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ほんの少しの勇気

 実際のところ、私が晃を起こして出発するまでにはあまり時間がかからなかった。

 良い夢でも見ているのか、にへらとした顔で眠っている晃の身体を揺らすこと十秒。

 起きないと判断して頬を叩くこと五秒。

 忌々しそうな顔で「なんだよ、かあさ」とまで言ってフリーズした晃が復帰するまでに五秒。

 俊敏な動きでスマホで時間を確認し、私に謝ること十秒。

 計三十秒で支度が出来た。




「ごめんねありかちゃん」

「いいって、言ってるだろ」


 駅に向かいながら、無言の時間が怖いのだろう晃がしつこく謝ってくる。そんなに割り切れないやつじゃないだろお前。


「いや、その、最初に話したときと印象違うからさ、ずっと怒ってるんじゃないかと思って」


 ああ、なるほど。先行して飛んでいるナビィを睨む。本人はどこ吹く風のようだ。


「あれはちょっと、無理してたから」

「あ、そう?それなら良かった」


 と、ホッとした顔をする晃。これでもう謝ってくることもないだろう。


「ところで買い物って、何を買いに行くつもりなんだい?服とか?」

「何を買いに行くつもりなんだろうなぁ」

「え?」


 言いだしっぺのナビィに再度視線を送る。


「うーん、服とか、靴とか、下着とか!あっ!あと化粧品!」

「服とか、靴とか、下着とか、あと化粧品。……多いな」


 ナビィは私以外には姿は見えないし、声も聞こえないようにしているらしいので、復唱する。


「お、多いね。買い物行く前にお金下ろしてもいいかな」


 首を縦に振って返事する。当然だ。私は一円たりとも持っていないのだから、むしろ下ろしてもらえないと困る。


 そして一円たりとも持っていないので、電車代も晃持ちになった。え、これも俺持ちなの?という呟きに、少しだけ申し訳ない気持ちになった。







「ナビィ、色々買うって言ってたが、私は一つも店を知らないぞ?」


 ショッピングモールに着き、晃がATMに向かっている間ベンチ座ってナビィに話しかける。平日とはいえ冬休みであり、それなりに人で賑わっているし、独り言を聞きとがめるやつもいないだろう。


「まあまあ、気になったのを見たりするのがショッピングの醍醐味だよ!ボクが決めてもいいけど最終手段ってことでね!」


 そうなのだろうか。こういう買い物は大体ぶっち野郎の祐介と一緒に来て、外れのないと言われたものを買っていたのでいまいち分からない。


 とにかくはそういうことらしいので、ぼーっとベンチで座って待っていると、明らかにこちらを見ているチャラめの男二人組がいた。何?カツアゲ?そんなことを思っていると、金髪のチャラ男がこちらに歩いて来た。


「ねぇ君、暇してんの?よかったら俺と遊ばない?」


 ナンパだった。そうか、こういうこともあり得るのか。私の意識の薄さもあるが、外から見ていて晃がこの可能性に思い至らなかったことも悲しいところだ。


「え、いやです」


 なんかチャラチャラしてるし。


「まあまあそう言わずに、ちょっとお話するだけでもいいからさ」


 これ、多分終わんないな。見るからに相手はこなれてる感じがあるし、私は対応に慣れていないし、あしらえないだろう。

 視線でナビィに助けを求める。


「ボーっとしてるのも時間もったいないっしょ?そこでお茶しようよ」


 視線の先で首を横に振るナビィ。なんでだよ。


「ホントちょっとだけ、もちろんお金も出すからさ」


 仕方ない、と立ち上がって逃げようとすると、チャラ男が立てば身体が当たる距離まで詰めてきた。え、何、こわ。思わず座り込む


「でもこのまま話すのもいいよね、俺、リュージっていうんだけど君は?」


 支離滅裂だな。ナビィは変わらず動こうとしない。と思えば手を持ち上げ、もう一人のチャラ男と反対側を指さす。お、晃じゃん。でもありゃ無理だよ、こえーもん、チャラ男。


「ほらほら、もっと目ぇ見てトークしようよ、トーク。俺だけ見てくれ、なんつって」


 目線の先に顔を持ってきてゲラゲラ笑うチャラ男。なんか違くないかそれ。視界の端でナビィが晃の方に飛んでいくのが見える。そっちよりこのチャラ男をどうにかしてくれ。洗脳とかで。


「本当、興味ないんで、消えてくれ」

「おー!話してくれる気になった感じ!?声ちょーかわいいじゃん!」


 ダメだこりゃ。ナビィー!どうにかしてくれー!


「あの、その子、俺と待ち合わせしてたんでどいてもらっていいですか?」

「は?」


 チャラ男が振り向けばそこにいたのは晃だ。まさかの。私だしビビってどうにも出来ないだろうと思ってたのに。晃の頭上を見れば、親指を立てるナビィの姿。何したんだ。


「今俺が話してるからさ、お前、ちょっとどっか行っててくれよ」

「えっと、いや、その。ああ、もう!」


 徐々に顔が下を向き始め、あわや言い伏せられるのではないかと思えた晃だが、吹っ切れたようにチャラ男を抜け、私の手を引く。


「逃げるよ!」


 引っ張られて、走り出す。とても速いとは言えず、追いかけようと思えばすぐに追いつかれるだろう。ただ、後ろを見れば呆れたような顔のチャラ男がいた。


「ふふん!どう?どう?」


 誇らしげなナビィの姿が少し面白くて。私の手を引く晃の後ろ姿を見て、少しカッコイイじゃん。なんて思った。



思考誘導が珍しく仕事した。

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