8.友達、剣の師匠と悩み事
今日は貴族としてのレッスンも騎士団の練習も無い日。
母さんは、シロを連れて城下町に買い物に出かけている。
という事で、城の中にいても何も楽しくないので、俺も城から出て遊びに行こうと思う。
ガルザード帝国の首都であるこの城下町は、『ブライン』という。
首都なだけあり、この国で一番大きい街となっている。
この街は円形の防壁に囲まれており、中心に城がある。
そして、城壁の東西南北に存在する門と繋がる十字の大道路で街を区切っており、それぞれの場所の雰囲気が異なっている。
北側は貴族街。貴族の屋敷と貴族御用達のお店が集まっている。
逆に南側は平民街。普通の町民達が暮らしていて生活感溢れる地区になる。
西側は商業施設が集まった場所となっており、沢山の物を売り買いする事が出来る。
東地区は冒険者ギルドや教会等の様々な建物があり、一番人が集まる地区だ。
今回、俺は南区に向かっている。
南区を壁に向かって進み、門が見え始めたぐらいで裏路地に入る。
そこを進み、少し薄暗くなった辺りに目的地である孤児院はある。
この街の孤児院は、どれも国からの支援を受けているので、貧乏という事は全く無い。
父様は善政をしっかりと敷いていると国民からも好評である。
俺はこの孤児院に身分を隠して、『レイ』という名前の子供として遊びによく来ている。
「ライサさーん!遊びに来ましたー!」
孤児院の門でそう叫ぶと、修道服を着た優しそうなおばあさんが出てきた。
この孤児院の代表をしているライサさんだ。
「あらレイ君、来てくれたのね。いつもフランちゃんやミナちゃんと遊んでくれてありがとうね。二人共、レイ君が来るのをいつも楽しみにしてるのよ」
「そうなんですか?じゃあ、もっと遊びに来てもいいんですか?」
「えぇ、構わないわよ。それじゃあ、二人の事よろしくね」
「はい!」
ライサさんと会話しながら、孤児院の中に入る。
すると、玄関に入ってすぐにドタドタと廊下を走る音が近づいてくる。
どうやら、俺がライサさんを呼ぶ声が聞こえたみたいだ。
「お兄ちゃん!」
「おっと」
廊下の奥から走ってきた女の子が、そのままの勢いで飛びついてくる。
この空色の髪の色をした子は、フランと言う名前の子だ。
俺の2歳年下の6歳の女子で、リネアを幼くしたような性格をしていて、とても明るく笑顔が可愛い女の子だ。
孤児院の外の事に興味津々で、外の話を聞くのが大好きだ。
そんな外から遊びに来る俺に興味を持って話しかけてきたのが初めで、今では兄と慕ってくれるほど仲良しだ。
「お、レイか。オッス」
「ミナ姉か。オッス」
フランに続いて奥から出てきた、灰色の髪をさっぱりとショートにした女の子はミナと言う。
フランとは逆に俺の2歳年上の10歳になる。
年上なので俺は『ミナ姉』と呼んでいる。
年齢の割にサバサバしており、基本周りの子供とは遊ばず一人でいる事が多い。
女性としての体つきに成長中らしい(本人情報)。
「こんな所に何しに来たんだ?」
「勿論遊びに来たに決まってんだろ?」
「まぁ、だろうな」
そう言って、ミナ姉は肩を竦める。
ミナ姉は、そういう適当な動作が何故か似合うんだよな。
こんなどうでもよさげな様子なのに、俺が来るのを楽しみにしていたらしいので、女子はわからないものだ。
「今日もフランのお部屋で遊ぼうよ!」
そう言いながら、フランは俺の手をグイグイ引っ張る。
「わかったわかった。ミナ姉も行こうぜ」
「行こうも何も、フランとアタシは同部屋なんだから行くに決まってら」
ミナ姉と仲良くなったのは、ミナ姉とフランが同室で過ごしている事が理由だ。
フランに連れていかれて部屋に入ったらミナ姉がいて、フランがミナ姉も巻き込んで遊び始めたのがきっかけだ。
まぁ、この二人はそれぞれの年代の男子から人気がある。
フランは可愛くて明るい孤児院のアイドル的存在で、ミナ姉は同年代の子供達から見たらサバサバして大人っぽい女の子なのだ。当然であった。
だが、フランは俺が来るようになってから他の男子とは遊ばなくなり、ミナ姉に関しては元から男子を避けていた。
そんな憧れの二人と仲良くしていれば、男子から嫉妬の目で見られるのは当たり前で、【女群集の呪】の効果と相まって男子から嫌われ、遊ぶのはこの二人だけとなり、また男子から嫉妬の目で………、というループにはまっている。
更に、フランが他の男子と遊ばなくなったのは、「お兄ちゃんの悪口を言うから嫌い」って言ってたから、フランも尚の事男子を避けて、と溝がドンドン出来ていった。
俺は男子と仲良くするのは、とっくに諦めましたよ。
