輪廻
アヤの素早くも手抜きのない朝食を食べ、学校へ向かう。
ナビィを置いて行くかどうか悩んだが、制服に着替えたときについて来たので選びようもなかった。
(どうにかあの子を排除する方法は……ダメだ、ボクじゃ出力が足りない)
先ほどから恨み言ばかりで気が滅入って仕方がない。置いていければどれほど良かったか。
言い負けたことが不満なのか、目の前で晃とアヤが並んで話していることが不満なのかは分からないが、殺害予告まで始めてしまっている。
(人造人間だよ、殺害じゃない、適切な処分だ)
冷たくナビィは言い放つ。
違う、アヤは人間だ。
(人間に造られた、人間だね。ボクと同じで、今ごろまた新しく造られてるだろうね)
一人娘を、か?
(……クソっ、忌々しい。当てつけかよ……敵にばっか肩入れしやがって……調整だ、調整)
怖えよ、急に口悪くなるなって。私としても、ナビィのことをほとんど知らないんだから、急に善人を敵だなんて言われても、受け入れられないって。
(ボクが何者かを説明すればいいのかい? それなら簡単だ。ボクはナビゲートプログラム、ナビィリィン。ナンバリングは言いたくもない)
いや、そういう部分は分かるんだけど……。リィンシリーズってのはなんだ?
(……ッ! ……リィンシリーズっていうのは、リィンカーネイション、転生、再生、生まれ変わりの意味を持つシリーズだよ)
間違いなく苦虫を噛み潰したような顔をしていると思えるほど、嫌そうにナビィは話した。
(ボクらには大元のナビィという名のナビゲーターがいるんだ。未来じゃナビゲーターは普遍的な存在になっていたけど、開発者のパパは、『こんなものじゃない、ナビィはもっと凄かったんだ』なんて、発表会じゃその一点張りだよ)
なるほど、ナビィの生まれ変わりで、ナビィリィン。
(それぞれ別の機能に特化したリィンシリーズもあった。パパはそれで近くのパラレルワールドに影響を与える方法を発見して、最上位の研究者になったんだ。凄いでしょ? ああ、近くのっては)
パラレルワールドについてはアヤから聞いた、それで?
(リィンシリーズについては、それだけだよ。人の生活を豊かにするため、人の生活を楽にするため、人の利益のために、人に尽くす。そんなナビゲーターたち)
ナビィの声はどこか悲しげだった。
不満だったのか?
(まさか。生まれた理由を果たせるんだ。不満もないでしょ。自我がない子の方が多いから、そんなこと考えてるかも、分からないけどね)
普通は自我がないのか?
(そうだよ。使用者に合わせた調整はするけどね。万一にもナビゲートを拒否されるなんて、命令権があっても面倒なだけでしょ?)
……そうかもしれない。
(ボクは、ある意味では特別製だから。同じ型は多いんだけどね)
ははっ、と乾いた笑いをして、ナビィは続けた。
(こうして過去を変えに来るには、どうしても自我が、意志が必要だったみたいでさ。目的の遂行だけじゃ、困るから。未来はある程度はどうにかなるけど、ご先祖がレイプ犯なんかになった日には、パパは絶対に研究者にはなれないから)
レイプ犯って、人をなんだと思ってるんだ……。未来がどうにかなるってのは?
(ボクじゃなきゃ、そういう手段を取りかねないって話。無限のその先の数ほどある平行世界だから、どれかはボクの居た未来に繋がる。だけど、元の流れと違い過ぎることをすれば当然、違う未来になる)
そんなこと言い出したら、ナビィが居る時点で元の流れとは違うんじゃないか?
(元の流れじゃダメだから、ボクここに居る)
ということは、ナビィがいなきゃ晃は間違いなくそこで子孫を残さない、末代になるってわけ?
(そうだよ。突然、そうなってしまった。しかも、ボクの同型機は今まで過去の改変に失敗して来た。情報として、ボクはそれを知っている。だからこそ、わざわざありかちゃんを作ったのに……!)
まあ、成功とは言えないわな。
(そうじゃない! ボクが問題視してるのは、あの人造人間だ! ボクが存在出来てる以上、まだ未来は繋がっているけど、次の瞬間には分からない。無数の線の、たった一房の根元に、あの子は手を置いている)
えーと、つまりは結局、アヤが原因で晃が女嫌いになると困るってことか?
(そうだって散々伝えようとしてたじゃん!)
いや、敵だとなんだと言われても分かんないだろ……。
(どっちにしても、イレギュラーに違いはないよ。悪い可能性があるなら、摘み取って置きたい)
アヤは晃を傷つけそうにはないけどなぁ。
(ありかちゃんは先があるけど、ボクにはその保証がないんだ。慎重にもなるよ)
はは、ありかとしての先か。ナビィが居なくなったら、上手くは生きて行けなさそうだ。
(だったら)
それでも、だ。私はアヤを信用する。それでダメだったら、私がどうにかしてやる。
(他のナビィリィンに出来なかったことをかい?)
もちろん。晃のことを世界で一番知っているのは、私の自信がある。保証してやるよ。なんなら、目の前の晃のチョロさが証明だ。
アヤと手探りのような会話をしながら、ゆるんだ笑顔を浮かべる晃だ、チョロさの証明には充分だろう。
(そうかい、それなら、敵視はやめよう。ボクの存在を、ありかちゃんに託すよ)
そいつは随分と、重たいな。
(それだけのことでしょ?)
そうだな。
ま、頑張りましょうか。




