は言われたまま魔導接続を開始する。

これは本来、血液中の魔力から魔術回路はへ流れる魔力を魔力の源である精神体から直接回路に流すものだ。

これにより複雑な処理を行えなくなるが、出力を爆発的に増加させることができる。

その対価として、魔術回路を冷却する時間が必要になる。

そして、その時間は使用した時間に比例して長くなった。


『固有魔術、単一拡散!』


灼熱の炎の放出される熱を広範囲に拡散することでハイド伯爵の街にもこの熱の余波が届いた。

おそらく感知に向けていた魔法を水の防御に当てて街を守ろうとしたのだが、そんなものは無いに等しく蒸発し、石で出来た建物を焼き払い、住民や奴隷区域を監視していた兵士達を飲み込んでいく。

しかし、こちらも悠長なことはいってられない。

何せ、圧縮した魔力の壁を熱量が突破すると第二、第三と聖域が焼失していく。

今はただ、その絶望が通り過ぎるの待つしかない。


『ちっ…なんて、理不尽な魔法だ。』


最後は光が消失し、絶望は去った。

それは、断層七空聖域の効果時間ギリギリのことであり、精神体からの魔力供給の限界でもあった。


「…そうだ。逃げないと…。」


それを阻むのは偶然助かった亜人達だ。

先程と違い、この短時間で満身創痍、精神虚脱となった俺達に優位性はない。

それでも、簡単には捕まるなんてことは出来ないため、子爵から奪った宝剣を取り出す。

この剣はグロウがいた世界にはなかった金属のようで、解析が終わったときのグロウが興奮したのを覚えている。

そんな剣を持ったとしても振り回す気力すらわかない俺は前のめりになりながら、地面へ倒れた。

意識を手放すまでに残っていた記憶は、ポツポツと降りだす雨と手から滑り抜けた感触だけだった。

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