10.雑談、白いアラクネ
吹雪豹を蹴散らした際に起こした大惨事の後。
俺は目的の『白いアラクネ』を発見した。
邂逅からおよそ十分が経過しただろう。
【精霊憑依】もとっくに解除され、俺一人になっている中。
アラクネとずっと睨み合いになっています。
遭遇してから、ずっと互いに目も逸らせぬまま、俺とアラクネは微動だにせず向き合っている。
岩陰から見えるアラクネは、蜘蛛の胴体から美女の姿をした人間の身体が膝上くらいから生えており、イメージ通りのアラクネの姿をしている。
人間体の部分は、裸という訳では無く服を着ているが、その服の上からでもスタイルの良さが分かる。真っ白な肌で、髪の毛も灰色がかった雪のような色をしており、全体的に白い。顔もキリっとした鋭利な顔つきの真っ赤な眼をした美女だ。
蜘蛛の胴体部分は、白いフサフサした毛が生えている。また、恐らく攻撃に使うのであろうゴツイ前腕には生えていない。
伝承によると、『白いアラクネ』は通常のアラクネよりも気性が荒く、普通のアラクネが行う『罠や独などの搦め手で仕留める狩り』とは違い、『直接戦闘で仕留める狩り』を行うと伝えられている。
だから、俺も白いアラクネと遭遇した時は、即座に戦闘になる事を覚悟していた―――
「何故、あのアラクネはずっと岩場に隠れているのか………?」
―――のだが、件のアラクネはじっとこちらを見ているだけだ。寧ろ、俺の挙動を一つも見逃さない様にしているみたいだ。
さて、どうしようか………。
もう考えるのがめんどくさいので、話しかける事にした。
「………あの―――」
「………ヒィ!?」
俺が声を発した瞬間、アラクネが声を漏らす。
えっ、まさか悲鳴上げた?
アラクネの様子を伺うと、先ほどまでは普通だったのに、今や物凄くブルブルと震えているではないか。
えっ、まさかビビってる?
再度声を掛け直そうと思い、無意識に右手をアラクネに向けてしまう。
「ヒャイッ!?」
それを見たアラクネは再度悲鳴を上げると、そのまま岩陰から飛び出し―――。
「ご、ごめんなさいぃ!」
蜘蛛の下半身をうまく使って、見事な土下座を披露してくれた。
「………え?」
俺の予想を遥かにぶっちぎったアラクネの行動に、俺はフリーズを余儀なくされる。
「な、何故、謝る………?」
数秒のフリーズの後、俺は半無意識的にそう問う。
「だ、だって、こんな辺鄙な山奥に貴方みたいな強い人が来るなんて、討伐目的しかないじゃないですかぁ………。そして、こんな山奥で討伐対象になりそうな珍しいモノなんて私しか………!」
アラクネは、顔を上げる事無くプルプルと震えながら、言葉を発する。
確かに、アラクネ目的でしたけど………。
「わ、私食べても『純白の美肌』とかにならないですよ!?『永遠の命』とかも無理ですし、後純粋に、食べたって美味しくないですよ!?」
「いや、まず食べねぇよ」
アラクネの言葉に、俺は思わず素でツッコミを入れてしまう。
どうして俺の目的を『食べる事』一択しかないと勘違いしてるんだ………?今までどんな奴に襲われたのか、興味が出て来るわ。
「ほ、本当ですか………?」
俺の言葉を聞いて、アラクネは俺の様子を窺うようにゆっくりと顔を上げる。
「あぁ、食べない」
何か、今更言葉遣いを直さなくて問題無いと思うので、そのままの口調で話す事にする。
「じゃ、じゃあ、私の眼を抉り取るんですか………?」
「発想が怖いわ。やらんわ、そんなスプラッタ」
「そ、それなら、脚を半分持っていくとか………?」
「考えた事もねぇよ」
「な、なら、上半身だけ削り取っていくとか………?」
「本当に考えが恐ろしいわ」
「ま、まさか、脚一本で済ませてくれるんですか!?」
「一本もいらねぇよ」
本当にこの子、どんな目にあってきたらこんな事しか思いつかなくなるんだよ………?
