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留守番電話にメッセージを残してから、私は待った。
緊張の余韻と君からの連絡の待ち遠しさに目が冴えてしまい寝てなんていられなかった。テレビを点けても内容など入って来ないし、夕食もとってきたのでお腹も空いていない。ソワソワと部屋を歩き回って君からの返事を今か今かと待っていた。
しかし、どれだけ待っても君からの連絡は無かった。気づけば日をまたぎ、時計は午前4時を過ぎていた。私はベッドへ行き布団に潜ってとにかく眠ろうとした。「今日が休日でよかった。夜更かししてもゆっくり眠れる」そうやってできるだけポジティブなことを考えながら、なんとか眠ろうとした。
でもどうしても、布団の中で蹲りながら考えてしまう。なんで返事がないのだろう。あんなに優しい君が無視なんてする筈がない……いや、優しい君だからこそ返事が出来ないんじゃないだろうか。と言うことは、答えはNOということか。そう考えると泣いてしまいそうだ。でも君ならこういった返事はしっかりと返してくれる、答えがどちらだったとしてもそのはずだ。それが来るまでちゃんと私は待っていないと。一人であれこれ考えていても仕方ないこと。ちゃんと伝えることは伝えたのだから。
でもやっぱり考えてしまう。今頃、極力私を傷つけない様な断り方でも考えているんだろうか。どこまでも優しいな、君は。
……ヤバイ、まだフラれたわけでもないのに涙が溢れかけている。目の前がボヤボヤしている。強く瞑ったりしたら溢れてしまいそうなので目はしばらく開けたままで。泣かない、ちゃんとフラれた時にちゃんと泣くから、今は泣かない――――
いつの間にか寝てしまっていた――――そうだ。返事は?
布団の中で握りしめていたスマホは寝ている間に私の手から滑り落ちベッドの横に転がっていた。恐るおそる拾い上げ、早く見たい思いと見るのが怖い思いの間で葛藤する。意を決して画面を点けるとアプリの通知が2件、そしてSNSのメッセージが1件表示されている。
これだと思ってメッセージを開いた。しかし、それはナツからのものだった。
「あの鈍感男にちゃんと伝えられた? 返事どうだった?」
君からの返信が来ていない。昨日の夜の締め付けられる様な感覚が蘇ってきた。
なんで? 直接言いにくいのならメッセージででもいいのに……あれ? いや違う、そういえば君は昨日会社にスマホを忘れていた。と言うことは今君が出来る連絡手段は家の固定電話からの通話だけだ。
そう思うと少しだけ気が楽になった。とは言うもののまだ返事をもらっていない今、不安な気持ちは払拭されることはない。
せっかくの休日なのに、こんな気持ちのまま過ごすのは気持ち悪いな。「そうか、君は多分まだルスデンを聞いていないのかもしれない」今はとりあえずそう思うしかない。
結局2日間の休日の間に君からの連絡がないまま、出勤の為電車に揺られている。昨日、一昨日とちゃんと眠れていない気がする。その証拠に顔はムクんで肌も調子が悪い。こんな顔で君には会いたくない。こんな顔じゃなくても今は会うのが怖いと言うのに。
しかし、私の思いとは裏腹に電車は定刻通りに業務をこなす。
次の駅だ。君はいつもその駅から乗って来る。私たちは示し合わせて2人ともいつも同じ電車の同じ車両に乗り、そこから一緒に出勤しているのだ。
いつもならワクワクして早く君に「おはよう」と言いたくて堪らなかったのに、今日に限っては君が乗って来る駅に着くのが怖い。今日だけ通過してくれないだろうか。
勿論そんなわけもなく、電車はその駅に止まる。ドアが開いて多少の人波が乗り込んで来る。いつもならその中の君をいち早く探すが。今日はそちらを見入れずに俯いたまま。
「おはよう。どうしたよ? 今日に限っては朝から元気ないじゃんか」
君は迷うことなく一直線に私のそばに来てくれた。そしていつも通りに接してくれる。あまりにも変化がない為私は感付いた。「君は多分ルスデンを聞いていない」
そうと分かると一気に気が楽になった。フラれたわけじゃない、気づかれてないだけじゃん。せっかく勇気出して告白したんだけど。また改めてすればいい話じゃないか。
「ううん! 大丈夫だよ。おはよう!」
目一杯の笑顔で挨拶を返した。そのいきなりの笑顔に君は少し驚いていたけど、それでも笑い返してくれた。
それからはほとんどいつも通りだった。変わったことといえば、次はいつどういったタイミングで告白しようか仕事中ずっと考えてしまっていたことと、ほんのちょっとだけ君が私に素っ気なくなった様な気がしたことだ。
でも後者の方も恐らく私の気持ちの問題だと判断した。やはり一度告白した分、そこらへんのアンテナが敏感になってしまっているのだろう。何気ないことでも気に障ってしまうものだ。
いつもの様に仕事を片付け、いつもの様に一緒に会社を出る。今日は私の方が少し早く片付いたので君を待っていた。
「お待たせー。お疲れさん」
「お疲れさま。どうする? 今日もご飯いつものとこ?」
「ん? あぁ、今日はいいや」
――――えっ、どう言うことだろう? ご飯行かないってことかな。そんなことほとんどなかったのに。どうしよう、これはもしかしたらもしかする。とっくにフラれてたってことだろうか。それじゃあ私がめちゃくちゃバカみたいだ。
立ち止まった私を置いて2、3歩前に出た君がクルリと振り返り……笑った。
それは私が今まで見たこともない笑顔だった。君は私を小馬鹿にして遊んでいる様な、いたずらっ子がそのまま大人になった様な顔をしていた。
君もそんな表情するんだ……。
「意外」の驚きと「発見」の嬉しさとほんのちょっとの苛立ち、そして何故か胸の奥が締まった。
「今日はもっといい店行こうよ。『美味い酒』一緒に呑みたいんだろ?」
「……はぁ。……ぇえ!?」
それが私がルスデンで言ったこと。しかも急に恥ずかしくなって、照れ隠しに言ったこと。嘘でしょ? 『美味い酒』ってことは―――――
「なっ、なんでこんな後になって言うの!?」
「なんだよ、嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけどさ……こんなに勿体ぶらなくてもよくない?」
「俺は彼女にはちょいサディストタイプなんだよ。焦らしたいじゃん」
「……切り替え早すぎるでしょ」
でも、それなら相性がいいのかも。そう思ったことはまだ言わないでおこう。