天使の皮の大安売り
「晃さんの家、どんな状態なのか楽しみです!」
「ま、まあ、普通の一軒家だよ」
二人で並んで歩く晃と冴野さんを眺める。なにも知らなければ、積極的な彼女と慣れていない彼氏のようにも見えるかもしれない。
(ぜっったい見えないよ! せいぜい美人局に引っかかってる冴えない高校生だよ!)
私の考えを否定したいのは分かるが、酷過ぎないか? 少し傷ついたぞ。
「冴野さん、すっかり晃くんと仲良くなってるね」
「ホント、積極的だよね」
「莉子がそれを言うか?」
「あ、あはは……」
教室に戻ったあと、莉子に遊びに誘われたのだが、晃から離れて遊びに行くのはナビィが全力で拒否して来たので、私の家でなら、ということで私の家に向かっている。
だが、冴野さんが初日から家まで着いて来るとは思わなかった。それこそ莉子なぐらいなもんだ。
「ありかちゃんとしては少し悲しいんじゃない?」
「え? なんで?」
「いいなら、いいんだけど……」
「じゃあリコと仲良くしよ〜!」
どこか納得いかないような表情の結花と、抱き着いて来た莉子に挟まれて帰宅した。
私としては、晃と仲良くしてくれる分に文句はない。むしろ私の代わりに晃の彼女になってくれるなら感謝したいほどだ。
(あの子はダメだからね!)
ナビィは大反対のようだが。
私の部屋でココア片手に雑談していると、夕食の時間が近づいて来て、支度の邪魔になると悪いから。と、結花と莉子は言った。
特に邪魔とは思わないが、時間もいい時間であるし、二人もそれぞれの家での夕食の時間があるのだろう。
結花と莉子を玄関まで見送り、部屋に取って返してココアを出したカップを片付ける。
ナビィが監視に行っていて側に居ないので、作り慣れて来たしょうが焼きを作ろう。
そんな考えでキッチンに立つと、二階からバタバタと走る音が聞こえて来た。なんだ?
「こんばんは、ありかさん」
駆け下りて来たのは冴野さんだ。暴れているかのような音を立てていたにもかかわらず、その顔は涼しく、息は整っている。
「今日の晩ご飯は、僕に作らせてくれないか?」
真摯な顔での申し出。熱の籠もりように、思わず気圧される。
「ダメダメダメー! ありかちゃん! 作らせちゃダメだよ!」
遅れて飛んで来たのはナビィだ。もはや隠れる気もないのか、大声で叫んでいる。晃には聞こえないようにしているんだろうな?
「いいだろう!? 味は保証するよ!」
「ダメだよありかちゃん! 毒だよ!」
「そんなものありませんー! 僕が作るったら作るの!」
子供のようにやる、やるなの言い合いが始まる。ナビィはともかく、冴野さんのイメージがぐちゃぐちゃだ。
「埒があかない! 僕はありかさんに聞いてるの! どうなの、ありかさん?」
「この子、さっき晃くんのこと悪く言ってたよ! さっさと出て行けって言ってやってよ!」
言い合いの流れ弾が飛んでくる。ナビィさんや、莉子と仲良くなって、今さら酷い言い方だったなって気にしていることをネタにするのやめて。
どうなの!? と詰め寄られ、気分は天使と悪魔の問答だ。
外見だけなら両方とも天使に類するんだろうが、片方の中身は悪魔のそれだ。もう片方は正体不明と来てる。
あれ? それなら……
「んじゃ、冴野さん。夕飯作ってもらえる?」
「うん、任せて!」
「ありかちゃんのバカ! バカバカ!」
悪魔に肩入れするよりは、正体不明者が神さまなことを祈った方がいい気がする。
そんな私の返事に、冴野さんは喜んでキッチンに入り、ナビィは私をポカポカと叩いてくる。
「そんなに毒が気になるなら、ナビィが見張っておけばいいだろ?」
「言われなくてもやるよ!」
「わぁ、妖精さんとお料理です」
「うるさい! 変なことしたら殺すからね!」
ナビィが酷く物騒だ。怒りの矛先が私に向く前に退避するとしよう。
二階に戻ろうとすると、階段で晃と鉢合う。
「ありか、アヤちゃんは?」
「夕飯作ってくれるんだってさ」
「アヤちゃん、料理出来るのかな……」
晃は不安そうな表情を浮かべた。名前呼びになっていることも気になるが、なにか不安な要素があるのだろうか?
「なんでだ? 本人は自信ありそうだったぞ?」
「いや……アヤちゃん、急に"妖精さん"ってやつと話し始めて、『僕が代わりに作ります!』なんて叫んで部屋を出て行ったからさ。流石に、不安かな」
それは、怖いな。ナビィと話してたのは間違いないんだろうが、その声も姿も認識出来ないんじゃ、急に独り言を喋り始めた人だ。
「ま、大丈夫じゃないか? 待つ間ゲームでもするか?」
「そう? まあ、死ぬようなものは出てこないだろうし、そうしようか」
笑いながら言う晃と一緒に、二階に戻る。
……ナビィ置いて来てよかった。これで死なれたら、後味悪いなんてレベルじゃなかった。
晃の部屋に入って、冴野さんとやりかけだったのか、起動したままのゲームで遊ぶ。
夕飯の時間までのゲームって、母さんが居たとき振りだ。わずかな時間だったが、目一杯楽しんだ。