あの後、土下座を辞めないアラクネを何とか立たせる事に成功した俺は、アラクネと話をしてみようと思った。
しかし直ぐに、俺が吹き飛ばした悪天候や吹雪の環境が元通りに戻ってしまいどうしようか悩んでいたら、アラクネの提案で住処にお邪魔させてもらう事になった。
住処は近くの洞窟にあり、普段は岩で塞いでいるようだった。
コイツ、穴塞ぎ用の岩軽々と動かしていたんだが、あの岩直径3mはくだらなかったぞ………?どうやらこのアラクネ、俺の想像以上に力が強い様だ。
中に入ると、20畳位の空間が広がっていた。
丸太で出来たテーブルがあったり、道具が散らばっている事から、どうやらここは普段生活するリビングの様なスペースみたいだ。
なんと、床にはちゃんと一面カーペットが敷いてあり、防寒対策がしっかりとされていた。
手作りだそうだ。器用ね。
また、入口とは別に4つの通路があり、寝床と作業場、倉庫、氷部屋が別であるみたいだ。
氷部屋は、魔物肉といった鮮度が影響する物を凍らせて溜め込む場所だとか。
中々の充実空間だ。
「テーブルの近くのクッションに座って、待っててください。今、飲み物を用意します」
そう言って、アラクネは通路を通って何処かに移動した。作業場だろうか。
部屋に知らない人を連れてきて一人にするって、相当不用心過ぎない?
クッションに座ると、凄い肌触りの良い生地で出来ていて、一目でいいクッションだとわかる。
「そ、粗茶ですが………」
「こんな山奥で熱々のお茶が出て来る事にびっくりだよ、俺は」
アラクネは直ぐに戻ってきて、テーブルの上にお茶を差し出す。
「ズズッ………あぁ、暖まるわ………」
「えへへぇ………」
俺がお茶を一口飲むと、アラクネはクールな表情を緩ませる。
「何か嬉しそうだな?」
今の所作にそんな喜ぶ事あったっけ?
俺が疑問気に問いかけると、アラクネは若干慌てた様子で両手を左右に振る。
「い、いえ、大した事じゃ無いんですけど………」
そう一言告げて、アラクネは理由を説明してくれる。
「私が出した飲み物を、躊躇い無く飲んでくれたじゃないですか?つまり、貴方は私の事を疑っていないんだぁ、って思ったんですよぉ………!」
説明しながらも、少しずつ顔が緩んでくるアラクネ。
一目見て『嬉しそう』とわかる表情だ。
「あぁ、毒か。全く考えてなかったな………」
アラクネの言葉を聞いて、改めて自分の不用心さを実感する。
そうか、そうか、出された物が大丈夫である事は確実ではないんだ。もし、このアラクネが悪いアラクネだったら、俺は今頃無事ではないかもしれなかったのだ。
反省反省。
「にへぇー」
俺の『考えてなかった』宣言を聞いて、アラクネは頬を今まで以上に緩ませる。クール系が台無しだぁ。
アラクネと雑談中。
「へぇ、やっぱり目立つっていうのは大変だな」
「です………私、悪いアラクネじゃないのに………」
「安心しろ、少なくとも俺は分かってるよ」
「レイ君………!ありがとぉ!」
「わぁ!?」
しょんぼりと落ち込むアッシュを励ましたら、泣きながら人間部分で抱き着いてきた。
このアラクネの名前は『アッシュ』。
名前が無いらしく、俺に付けて欲しいとの事だったので考えました。
アッシュ自身の、やや灰色がかった髪色からイメージしました。
年齢は数えていないが、少なくとも先代勇者が生きていた頃には既に生まれていたらしいので、少なくとも数百年は生きている事になる。
何でも、若かりし頃の先代勇者に襲われて撃退した事があるとか。
確かに、その話は勇者伝説が書き記された古典にも載っていたはずだ。その逸話も、『白いアラクネ最強伝説』の一端を担っている。
本人は『勇者と言っても若かったですし………!』と謙遜していたが、確かこの勇者は10歳の頃から大陸内でもトップの実力だったので、やはり勇者撃退は凄い事に変わりはない。
元々は山の麓で生活してたらしいが、冒険者や魔物が常に襲ってくるので、住処を移動せざるを得なかったらしい。
常に襲われた理由は、冒険者側は『希少価値の高い魔物素材で一攫千金』、魔物側は『純粋に目立つから襲われた』と思われる。
『人気の少ない所に移動→生活→再度居場所を特定される→人気の少ない場所に移動』という生活を繰り返している内に、山脈までたどり着いたらしい。山脈は、人気が少ないどころか人がいないもんな。
山脈の魔物は大丈夫なのか?、と聞いてみた所―――。
「ココの魔物はそんなに強くないみたいなので、蜘蛛の前足で一発叩いたら倒せますよ!」
と、ゴツイ剛腕を振りながら言っていた。
やはりこのアラクネ、中々の『無自覚最強』なのでは?
