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可愛さとは気付くものなのです

「はぁ、はぁ、はぁ」


 息が切れた。隣を見れば晃も同様に膝に手を当てて息を整えている。バカ、こんなになるまで走るやつがいるか。


「はぁ、大丈夫かな?」


 大丈夫も大丈夫だ。走り出した時点であっちは追いかける気がなかったんだから。

 ……それにしても、体力も落ちてるんだな。身体が縮んでいる時点で予想は出来たが、後半はほぼほぼ引っ張られるだけだった。


「こ、怖かったー」


 晃は後ろを確認して脱力するように言う。我ながら情けない。そう思ったが、私の心臓もバクバクとうるさく鳴っていた。ああ、怖かったんだ。


「……ありがとう」


 晃と、晃の頭に乗っかったナビィにも併せてお礼を言う。


「お、おう」

「まあね!」


 晃が躊躇いがちに、ナビィが誇らしげに返事する。まったく、もっと早いとこ助けてくれよな。


「ありかちゃん、いい顔で笑えるじゃん!」


 ナビィに言われて、自分の口角が上がっていることに気付く。晃が照れてるように見えるのはそれでか。


「……行こうか」


 なんだか私も照れくさくなって、急かすように歩き出した。……案内板へ。


 しばらく走って今居る場所が分からなくなったこともあるが、そもそも服屋やらなんやらがどこにあるかも分からない。


「……」

「どうしたの?ありかちゃん」


 追いついて来た晃が聞く。うん、分からなんなこれ。現在地は分かったが、店名などを見ても何がなんだか分からない。最初からこうなるとは思っていたが、仕方ない。


「最終手段で」

「え?」

「ええ!もう!?」


 疑問符を浮かべる晃に答えることなく、グチグチ言いながら先導するナビィについていく。

 細かいことは分からないし、ナビィに任せるのが一番だろう。









 ——と思ったのが間違いだったのかもしれない。


「これ、どうだ?」

「似合ってると思うよ」


 ナビィの指定した服を身体の前に持っていき、晃に評価を求める。


「これは?」

「うん、似合ってる」


 もう何回目のやり取りかも分からない。この鬼畜ナビゲーターはあれやこれやと服を指定し、晃に評価を求めるように指示する。曰く、反応が一番良かったものを買った方がいいじゃん!とのこと。


「どうだ?」

「いいと思うよ」


 しかし、これである。多く見積もって五つぐらいのパターンを少しずつ変えた返答しか引き出せない。これじゃいつまで経っても終わらないぞ。


「なあ、ナビィ。この服じゃダメなのか?」


 試着してくる、と晃に伝え、試着室の中でナビィに問いかける。


「ダメダメだよ!晃くんの『とりあえず褒めとくかな』みたいな感じ見たでしょ!」


 とりあえずと言うより、純粋に女性への耐性もないし褒め言葉のレパートリーも少ないからああなるだけだろ。やかましいわ。


「じゃあ買い物は続行なわけ……?」

「もちろん!晃くんが前屈みになるまで行っちゃおう!」


 冬場だぞ、無茶を言うな。

 建前とはいえ、試着室に入った以上着替えないわけにはいかない。コートをハンガーに掛け、ワンピースを脱いでいく。カーテン一枚だけ挟んだ場所にいる晃には、衣擦れの音がやけに大きく聞こえているだろう。

 そして私の目には、スタイルの良い少女が見えていた。鏡越しにこちらを見つめる姿に、少し顔が熱くなった。


 かわいい。


 一度裸を見たにも関わらず、サイズの合わないブラからはみ出そうな胸、下着の間でくびれを作る柔らかそうなお腹。下着を履いていることで強調される太もも、黒に映える白い肌。その全てが魅力的だった。


「ちょっとちょっとー、なにやってんのありかちゃん」


 かわいい。かわいい。かわいい。

 手を伸ばす。手のひらが合わさる。小さい。かわいい。身体を近づける。顔が近づく。もう少し、もう少し、


「なーにやってんだーい!」


 頭に衝撃。ナビィに頭の側面を蹴られた。痛え。


「なにって、そっちことなにしてくれて——」


 ——なにを、していた?変わらず目の前にある鏡を触る。そう、鏡だ。この先に目の前の美少女はいない。


「なにしてんだ、私」


 そうして今さら、私がもう柏倉晃じゃないことを実感した。私がなにを言おうと、どんな記憶があろうと、今は既に少女——ありか——の身であり、柏倉晃は別に存在しているのだ。


「どういうことなの?プログラムのエラー……?」


 なにやら呟いているナビィを見て、コイツの言う通りに動くしか、生きるしかないのか。そんな考えが巡る。私は男で、元男で、相手は男で、しかも元の自分で。でも頼らなきゃ生きていけないし、私は、私は。


