見られている感が肝
「ごめん! ありかちゃん! 本当に綺麗だったから、自信持って!」
「それ謝る気あるのか……?」
リビングにて、相変わらずな祐介と、ツッコミを入れる晃。一方私は拗ねてますと言わんばかりに腕を組んで対面に座っている。実際のところは考え事をしているだけなのだが、祐介は謝るようで謝っていないし、同じことをしたことのある晃がなぜか祐介にツッコミを入れている。
「お詫びに俺の身体も見ていいから! ほら、ほら」
「お前はさっきから半裸だろ……」
案の定飲み物をこぼしていたらしい祐介は半裸だ。バスケ部で鍛えた体でポーズを決めている。浮かぶ考えは恥ずかしいなんて感情の対極にあるだろう。そういえばプールの授業で見たな。ぐらいのものだ。
ただ、暖房の効いた部屋だからこそ元気にやっているが、このまま外に放り出したらどうなるか気になる。……やってみようかな? 顔がいいから捕まりはしないだろうし。
(余計なこと考えてないで、許してあげたら?)
余計なこととまでは言わなくていいだろ。
だけど、やっぱり分からない。なぜ祐介に裸を見られたときにああも恥ずかしかったのだろう。風呂場で悶える中で、冷静になっていくにつれてその点が疑問として出てきた。
(晃くんに見られたときはなんの反応もしてなかったのにね! 浮気だ浮気!)
浮気って、そもそもどこかに気を定めたつもりはないぞ。
しかし、悩んでいる原因の一つがそれだ。晃だと恥ずかしくなくて、祐介だと恥ずかしい。二人の違いはなんだろう。
祐介はまず、顔がいい。長身で、思ったことをストレートに吐いて甘い言葉をそこら中に撒き散らかしている。筋肉を強調することで私が許してくれると思っているバカだ。
晃の方は、並み。言葉で表すなら普通がぴったりな人間だ。17年間やってた私が言うのだから違いない。友達が少ないのは社交性がないからとかではない、絶対に。だが、私が祐介を見たのを見て、これで許すのか……? なんて呟くようなバカだ。
このバカ二人の違いはなんだ……?
「クッ、これでも許してもらえないか……かくなる上は……」
「おいバカ! 下を脱ごうとするな!」
「離してくれ晃! ありかちゃんのあの目を見ろ! 『あなたの誠意はこの程度?』と言わんばかりの目を!」
いや、一片も思ってないが。
裸……そうだ、前に祐介と銭湯に行ったことがある。あのときはどうだった?
(ねぇねぇ、止めなくていーの?)
あのときは確か、そう、ムスコのサイズ感を気にして少し恥ずかしかったり、筋肉の少ない身体を晒すことに抵抗があったりした。つまり、晃の頃から祐介含む他人に身体を見られるのは恥ずかしいと思っていたわけだ。
なるほど、これで納得が行ったぞ! 未だに晃を他人とは思えないから晃に見られるのはオッケーで、祐介は祐介のままだから恥ずかしくなるってことか!
「うおお! ありかちゃん、これで俺を許してくれぇぇぇ!」
筋肉量で劣っている晃が本気になった祐介に敵うはずがない。ガバッと勢いよく祐介はズボンとパンツを下ろした。
「……」
「……」
「……」
無言が支配する世界。
一人は返答を待って、一人は驚愕から、一人は呆れ返って。
股間のモンスターを誇示するようにポーズを取り始めた祐介に反応し、頭からナビィが飛び出す。
「ちょ、ちょ、ありかちゃん、見ちゃダメ、見ちゃダメだよ!」
私の顔の前で身体を広げて隠そうとするナビィだが、当の本人がガン見しているせいで隙間だらけだ。本当に隠す気があるのだろうか。
それにしても、デカい。銭湯で見たときも思ったが、膨張前であのサイズは暴力的だ。最大サイズはぞうさんか、いや、エッフェル塔……。
「おい! 祐介! やめろよ! 警察沙汰にしたいのか!?」
「なにを言っている晃! 目には目を、歯には歯を、裸には裸をだ!」
「お前はいつの時代の法律で生きてるんだよ!?」
全裸で抵抗する祐介にズボンを履かせようとする晃を見ると、流石に可哀そうだ。祐介には早いとこ服を着てもらおう。
「もう許すから、服を着てくれ」
「ええ!?」
「ほらな? 晃」
ドヤ顔の祐介と驚く晃。裸になったから許したみたいになっているが、違う。脱いだ時点でどうしたってそうなるだろ。
そんなタイミングで、ガチャ、と玄関のドアが開く音がした。
お? と三人揃って疑問の声を上げる。鍵をかけ忘れてしまったのだろうか。夜に人の家に来る人間といえば、泥棒か、あるいは、突然訪れても問題ないと知っている友人――
「……祐介、これはどういうこと?」
「おう、俺がありかちゃんの裸を見ちゃったから、お詫びに裸を見せてるところだ!」
早苗ちゃんがリビングの入り口で固まる。インターフォンもなしに上がってきたのが意外だが、それ以上に状況が酷過ぎる。
「……祐介」
ふらふらと祐介に近づく早苗ちゃん。一体どんな怒声が続くのか、私も晃も震えるばかりだ。渦中の祐介だけが呑気に自分の行いを全裸で誇っている。
幽鬼のような歩みで早苗ちゃんは祐介の至近距離まで近づくと、祐介の股間を思い切り握りしめた。
「ねぇ、祐介?」
「うっぐっ……」
思わず股間に手をやる。今は存在しない器官が痛みに共感していた。
「あたし、言ったよね。あたし以外にこういうことするなって」
「うひっ、は、ひゃい」
徐々に顔を青ざめさせる祐介に憐憫が止まらない。
「謝りなさい」
「ご、ごめんなさい!」
「あたしにじゃなくて、ありかによ」
「すみませんでした……」
泣きそうな顔で私の方を向いて謝る祐介。こんな惨状を目にして許さないなんて出来ようか。
「い、いいよ。大丈夫。許すよ」
「ありがとう、ありか。あたしからも謝らせてもらうわ。祐介の教育が出来てなくてごめんなさい」
「う、うん」
私に向かってそう言った早苗ちゃんの顔は、男一人の象徴に手をかけているにも関わらず、心底爽やかな笑みだった。




