10.シロアvsクリス
「さぁ、エキシビジョンマッチ一戦目!『二重乙女』のクリス先生とレイ選手配下のシロア選手の一戦ですが、学園長はどう見ているでしょうか?」
「今回は両方が斥候だから、普通であれば自身の持つ技量の数がどれだけ多いか、又それらの技能をどれだけうまく使えるか、これが焦点になるはずよ。普通ならね」
「といいますと?」
「私はクリスを知っているから言える事なのだけど、彼女は妨害や支援、補助といった一般的な斥候職の技術だけでなく、自身の戦闘力で戦える技術を持っているわ。実際、彼女は斥候という職に関係無く、純粋な前衛職としてでも純銀級になれるでしょうね」
「そうなのですか?ですが、それは―――」
「えぇ、それはシロアも同様ね。彼女も一人で学園生の集団だけでなく教師すらも退ける事の出来る戦闘力の持ち主よ。だから、今回の一戦は斥候同士にしては異例の―――」
「肉弾戦になるかもしれないわね」
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ステージの上で、シロとクリス先生が向かい合う。
「やはり、シロアが来たか」
「………です」
「フフッ、気合が入っているな」
クリス先生は、シロの様子を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。
実際、今のシロは口調はいつも通りに淡白ながらも、実の所やる気満々であり、闘志が漲っている。
その理由が、俺の妹分として実力を周りに見せつける機会だから、というだけでは無い事をクリス先生は直ぐに察しているだろう。
「それに、中々いい装備を付けているじゃないか。御大将からのプレゼントか?」
「………はい、兄様からもらったプレゼントです。………似合ってるって言ってくれました」
「そうか、確かに似合っているぞ」
「………ありがとうございます」
尻尾をパタパタと振りながら、シロはクリス先生に装備を見せる。
いつも通りの無表情ながらも、シロがすごく喜んでいるのはクリス先生から見ても明らかだろう。
そう、シロは俺からもらった装備を周りに自慢したくてしょうがないらしいのだ。
今回、シロが新調した装備は3つ。
『ブリザードコート』
・吹雪豹の毛皮で制作された純白のコート。
・所々に淡い水色や金色の刺繍が入っている。
・アッシュの【神糸】を用いて作成している為、生地以上に柔軟で丈夫なコートに仕上がっている。
・コートの裏地には、ナイフを収納できる固定具が至る所に縫い合わせてある。
・【防寒】【俊敏】の特殊効果付き。
『ライトニングガントレット』
・雷撃槍蜂の堅殻を使用している。
・裏地には吹雪豹の毛皮を用いている。
・コートに合う様に、所々淡い水色や金色の装飾付きの白色に染色されている。
・アッシュの【神糸】を用いて作成している為、非常に軽くて丈夫な籠手。
・手首の部分から金属蜂の針を打ち出すギミック付き。
・【耐電】【防寒】の特殊効果付き。
『ブリザードブーツ』
・吹雪豹の毛皮を使用している。爪先には雷撃槍蜂の堅殻が入っている。
・コートに合う様に、所々淡い水色や金色の装飾付き。
・アッシュの【神糸】を用いて作成している為、非常に軽くて丈夫なブーツ。
・スパイクの様に雷撃槍蜂の針が生えるギミック付き。
・【耐電】【防寒】【俊敏】の特殊効果付き。
3つとも装備すると髪色も相まって、白銀一色だ。
全体的にスラっとした長身で薄い銀髪のシロには、純白のコートが生えるのだ。
このコートをデザインしたアッシュのセンスは、素晴らしいと言わざるを得ない。
因みに、生半可な事では傷が付かないほどの装備で、例え傷ついたとしてもすぐにアッシュが修繕できるので躊躇い無く使う事が出来るのだ。
アッシュマジ有能。
「それにしても、良いデザインの装備だ。………いいなぁ(ボソッ)」
「………兄様、クリス先生の装備も用意してましたよ?」
「ほ、本当か!?」
クリス先生はシロの装備を羨ましそうに見ていたので、シロがそう伝えると物凄く嬉しそうな表情をする。
そう、吹雪豹の氷結牙を使った『アイシクルナイフ』とか、雷撃槍蜂の毒針を使った『サンダーヴェノムエッジ』とか、シロの籠手にも仕込んである金属蜂の毒針を加工した『ポイズンニードル』とか、他にもいくつかちゃんとクリス先生の分の装備も作ってある。
ただ、俺が用意した装備よりもいい装備を持っていそうだったので、伝えるかどうか悩んでいたのだが問題はなさそうだ。
