言いにくいこともある
と、意気込んだはいいものも、私から働きかけれる要素は正直なところ、ない。
なにせ晃とアヤが仲良くしているのを見守るだけだ。アヤは目的のこともあって積極的にアピールしているし晃はに嫌がる素振りはない。
当然といえば当然だろう。転校して来た美少女が優しく接してくれるのだ。どうして? と疑問はあれど、嬉しいことは間違いない。
晃の疑念が払われればすぐにでも付き合うまでは辿り着くだろう。ナビィが望んでいることが、奇しくも警戒してたイレギュラーによって達成されるわけだ。
……まあ、その気分の上がったところを突き落とされるのをナビィは危惧しているんだろうけど。
でも、大丈夫だ。女だって、そういう人を騙すやつだけじゃない。結花と、莉子と、早苗ちゃんと接してそう思った。
そう、色んな勘違いとかがあったに違いない。
そういうわけで、しばらくは静観だ。
といっても、ナビィは変わらず警戒はしているようで、アヤの周りをウロウロしていた。
他の人には見えていないが、やはりアヤには飛び回るナビィが見えているようで、時折視界を防ぐナビィをゆっくり退かそうとしては、クラスメイトに心配されていた。
側から見るとパントマイムにしか見えないだろうからな。アヤはナビィによって不思議ちゃんに仕立て上げられそうになっている。
昼休みになってもそのスタンスは変わらないらしく、アヤが弁当を作っていなかったために、食堂に向かった晃とアヤにナビィはついて行った。
一方私は購買だ。晃とアヤの仲を深めるなら二人きりにした方がいいだろう。ナビィがいる以上、二人きりと言えるかは微妙なところだが。
購買で適当にパンを買って、教室に向かう。ふと横に見えた中庭には、寒空の下でもポツポツと人がいた。男女二人で弁当を食べている人もいて、そういう場なのかもしれないとも思える。
「ちょっと、いいかな」
前を見ずに歩いていると、向かう先から男の明るい声が聞こえた。
なんだなんだと振り向けば、祐介。それと早苗ちゃん。
「どうした?」
晃を除いた、いつものメンバーでの昼食になると思っていたのだが、わざわざ私を追いかけて来たのだろうか?
「少し、話したいことがあってね」
真面目な顔で告げる祐介。平常運転のようなので、早苗ちゃんに目線を送る。
「あたしは他の女に会いに行くなんて言い出した男の監視よ」
つまりは祐介が私に会いに来る用件か。
許してくれーなんて泣きつき始めた祐介を早苗ちゃんが取りなす。
「ほら、時間も限られてるんだから、早く話しなさい?」
「えっと、ありかちゃん、俺は——」
祐介は言葉を止め、意を決するように息を吸った。
「晃に、傷ついて欲しくない」
言い切ったと言わんばかりにさわやかな顔の祐介。なにも伝わってこないんだが、なにを伝えたいんだ。
「……それで?」
「え?」
私の答えが意外なのか、祐介はキョトンとした顔を浮かべた。
「……その言い方で伝わる人がいるわけないでしょう。ごめんね、ありか。祐介は晃が心配なようなの。もう少し聞いてあげて?」
「ああ」
これ以上どう言ったものかと祐介は頭を抱え始めたが、心配という要素で、私の方では少しだけ状況が分かってきた。
祐介の晃に傷ついて欲しくないという気遣い、晃のときに、祐介に伝えたこと。繋げるとおそらく、心配事ってのは、ナビィと同じようなものだ。
「俺が気になってるのは、アヤちゃんのことだ」
「ああ」
「いくらなんでも、積極的過ぎる」
「そうだな」
「祐介に寄って来る女は大体あんなよ」
早苗ちゃんのツッコミに祐介があたふたし始めた。
そっちの弁解はいいから、話を進めてくれ。
「その、晃は女の子にトラウマがあるらしくてさ、アヤちゃんが悪い子って思ってるわけじゃないんだけど、なんていうか」
珍しく歯切れの悪い祐介。らしくもない。
それでも、私の頭には嫌な記憶が蘇っていた。
「祐介はね、冴野さんを疑ってるのよ。悪意を持って晃くんに接しているんじゃないかって」
「早苗、それは違うよ」
「違くないわ、祐介。正直さはあなたの美徳よ? どうして事実を隠して話そうとするの?」
「それは……」
その言葉に祐介は黙り込んだ。
「疑わしい女の疑いが薄まったと思ったら、また別の女が現れたのだから、困ったものね」
「疑われてたのかよ、私……」
「当然でしょう、こんな時期に現れた親戚を疑わないなんて、晃くんぐらいよ」
そうだろうか。結花や莉子はあっさり信じてた気がするが。それに、疑ってないのは父さんに許可もらってるからだし……多分……。
「正直言って、晃にそんなことをする必要があるとは思えないけど、心配なんだ、友達だから」
祐介……。前半はともかく、後半は胸に来るものがあった。
「それで、わざわざ私を追いかけてまで言いに来たのはなんでだ?」
しかし、そもそもはそこだ。それを私に言いに来る理由はなんだろう。
「ありかちゃんに、アヤちゃんを見張って欲しいんだ。そして出来れば、晃と仲良くして欲しい」
「んなこと、言われてもな……」
一応、ナビィがではあるが、やっているといえばやっているし、近づくことを許したら、見張っていたって期待を裏切られる瞬間は止めようがない。
……大丈夫だ。アヤはあんなことはしない。冗談で告白して、浮かれた男を揶揄うなんて、ありふれていて、残酷なことは。
「同じ家に住んでいるのだから、ある程度は対応出来るでしょう?」
「……ああ」
早苗ちゃんは既に事態の後を想定しているようだ。祐介よりは、現実的と言える。
「話はそれだけよ。そうでしょう、祐介?」
「うん、これだけだ。ありかちゃん、よろしくね」
そう言って二人は中庭に歩いて行った。
「オッケーしたつもりは、ないんだが」
中庭に歩き始めた二人の背中に返事を返すも、それに答えは返ってこなかった。
現状維持だ。ほんの少し、背負うものは増えたけれど。




