生命
リビングで朝食を並べて、晃を起こしに行こうとする冴野さんを引き留めて質問を続ける。
「それで、冴野さんはなんなんだ?」
ナビィは人造人間と毒づいていたが、機械っぽさはまったくない。その点だけ言えばナビィもそうなのだが、冴野さんはナビィと違ってとても美味しそうに食事をしている。長い髪は手入れがされていることが目に見え、とても作られた人間とは思えない。
「僕は、そうですねー」
冴野さんは笑顔のまま、もったいぶって言う。
「人間だと、思っていますよ。生まれ方は、少し違いますけど」
真っ直ぐに私の目を見つめる冴野さんの目は、逸らすことの出来ない力があった。
ニコニコとしながらも、強い意志のこもったその言葉に、追及をしようとも思えなくなる。
「そう、か」
「そうです」
冴野さんの目が食事に向いて、ようやく目を逸らす。頭の中を見透かされているような視線が、少し怖かったから。
「なんて。少しイジワルしちゃいました。僕、悪い子ですかね?」
私が身じろぎすると、口に手を当て小さく笑う。それから冴野さんは立ち上がって、私に見せるように身体を動かした。
「僕はですね、パパに作られたアンドロイドです。人間のお世話を目的に開発されました」
肩を軸に腕を回したり、肘で腕を振って、手首を回す。
「ですが、僕が世に出ることはありませんでした。どうしてか分かりますか?」
指を小指から順に滑らかに曲げて行き、ゆるやかな握りこぶしが出来ると今度は親指から順に開いて行く。
指の関節一つ一つまで再現しているようだ。
「ナビィ、というより、リィンシリーズが居たからか?」
「それも一つの理由ですが、決定的ではありません」
ナビゲートとお世話と、言葉は違うがどちらも人間の補助だ。
あれほど仲が悪いのは、親のいざこざだけではないのでは、と思ったが違うのか。
「手を貸してもらえますか?」
「ああ」
手のひらを上にして、手首をひねって差し出された手に自分の手を重ねる。優しく握られた私の手は、暖かな冴野さんの体温を感じていた。
「僕が世に出ることのなかった理由、それは――」
言葉を切って、私の手を引く。引かれて立ち上がった私の手には、柔らかな感触。
「――これで、分かってもらえると思います」
私は冴野さんに導かれるままに、冴野さんの胸の膨らみに手を当てていた。
これで、分かるのだろうか?
ひとまずは一揉み。ブラの硬い部分にわずかに阻まれてはいるが、柔らかい。二揉み。私の手に収まりきらない大きさだ。三揉み。自分の胸を揉んだときと同じような柔らかさだ。違いといえば、中毒性のようなものがある。ずっと揉んでいられそうだ。これは確かに、邪な方向に行ってしまう可能性が高くてダメかもしれない。
「あ、ありかさん!? なにしてるんですか!?」
私が胸を揉んでいることに気付いてか、恥ずかしそうな顔で冴野さんは抵抗してきた。力はあまり強くなく、体勢的にも私が優位だ。
「ええじゃないかええじゃないか」
「ち、ちがいますぅ!」
スケベ心から血迷ったことを口走り始めた私を、冴野さんは逆に抱きしめた。
押し引きしていたところを急に引き寄せられ、頭を抱きしめられたのだ。冴野さんの柔らかな胸に挟まれる。
「聞こえますか? 私の心臓の音」
言われて耳を澄ませば、ドクン、ドクン、と少し早い心臓の音。
「まるで、人間だ」
「そうです。僕は人間に近すぎたんです」
顔を上げると、頬に赤みを残しながらも、悲し気な表情を浮かべた冴野さんが目に映る。
「僕が人間と違うところと言えば、頭の中身ぐらいです。けれど、僕の時代じゃ、人は使い勝手のいいように頭や身体を弄る人は大勢いました。すると、どうなると思いますか?」
「人間として生まれた人と、冴野さんの区別がつかない……?」
「うん。だからパパは一杯怒られました。この子だけは殺さないでくれって訴えながら」
「……それから?」
「僕はそこで初めてパパの娘になることになりました。娘ということでなら、存在を認められました。僕よりも機械みたいな人たちに囲まれながら、です」
そう言って、冴野さんは苦く笑った。
「だけど、それからも僕への偏見は止みませんでした。リィンが聞いていたように、『冴野博士の娘』というだけで僕がなんなのかは分かるのですから」
こんなにも暖かいのに、人として扱われなかったのだろうか。
「人間って、なんなんだろうな」
「なんなんでしょうね? でもパパは、僕に人として接してくれました。アヤって名前ももらえました。彩りあるように、絢のある日々を送れるように、と。だから、ありかさんもアヤと呼んでくれると嬉しいです」
慈愛に満ちた表情でアヤは微笑んだ。ここまで言われたならば、そう呼ぶしかあるまい。
「……アヤ」
「うん」
「アヤ」
「はい」
「子供、産めるの?」
「へ!? えっと、その、うん。だから僕がこの時代に来ることになったのですし」
恥ずかしそうに頬をかきながらアヤは言う。アヤの目的を聞いたときに気になってはいたのだ。
「アヤは、人間だよ」
「え? うん、ありがとう」
こんなに可愛いお世話用のアンドロイドが出回った日には、ベビーブームが起こってしまう。アヤが人間で本当に良かった。
「あ、晃さんが起きたみたいですね」
アヤの言葉で、階段を降りる音に気付く。
「さ、ご飯食べましょう?」
アヤが私の頭に回していた手を離したが、とても離れる気になれない。ここに住みたい。
「ありかさん!?」
アヤは少し移動して離れようとするが、逃がすつもりはない。アヤの背中に手を回し、柔らかな感触を求め続けた。
「……なにやってんだ?」
晃の驚き混じりの声も気にせず、頭をはたかれ、怒られるまで、アヤに抱き着き続けた。