それでもこの二人と遊ぶのは、友達の全然居ない俺の数少ない楽しみで癒しでもあるので、やめるつもりも全く無いがな。
その日はお昼まで御馳走になり、夕方まで二人で遊んだり孤児院の仕事を手伝ったりした。
また別の日、今日は城の裏側にある騎士団の訓練所に俺はいた。
「今日の訓練はこれにて終了するッ!」
「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」
騎士団の全体訓練に参加していたのだ。
帝国騎士団は、個々の戦闘力や連携のレベルがそれなりに高く、騎士としてのレベルはかなりのものだ。
ただ、その分騎士達の選民意識が高いように思う。
『俺は騎士だが、貴様は平民だろう?』とでも言いたそうな。
俺がいても何も言わないのは俺が第三王子だからであり、俺がいない時は普通に悪口を言ってるのを聞いた事がある。
まぁそれはいつもの事なのでどうでもいい。
この全体練習で体を鍛える事も大切だが、この後に行っている個人訓練は更に気合を入れている。
その為、俺は全体訓練が終わっても訓練所に残り、周りの騎士達が居なくなるのを休憩しながら待つ。
全員がいなくなった頃、一人の女騎士が俺の所に歩いてくる。
赤髪を高めの位置でポニーテールにしているその騎士は、女性の中でも少し長身な体つきや凛々しい顔つきでありながらも、所々で女性を感じさせる雰囲気をしており、まるで某歌劇団の主役の様な風貌の女性だ。
彼女が、俺の剣の師匠であるアルレイナさんだ。
初めて訓練に参加した時、俺は人がいなくなったら素振りをしようと思って訓練所の奥に隠れていた。
体力自体は常に走り回ってお陰で普通の子供よりも遥かに多かったし、訓練中も【継続回復】を使っていたので、多少は余力があったからだ。
だが、初参加の虚弱王子が余力があるのはおかしいと思ったので、ひっそりと隠れていた。
その時に、彼女が一人残って練習で素振りをするのを見たのだ。
綺麗だった。
彼女の顔や雰囲気も綺麗だった。だがそれよりも綺麗なものがあった。
俺は彼女の剣舞を、とても綺麗だと思った。
しなやかに動く長身の身体から放たれる剣筋は鋭く速かった。
素振りをしているだけなのに、隙を感じさせず周りを警戒する圧のある雰囲気を出していた。
素人目に見ても分かるその凄さは、剣術初心者である俺の気持ちを高揚させた。
俺はあの剣筋に憧れた。
だから、彼女の素振りが終わった時、急いで駆け寄り「弟子にしてください!」と土下座した。
するりと土下座が出るレベルで、惚れたのだ。
初めは、そんな俺に驚いていたアルレイナさんだったが、「私はまだ弟子を取れる様な強さではないのです」と断られた。
だが俺は諦めずに、全体訓練後に必ず残る彼女の所に毎日通い、頭を下げ続けた。
それを二週間ほど続けた。
「そこまで私に教えてほしいのですか………。わかりました。これからは訓練の後、レイ様に私が出来る限りの剣術を教えましょう」
と、向こうが根負けして弟子入りを認められた。
それからは騎士団の訓練がある日は毎日残り、彼女から剣術を教わっている。
「それではレイ様、今日の訓練を始めましょうか」
そういって彼女は俺に木剣を渡す。
「はいっ!」
「それではいつも通り、まずは私と同じ動きの素振りをそれぞれ二百行いましょう。その後、私と組み稽古を行いましょうか」
「わかりました!師匠、今日もよろしくお願いしますっ!」
そう言って、俺は【継続回復】を掛け直し、素振りを始める。
素振りは何とかついて行く事が出来たが、組み稽古はボロボロでした。
そんな師匠との剣術訓練後の事。
「ハァ………ハァ………。ふぅ………」
訓練が終わって休憩してから少し経つが、まだ多少呼吸が乱れている。
師匠は凄いなぁ、とっくに呼吸が正常に戻ってる。
あのレベルになるまで何年かかるのだろうか。
そんな風に考えながら師匠を見ていると、師匠がこちらに向かって歩いてくる。
「レイ様、少し相談があるのですが、この後お時間よろしいでしょうか?」
「相談?はい、大丈夫ですけど」
「ありがとうございます」
いきなりそう言われたが、この後予定も特に無いので素直にそう答える。
「その相談内容についてですが、私以外にも同じ事を相談したい人が二人いまして。その二人共騎士なのですが、連れてきてもよろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
そう言って、師匠は訓練所を出ていった。
師匠ほどの人が、俺なんかに相談事って何だろう?
