野戦病院 弐
僕は最前線の塹壕の中で敵陣の方角を監視している、双子の弟と共に。
僕と弟は一緒に徴兵され同じ部隊に配属された。
弟が上等兵殿に声をかける。
「上等兵殿、あそこに人の姿が見えるのですが、敵でしょうか?」
傍に来た上等兵殿は指差されたところを目を凝らして見た。
「馬鹿野郎、よく見ろ。
彼奴足が無いだろうが仏さんだよ。
ありゃあ先週偵察に出かけた大谷だな、戻って来ないと思ったら殺されてたか、成仏しろよ、南無阿弥陀仏。
しかし難儀だよな、俺やお前みたく霊感の強い奴は仏さんが見えちまうんだから。
仏さんの顔が血の気が無くて真っ白だから鬼畜米兵と見分けがつかないんで余計にな」
上等兵殿の言葉通り僕達の回りには沢山の仏さんが彷徨いている。
上等兵殿が話を続けた。
「でも此処はまだ良いんだぞ。
野戦病院に行ってみろ生者と死者の見分けがつかない程仏さんが群れているから。
病院に担ぎ込まれても負傷者が溢れ返っているから長蛇の列の最後尾に並ばされて、ようやく自分の番が回って来たと思ったら、傷を診た軍医に治療を施しても助からないとみなされ列から放り出される。
治療が行われている周りにはそういう仏さんが群がり、次は自分を治療してくれと口々に訴えているのだ。
病院の外には切り落とされた手足が投げ込まれている穴があるんだが、その穴の中では自分の切り落とされた手足を探す仏さんが群れている。
俺の足は何処だ? 腕は何処だ? 此れじゃない、此れでもない、って呟きながら。
病院の周囲には治療を受ける事はできたが動けない将兵が寝かされているんだが、誰も世話をしてくれないから糞尿にまみれ、傷口に蛆が湧き、ろくに食い物を得る事ができず痩せ細って行く。
水、水、水をくれ、最後に水を飲ませてくれって言いながら、そこで亡くなる者も大勢いるのだ。
医薬品も無く麻酔無しで手術され痩せ細って最後には誰にも看取られずに死ぬよりは、此処で戦友に看取られて死んだ方がマシってもんだ」
その日の夜僕達が所属している中隊は師団司令部が置かれている山の麓に向かう事を命じられる。
麓には師団に所属する部隊が続々と集結していた。
参謀長殿から明日の夜敵陣に向けて最後の突撃が行われる事が説明される。
敵陣に向けて部隊毎に粛々と移動が始まった。
弟が振り返り話しかけてくる。
「兄ちゃん待っていてくれてありがとう。
靖国には一緒に行こうね」
弟の言葉に血の気の無い真っ白な顔で僕は頷いた。