というか、冷静に考えたら『ポイズンニードル』はまだしも、山脈の頂上部付近に生息する吹雪豹、ましてや絶滅危惧種の雷撃槍蜂の素材を使った武器をクリス先生が持っていたら、逆に驚くところだな。
「そうか、ちゃんと私の分もあるのか………!」
クリス先生、めっちゃ嬉しそう。
やっぱ、全員分用意しててよかった。
「ならば、私はその恩に報いる為に全力でシロの相手をしよう」
そう言いながらクリス先生は、腰に据えた十数本のナイフの中から2本を引き抜き、流れるような動作で構える。
「私が、私達が大きな壁になればなるほど、それを超える御大将が大きく見えるからな」
そう言って、クリス先生はニヤリと笑って見せる。
「さぁ来い、シロア、私が相手だ。お前のすべてを見せてみろ」
「………行きます」
それを受けてシロも懐からナイフを出して構える。
ステージの空気が変わり、張り詰めた緊張感のある雰囲気に切り替わる。
一瞬で会場が鎮まる。
ステージの中央端に立つセルディマが、二人の準備が出来た事を確認し右腕を上げる。
今回のエキシビジョンマッチの審判は、純金級クラス同士の戦闘になるので並みの審判を用意する訳にはいかなかったそうで、セルディマが直々に行う事になっている。
セルディマ戦の時は、最早学園長が下りてくる手はずだ。
「それでは第一試合、クリスVSシロアの試合を始める」
会場に静寂が訪れる。
「始めッ!」
セルディマが試合開始の合図とともに右腕を振り下ろしたと同時―――
シロとクリス先生の姿が一瞬で掻き消える。
「えっ?」
観客席のどこからか、呆然とした声が漏れる。
だが、件の二人はそれを気にする事は無い。
ステージ上の至る所に無数の銀閃が縦横無尽に走る。
銀閃がぶつかり合い火花が散る。
火花と共に金属がぶつかり合う音が鳴る。
火花も金属音も鳴り止まない。
その光景が数十秒続いた時、観客達はようやく気づいた。
『あの銀閃がシロア達なんだ』と。
「は、はや………!?」
「これは流石に予想以上かしら………!」
ナレーターちゃんことピナさんが、今まで全く見せなかった呆気にとられた表情で言葉を零す。
学園長の予想すら超えてきた二人の圧倒的な速度に、まともな言葉が出てこないようだった。
学園長の驚きに満ちた表情を見ていると、『うちのシロは凄いんですよ!』と自慢して回りたいくらいだ。
数えきれないほどぶつかり合った二人が、ようやく止まった。
まだまだ余裕そうなクリス先生と、少し消耗したシロの姿がようやく全員に認知された。
「は、速すぎます!?全く見えませんでした!?私は音しかわかりませんでした!?これが、これが純銀級の同職同士の戦いだというのですか!?」
「いいえ、コレは純銀級を遥かに超えているわ………!純金級で間違いないわ。あの二人のAGI、確実にB、いやAでもおかしくないわね」
「A!?」
「ステータス表記のBとCには、『種族としての限界を超えているかどうか』という明確な壁があるわ。AとBにもあるけれど、そっちは『生物としての限界』よ。でも、あの二人は絶対に1段階目の壁は超えているわね。クリスは2枚目も確実に超えているようだし、シロアも壁越えしてそうな勢いだったわ」
「な、成程………『生物』壁越えの実力者ですか………!」
学園長の実況を聞いて、観客達もステージに立つ二人を見る目が変わった。
だが、件の二人は観客の目など気にした様子は無い。
「なぜ、【完全隠蔽】を使わない?」
クリス先生は止まって一番にそう問いかける。
【完全隠蔽】は、『確実に先手を取れる』というシロが持つ最大のアドバンテージだ。
だが、今回の打合いでシロは一度も発動する事は無かった。
その問いに対し、シロはクリス先生の右手のナイフを指さしながら答える。
「………そのナイフ、【完全反撃】付きって前言ってました」
「アレ?しまった、話した事あったか」
そう、クリス先生が右手に持っていたナイフが【完全反撃】というスキル付きのナイフなのだ。
確か、酒飲んでた時にダンジョンの話をしていてその時に話していた。
ダンジョンの宝箱に5本入っていて、そのナイフを装備していれば一回だけ相手の攻撃を食らった時に自動反撃出来るナイフだったはずだ。
一回しか反撃できないのは、スキル性能が高すぎてナイフ自体が耐えられないからだったはず。
「………それに、私の全てを見せると言いました。………だから、純粋にぶつかりたかったんです」
でも、【完全反撃】を発動させる事も出来なかった、とシロはボソッと零す。