贔屓目かもしれないが、俺は師匠は何でも出来るのではないかと思っている。
戦闘力の高さは言うに及ばず、誠実で真面目な性格であり人からの信用があって、コミュ力も高い。
更に周りの人を気にかける余裕があって、メイドや従者の人などが困っていたら相談に乗り、それを解決する実行力もある。
まさに元の世界でいう理想の委員長のような人だった。
さらに最近驚いた事は、見た目が若いなとは思っていたが、実は師匠は18歳で、まだ入隊3年目らしい。
この世界には『教育国家エルデバラン』と呼ばれる国がある。
この国はグリフェンスの中心付近にあり、『平等と中立』を掲げて誰でも自由に学ぶ事が出来る場所を目指した国だ。
このエルデバランの中でも一番大きい街が『学園都市クリカトル』と呼ばれる街なのだが、この街は『クリカトル学園』という丸々一つの学園で出来ている。
この学園は11歳から入学を認められており、最低4年・最高7年の期間内に、一定の単位を取る事で卒業できる、元の世界の大学みたいな学校だ。
学べる内容は、全学園生の必修科目『一般教養』があり、その他に貴族や王族に必要な『経営学』や、冒険者に必要な『冒険学』などの手広い自由科目があるので、自分が学びたい事を学ぶには最適な環境となっている。
そして、学園内に生活に必要な物全てが揃っており、生活する上でも困る事は無い。
さらに卒業すると『学園卒業生』という肩書が付き、この肩書を持っている者は優秀な実力を持っている証明となる。なので、様々な分野からスカウトが来るので将来にも困らない。
その環境の良さと肩書欲しさに毎年沢山の人が試験受けていて、倍率は凄まじいものとなっている。
師匠は、そんな学園を最低期間の四年で卒業した本物の実力者だ。
そんな師匠の相談事など全くわからん。
少し経つと、師匠は二人の女性を連れてきた。
一人は、藍色の髪色で小麦色の肌をした、髪を左耳付近で纏めたサイドアップと呼ばれる髪形をした、スレンダーな女性。
もう一人は、真っ白な肌で紫色の髪を左右におさげにしている、平均より小さめの女性。
パッと見では、三人の共通点が分かんない。
「レイ様、お待たせいたしました。まず初めに、この二人に自己紹介を」
「ミュート子爵家三女、エリゼ・ミュートと申します。どうぞよろしくお願いしますわ」
「そしてもう一人がです」
「は、ハイネと申しますっ。よっ、よよろしく願いしますっ!」
そう言ってエリゼと名乗る女性がお辞儀し、ハイネと名乗った女性も勢いよく頭を下げる。
エリゼさんは胡散臭いモノを見る様な目で俺を見てるし、ハイネさんは相当緊張しており目線が合わない。
ダメだ、不安しかないぞ。
「(ボソッ)ねぇ、アル。本当にこの子がどうにか出来るの?第三王子でしょ?」
エルゼさんは師匠の耳元でそう囁く。
声を落としたつもりでしょうが、全て聞こえております。
まぁ貴族だし、俺の事そう思ってるよね。知ってた。
「私はレイ様なら大丈夫だと思っている。第一、あの『氷の魔女』から直々に魔法を教わっているのだ。知識だけでも相当のものだと思うぞ」
「ちょっ、アル、声!?」
声を落としたエルゼさんに対し、師匠は普通に喋る。
隠していた内容をバラされて焦るエルゼさん。
「自分が周りからどう思われているのかは、自分が一番よくわかっているので気にしなくていいですよ?(ニコッ)」
常に魔力を振り撒き(【継続回復】中はそう感じるらしい)気絶癖のあった獣人大好き王子ですもんね。
疑問に思ってもしょうがないだろう。
「ひぃ!?も、申し訳ないですわっ!」
だから、その程度で一々不敬罪とかめんどくさいと思うので、そこまでビビらないでいただきたい。
話を戻そう。
「それで師匠、改めて相談事とは?」
師匠に問いかけてみる。
「はい、実は三人とも同じ悩みを抱えていまして。この事を弟子であるレイ様に相談するのは、師匠としてもどうかとも思ったのですが、私たち三人ともいい加減に何とかしたかったので、相談に伺った次第です」
そして、師匠は深刻そうな顔をして悩みを打ち明ける。
「実は、私達三人とも魔法がうまく使えなくて、どうにかなりませんか?」
「えっ、師匠もですか!?」
「お恥ずかしい限りで………」
思わす驚いた俺に対し、師匠は苦笑を零す。
まじか、知らなかった。
そういえば師匠が魔法を使っている所、確かに一度も見た事が無いな。
「そのせいで、騎士団でもあまり立場が無いのが現状です。なので、私達に何か知恵を授けていただけないでしょうか。何か一つあるだけで大違いなのです。是非ともお願いいたします!」
「「お願いします!」」
そう言って、三人は頭を下げる。
確かに騎士として戦う相手は多岐にわたる。
その際、物理攻撃が効かない敵もいるのだろう。そうなったら魔法が使えない三人は、荷物にしかならないんだろうな。
「わかりました。若輩者である自分に何が出来るかわかりませんが、協力させてください」
「「「はい!」」」
さて、属性魔法が使えない落ちこぼれである俺に教えられる事があるのか………?