転換
「結局、どういうことなんだ?」
静かに調理の続きを始めた冴野さんに問いかける。
冴野さんが未来人であること、それぞれのパパ——おそらくは発明者——同士のいがみ合いが原因でナビィが冴野さんを嫌っていることは分かったが、その他がまるで分からない。
「どう、って、なんのことです?」
本当に分からない様子で冴野さんは言う。
「そりゃ、未来のこととか、ナビィや冴野さんのことだよ」
それは多分、私の置かれている状況を知るのに必要なことだろう。
「あれ? ありかさんはリィンの主人でしょう? リィンから聞いていないのですか?」
「聞いてないよ。どっちが主人かも分からないぐらいだ」
私の言葉に冴野さんは驚いた表情を浮かべる。
「ナビゲーターが説明をしなかったというのですか? 僕らには主人の問いかけに対して説明義務があるはずです」
そうなのか? 確かにナビィは意外と質問に答えてくれるが、茶化したような答えも多い。やはり私は主人ではないんだろう。
「しかし、それをしないということは主人は別にいて、目的遂行の為にありかさんに協力してもらっているはずです。なにか心当たりは?」
「心当たりもなにも、ありか自体が目的の為というかなんというか……」
伝わらなかったのか、首を傾げる冴野さん。
そりゃそうか。私は一つの目的の為に利用されてここにいます。なんて言う人がいるとは思わないよな。
……いやでもナビィからの私の扱いを考えると未来じゃたくさんいそうな気がしてきた。
「その、簡単に言うと私は元々晃で、ナビィに女にされて、晃と恋仲にされそうになってる」
ピンと来ないようで目を瞬かせる冴野さん。
当然のことだろう。私自身、言っていてわけがわからない。
「ありかさんが、晃さんなんですか?」
「そう」
「では晃さんは?」
「晃だな。なんで同時に存在してるかは分からないが」
「なる、ほど」
ありかに成った直後は疑問に思っていたはずだが、なぜ気にならなくなっていたのだろう。
「だとすれば、考えられる可能性は、ありかさんは平行世界の晃さんというものでしょうか。平行世界で性転換を行い、今の世界に連れて来る。記憶まで再現したクローンを作って性転換するよりは現実的でしょう」
「平行世界……?」
「うん。存在としてなかったものを世界に入れ込む点においては僕たちと変わりませんから。許されることではありませんけど、理には適っています」
どこか怒ったように、それでいて考えを纏めるように冴野さんは話続けた。
「リィンが柏倉博士によって開発されたことを考えると、目的は僕と同じでしょう。しかし、手段としてはあまりにも……だけど、決定的な部分には踏み込んでいない……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。平行世界ってもっと、別の技術が発達してたり、関係のある人が違ってたりするもんじゃないのか?」
「僕たちの認識は違います。時間を未来に続く線だとすれば、線は点で出来ています。そしてその無数の点は、日々の食事だけで分岐するようなものである、というのが僕の時代の通説です。つまり、ありかさんはとても近くの点から連れてこられたのでしょう。今となっては、元の地点からは遠く離れているでしょうけど」
ということは、この世界は元から私の居た世界ではなかったということだろうか。
ならば、まさか。
「私はもう元には戻れないってことか?」
「戻れないことはありませんけど、感心できない方法しかありませんね」
「それは?」
「晃さんを殺して、ありかさんが晃さんに戻ることです」
その発言は淡々としすぎていて、現実味がなかった。
「もっとも、リィンもその方法には協力しないでしょう。どうか早まらないようにお願いします」
「あ、ああ」
当然だ。自分を殺すなんて縁起でもない。だが、ならば、戻る方法はないのかもしれない。
「僕には思い付きませんが、なにかしらの方法はリィンの中にあるはずです。だけど、ここまでイレギュラーな手段を取るリィンは、妙です」
「妙?」
こうなったらナビィを信じよう。普段の言動からするとまったく戻してくれなさそうだけど、冴野さんに晃を任せて、ナビィが戻してくれるのを信じよう。
「リィンシリーズは得意分野が違えども、ナビゲートが主な役割です。それは日々の生活であったり、仕事であったり。移動のルート案内や、移動自体を主人の代わりにやることもあります。ですが今、リィンは晃さんではなく、ありかさんに付きっ切りです。そうですね?」
「ああ、むしろ晃にはバレないようにしてるっぽいし」
「そのようですね、昨日は恥ずかしい目に会いました」
頬を赤く染める冴野さん。まさか晃に見えてないことに気付かずにナビィと話をしていたのだろうか。
「こほん、従来のリィンの機能を考えると、晃さんに対して女性との付き合い方などをナビするはずなのですが、ありかさんに晃さんとの付き合い方をナビしているようですから。もしかしたら、ある程度は特別仕様なのかもしれませんね」
冴野さんは咳払いをして、そう結論づけた。
「もっとも、僕の方が特別なことは変わりませんけどね! なんてったって僕はパパの一人娘ですから!」
どやぁとばかりに得意げな表情を浮かべた冴野さん。可愛い。
「さて、朝食が出来ましたので、運んでもらえますか?」
「ああ、もちろん」
聞きたいことはまだある。晃が起きてくるまでに聞ききれるだろうか。