残念ながら、クリス先生の右手のナイフが無事という事は、シロはクリス先生の不意を突く事が出来なかったという事だ。
「フフッ、まだ私はお前の師匠でいたいからな。そう簡単に背中を超えられても困る」
悔しそうな雰囲気を見せるシロを見て、クリス先生は苦笑いを浮かべる。
「だが、全力を見せるというのであれば【加速】を使って来い。私はそう簡単にくたばるつもりは無いぞ」
クリス先生は、少し苛立ちを見せた様子でそう言う。
まぁ、全力で行くって言いながら舐めプされたようなもんだしな。しゃーなしだな。
「………なら、3回でケリを付けます」
「3回しか使えないからな」
やる気を見せるも、クリス先生のカウンターで尻尾がしょぼんとなるシロ。
シロは、というか獣人はMPが非常に少ないので、MPを使用する魔法やスキルは殆ど使えないのは常識だ。
だから、スキルを使う時はここぞという時に限定されるのだ。
「………行きます」
若干不貞腐れた様子のシロが構える。
ナイフは持っていない。素手だ。
それを見たクリス先生も、ナイフをしまい徒手空拳になる。
「来い」
「………【加速】」
スキルを発動した瞬間、シロの姿がブレる。
その状態で、シロはクリス先生に向かって飛び出す。
3人に分裂した状態で。
「ぶ、分身したッ!?」
「あら」
それを見て、ピナさんと学園長が驚きの声を上げる。
そう、特訓を繰り返したシロは、既にAGI:Aに到達している。
その状態で【加速】を使うと、音速を超えた速度で動く事を可能にした。
『音を置いていった』状態だ。
3人に増えた様に見えるのも、それが原因だ。
只3回攻撃しているだけだが、速く動き過ぎて3回同時に動いた様に見えてしまうのだ。
これは、シロの動きを捕えられている人でも同様に見えている。
まさしく、『時間の壁を超えている』のだ。
シロから見たら、俺らが止まって見えるんじゃないかな?
流石にシロじゃ、オラオラは出来ないだろうけど。
3人同時にクリス先生に飛び込んだシロは、左・正面・右と方向すら分かれてほぼ同時にクリス先生に攻撃を加える。
左のシロは、懐に潜り込んでボディを狙って。
右のシロは、側面から右フックで頭を狙って。
正面のシロは、真っすぐのストレートを放つ。
「フンッ!」
それを見たクリス先生は、一瞬で全身に魔力を漲らせる。
あれはまさか!?
「シッ!」
その状態で、シロの攻撃に対し反撃を行うクリス先生。
左のシロには、回し蹴りを。
右のシロには、かちあげる様なアッパーを。
正面のシロには、相殺させる様に右ストレートを。
それをほぼ同時にして見せた。
3体のシロは、全てクリス先生のカウンターで弾き飛ばされてしまった。
「おぉっとぉ!?クリス先生も一瞬ですが、分裂したぁ!?」
「まだ、(速度が)上がるというのかしら………!?」
学園長とピナさんが驚きの声を上げているが、正直俺も同じ気持ちだ。
凄くびっくりしている。
一緒に訓練してるときは、あのレベルの速度は出てなかったはず。
それに分裂する前、一瞬とはいえ全身に魔力が漲っていた。
まさかあの土壇場で、俺の【神威】を真似てきて尚且つ再現しかけるとは………!?
凄い度胸とセンスだと言わざるを得ない。
「どうした、シロ。まさか、それで3回分というんじゃないだろうな?」
「………違います。………まだ1回目」
クリス先生の挑発にシロは強がっているが、先ほどのシロはかなり本気だったはずだ。
だが、シロはそれでも諦めない。
「後2回とは言わず、次で決めに来い。私も本気で終わらせてやる」
「………わかりました。………次こそ行きます」
クリス先生の物言いにシロはカチンときた様子で、言われるがままに残りのMPを使い切る勢いだ。
「………【加速】ッ」
シロが残りのMPをほぼ使ってスキルを発動する。
そして、発動と同時に襲い掛かる。
右、左、空中、正面から
その数、4人。
シロも、この場で自分を超えてきた。
だが、クリス先生は余裕の表情を零さない。
「………私はまだまだお前の壁でいられる様だ」
クリス先生は何かをボソッと呟くと、先ほどよりも多くの魔力を漲らせ始める。
「見ていろ、シロッ!これが私の全力だッ‼」
そう叫ぶと同時、クリス先生が再度分裂する。
右と左のシロをそれぞれ一人ずつ弾き飛ばし。
空中のシロを叩き落とし。
正面のシロにはダブルパンチを決める。
クリス先生の分身の数、5人。
全員を弾き飛ばされたシロは、そのまま一人に戻ると同時に崩れ落ちる。
それを見たクリス先生は、ただ一言―――
「シロよ、私を超えて見せろ」
そう言った。