食べ物も、偶に外に出て吹雪豹の群れを一網打尽にして氷部屋に食料として溜めておいて、趣味である裁縫をしながら細々と生活してるという。
吹雪豹一網打尽って、細々………?
趣味といっていた『裁縫』だが、床のカーペットやクッション、自分の服を縫うなどしており、中々の腕の様だ。しかも、センスもよさげだ。
服が可愛いと褒めたら、にへらと表情を緩ませていた。
さて、そんな感じでアラクネと雑談していると、そろそろ夜明け前といった時間になってきた。
中々楽しい時間で、あっという間だった。
「そろそろ、俺は帰ろうかな」
出来る限り夜明け前には戻っておかないと、シロが目を覚ましてしまう。無断外出がばれたらまた説教だ。
「えっ………。帰っちゃうんですか………?」
俺が帰るというと、アッシュは凄く悲しそうな顔をする。
まぁ、数百年の人生の中で初めての話相手だったらしいし、寂しいのだろう。俺と話しているときのアッシュ、すごく楽しそうだったしな。
「俺もアッシュと別れるのは寂しいよ。そこで提案だ」
なので、最初の目的である『眷属化』を提案する。
その説明の際、しっかりとメリットデメリットの話もちゃんとする。信頼を築く上で、隠し事は妨げになるしな。
「―――って言う感じだ。どうだろうか?」
まぁ、眷属になるって事は今までの生活を捨てて、俺に縛られるという事だし、中々迷う事になるんじゃないかと―――。
「はい、なります!なりたいです!」
即答でした。
「いいのか?」
「はい!何にも問題ないです!」
俺が再度問いかけるも、アッシュの返事は変わらなかった。考える素振りも無かった。
「私はずっと一人が嫌だったんですよ………。俗に言う『友達』や『仲間』が欲しかったんです………。でも、人や魔物は私を見ると問答無用で襲ってくるし、同胞のはずのアラクネからも攻撃を受けてしまうんですよ………」
「アッシュ………」
アッシュは、過去を振り返りながら悲しそうな表情をする。
「そんな中で、レイ君は私の初めての『友達』なんです。さっきまでの、只喋るだけの時間も私にとっては初めての事で、今までの生活の中で一番楽しかったんです!」
さっきまでの悲しそうな表情から一転、アッシュはニコニコとした表情に変わる。
確かにさっきまで話していた時も、アッシュはずっと生き生きとしていた。あれが、初めての雑談というのであれば、あの喜び具合も納得だ。
「一度この楽しさを知ってしまうと、私は一人で生きていくなんて考えられないんです………。だから、私もうレイ君がいないとダメな体になってしまったんですよぅ………」
「ブッ!?」
こ、コイツ、天然でそんな事言いやがった………!
「だから、寧ろ私を連れて行ってください!」
動揺する俺を差し置いて、アッシュは最初と同じく綺麗な土下座を披露する。
「顔を上げなさいな」
俺がそう声を掛けると、アッシュは素直に顔を上げてくれる。
「俺達は『友達』なんだろ?友達にお願い事をする時は、土下座なんてしなくていいんだ」
そして、俺はアッシュに右手を差し出す。
「俺と一緒に外に行こうか」
「ハイっ!」
俺の右手を掴んだアッシュの表情は、その日一番の満面の笑みだった。