「おーい、ありかちゃーん。まだかかりそう?俺そろそろ周りの目が痛いなー、なんて……」


 外から晃の声がする。待ちくたびれて声をかけたのだろう。結論は、まだ出てない。


「うわわ!ありかちゃん!早く着替えて!とりあえず返事して!」


 ナビィに言われて服を手に取る。厚手の長袖と、ロングスカート。どこにでもありそうなものだ。


「……もう少しだけ待って」

「りょーかい、もう少し待ちます」


 すぐに服を着て、鏡で確認する。やはり、かわいい。

 ナビィは晃の対応について不満を持っていたが、実際になにを着ても似合うのではないだろうか。この子が自分というのが、悲しいような、嬉しいような……。

 カーテンを開け、晃に姿を見せる。


「どう?」


 返事がない。大きく目を見開いて、こちらを見つめる晃。


「ほらほら、ダメだったんじゃない?」


 ナビィ、それはどうだろうな。


「さいっこう!ちょー似合うじゃん!めっちゃかわいい!」


 奇遇だな。私もそう思うよ。多分、着てれば今までの候補どれでも同じ反応だったろうがね。


 これからどうするか、結論はまだ出てないけれど、ナビィのあんぐりした顔が面白かったり、褒められて嬉しかったり。流れに身を任せてもいいんじゃないかと、少し、思えた。







 あれから、晃の声に反応した店員さんに試着した服激推しされて購入したり、靴を買うときにナビィがヒールをオススメしてきてそれに私が反対したり、下着販売店での試着を確認してもらおうとすると晃が全力で拒否したり。

 色々あったけれど、ナビィが晃は何でも似合ってると言う。と理解してからは選択が早かった。

 衣を買い揃えたら食だ、って感じにすぐに食材を買って、あ、このときに化粧品も買いに行った。必要なのかはわからないが、ナビィの押しが凄かった。


 そんなこんなで今、帰りの電車の中で晃に凭れかかられている。

 なんでコイツ私より寝てたのに寝てんの?と思わずには居られないが、気疲れもあるのだろう。

 とりあえず頬を指で突いてみる。む、意外と柔らかい。何度か突いてみるが、起きない。一人で乗ってたら間違いなく乗り過ごすぞ。


「おおーアツアツだねー。ついにやる気になってくれた?」

「そんなわけないだろ」


 ナビィの言葉に小声で返す。はたからみれば晃に言ってるようにしか見えないだろう。

 なんとなく、晃の顔を見る。十七年間付き合って来た顔。男の頃は、あまり好きじゃなかった顔。こうして外から見て見れば、嫌いじゃないかな。ぐらいには思えた。


 唐突に、くぅー。と気の抜けた音がお腹から鳴る。そういえば、昼飯を食べてない。

 ナビィを見れば、ニヤニヤとした顔。


「うんうん、帰ったらご飯食べなきゃだね!」


 そうだな。きっと私が作ることを想定してるんだろうが、今日は冷凍食品で済まそう。今日は、疲れた。

 少しだけ目を閉じて、晃に凭れかかる。人って、あったかいんだなぁと思った。











「なあナビィ、私が逃げるって言ったらどうする?」


 ナビィに愚痴られながらも皿に移した冷凍食品を晃と食べ、部屋のベッドで横になってナビィに尋ねた。


「なになに?ありかちゃん、逃げて生きていけるつもりなの?」


 ナビィは当然と言わんばかりに尋ねた。実際、無理だろう。お金もないし、そもそも存在して居なかった人間だ。売れる身体はあるが、そんな度胸も覚悟もない。


「でもでも、逃げようとしても、壊れるまでは手放す気はないよ」

「……そうかい」


 死ぬか、男と付き合うか。なんだか後者が簡単なことに思えて笑えてくる。なんてったって、今の自分は間違いなく美少女なのだから。しかも攻略対象のことは知り尽くしていると来た。

 ナビィに解放する気がない以上、私はありかとしてどう生きていくかを考えなくちゃいけないんだろう。


「……おやすみ、ナビィ」


 ただ、今日は疲れた。明日の私に任せるとしよう。

 目を閉じ、暗闇に沈む。昼過ぎに起きたにも関わらず、眠りが来るのは早かった。






「……ありかちゃん、起きてる?」


 反応、なし。早い段階で眠りについてくれるのはありがたい。ナビィリィンはありかの頭に取り付いた。


「結局、昼間のアレはなんだったんだろう。あんな一部だけの言葉遣いの矯正じゃ、エラーは起きないはずだけど……」


 脳にぶち込んだプログラムを精査する。問題なし。ついでにありかの今日の思考、感覚などをデータ化して収集しておく。


「ああ、なるほど。ようやく自分が女の子なことを自覚したんだね」


 これで納得がいく。脳を弄ったことのエラーではなく、脳自体が混乱しての事態。そして、その問題は解決している。


「うんうん、これならもっと使えるモノが増えそうだね。少しはのんびり出来るかな」


 そう言って、ナビィリィンはありかから離れた。


「今日はボクも、休もうかな」


 ふわぁ、と、あくびを一つ、身体の反射ではなく意図的に行う。眠るありかの胸元に飛び込んで、スタンバイモードに移行した。

 しばらくして、部屋の中には微かな寝息だけが響いていた。



場面転換が多過ぎる。

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