まあやるよね
俺は朝が苦手だ。目覚め爽快ってのは一年に一回あればいい方だし、寝起きは大体調子が悪いし、機嫌が悪い。脳みそが動き出せばまともになるんだが、自力では起動までの時間が長い。
俺ほどではないが、父さんも朝はスローで、家の中は母さん一人が朝っぱらからキビキビ動いていた。
だからなんとなく、女性ってのはそういうもんなんだろうとどこかで思っていた。今日までは。
「だりぃ……」
母さんが残していったベッドの上で横になったまま呟く。その声の高さで昨日のことが夢でなかったことが分かった。
「ほらほらありかちゃん、早く起きなよー」
掛け布団を首元まで掛けていることで小さくなった視界をナビィが飛び回って埋める。鬱陶しい……。
「やだ、眠い、布団から出たくない」
「わがまま言わない。動かしちゃうよ?」
頭に小さな手を乗せられる。はいはい、自分で動きますよ!
バッと布団を振り払い、ベッドから落ちるように転がりゆっくりと足から着地して立ち上がる。
ついでに内開きのドアの端に置いた小箱の位置を確認。ズレてる。あの野郎、どう言われたからかわかんねぇがマジで夜這いしようとしてたのか? ……出来て胸を揉むぐらいか。
「晃くん、なんでか部屋に入ってきてありかちゃんの寝顔見て帰ってったよ。ボク楽しみにしてたのに」
ヘ、ヘタレ……いや、分かる。だって犯罪だし。美少女だし。無理でしょ。うん。
「そうか。そんで、今何時? なんで俺は無理矢理起こされたんだ? 」
「今? 六時だよ。ご飯作ってもらおうと思って起こしたんだ」
六時。眠たいはずだ。
「ナビィって何食べるんだ? 料理出来ないから必要なら買いに行くけど」
「いやいや、ボクじゃなくて晃くんのだよ」
「俺の?」
「ありかちゃんのも含めていいけど、この時代だと女の子が男の子にご飯を作るのが萌える? ってやつなんでしょ?」
「まあその方が受けは良いだろうけど、俺料理出来ないぞ」
「レシピはボクが出すから、その通りにやるだけだよ」
レシピに書いてもいないようなことが分からないから料理出来ないって言ってるんだけどなぁ……。
「だとしても、そもそもうちには何の食材もないぞ」
「え」
ナビィの表情が固まる。あり得ないと言わんばかりの反応だけど料理出来ない男の一人暮らしなんて冷凍食品とコンビニ弁当だけで結構成り立つぞ。学食もあるし。
「飯を振舞わなきゃいけないってんなら適当な冷凍食品を皿に盛って出すことになるけど……」
慣れ親しんだ味だし意外とウケるかもしれない。
本心からの言葉だったが、ナビィは少し身体を震わせたと思えば、ニッコリしながら少し冷めた声で言った。
「ああ、うん。それじゃあ食材を買うところからやろっか。その格好じゃ外に出れないね……」
どうやら料理をさせられるのは確定らしい。昨日帰ってきてそのままの俺の格好は、身体が縮んだようでダボダボになった長袖と、同じ理由で丈の余ったジーパンだ。なるほど確かに、外に出るには問題があるかもしれない。
部屋の隅に飛んで行ったナビィを見れば、置かれたままのタンスを漁っているようだ。
「わあぁ……凄いなぁ晃くんのお母さん。いやいやこれはちょっと……」
なんだろう。凄く不安になる。一体何を残して行ったんだ母さん。
「これかな。はい、ありかちゃん」
そう言ってナビィが投げて来たものをキャッチする。柔らかな感触。というか、下着だこれ。黒いレースで煽情的だ。
なんとも言えない気持ちになる。一つは母さんがこれを着ていたであろうこと。もう一つは——
「ナビィ、これ、俺が着るの?」
「当たり前でしょ、あとこれ。さっ、お風呂入ってお出かけだよ!」
続いて投げられた紺のワンピースを受け取るとすぐにナビィに蹴られて部屋から出される。サイズ相応の威力だけど痛いからやめてほしい。
「ボクは少しやることあるから先に入っててよ!」
そういうわけで、風呂場に来た。
隣接した洗面所で服を脱いで鏡を見た時に、映った姿は変わらず可愛い女の子で、一糸まとわぬ身体は以前とまるで違っていて。
俺は柏倉晃だ。と呟いて、今さらナビィにありかちゃんと呼ばれることに抵抗がないことに気が付いた。
俺は男、俺は男、俺は男。よし。
そんなことを考えながら髪を洗い終わって、身体を洗おうとして気付く。
身体、触んなきゃいけないんだよな。
当たり前のことだ。自分の身体を洗うんだから、そりゃ自分の身体には触る。ただ、そう、今は普段と違うわけで……。
しかし俺は男なんだし、女の子の胸を触りたいのも当たり前のことで……。
頭がこんがらがったままボディーソープを手に取って、胸に塗りたくる。ちゃんと洗うために、塗り込むように手を動かす。
おぉ……やわらけぇ……。
ふにゅふにゅと動く胸部が少し面白くなって左右に動かしたり、上下に動かしたり、ぐるっと回してみたり。いいなぁこれ。
「ありかちゃーん! 開けてー!」
遊んでいたら洗面所の方からナビィの声がする。自分で開けれるだろうに、なんなんだ。
そう思いながら扉を開けて、晃と目が合った。
「いっ!?」
「お?」
大袈裟に晃が驚いて、その反応に俺がちょっとビビる。というかこいつがこの時間に起きてるなんて珍しいな。
「あ、あー、ごめん!!!」
バタンッと大きな音でドアを閉めて出てった晃に疑問符を浮かべていると、ナビィがニヤニヤして
「ムフフ、なんだかエッチな泡のつき方をしてますなぁ」
そのことを指摘され、自分が何をやってたか認識して一気に恥ずかしくなった。