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身体を休めよう

 ヘロヘロになりながら自宅のドアを開けた。二人と別れる前に莉子のスマホを借りて連絡を入れていたので、鍵は開けてくれていたのだろう。

 二階までのそう長くない階段を気合をいれながらのぼり、今や自室となった母さんの部屋でベッドに倒れこむ。

 

「ふひぃー……」

 

 疲れた。楽しそうな結花と莉子と歩き回るのは楽しかったが、どうしたって身体に疲れは来るものだ。

 ここまで足を酷使したのは体育の長距離走以来じゃないだろうか。あれ今年もやるのかなぁ。晃で相当きつかったのだから、私では途中で倒れてしまうのではないだろうか。

 

「あらら、おつかれだね~ありかちゃん」

 

 ナビィ。そりゃあんだけ歩けば疲れるよ。むしろなんで結花と莉子がああも元気そうなのかが不思議なぐらいだ。

 

「あれあれ? 口を開くのも面倒って感じ? 寝てないのは分かるよ?」

「……ごめん、頭の中で返事してた」

「まったく、気をつけてよ。それと、洋服しわになっちゃうよ?」

「ああ」

 

 返事はすれど、身体は動く気にならない。

 そういえば、母さんも同じような注意をしてたな。一人暮らしになってしばらく経つ。頭の隅にも残ってなかったが、最後に洋服のしわを気にしたのはいつだったか。

 

「そろそろご飯を作らなきゃだし、起きて起きて!」

「そろそろって、家着いたばっかだぞ。……それに、まだ必要なさそうだろ」

「家着いたばっかでも、時間は迫ってるんだからしょうがないでしょ!」

「……はぁ」

 

 身体を休める間もくれそうにないナビィに対して、ため息を吐いて壁を指さす。

 

『ちょ、ちょ、晃! これどうすんの!? あっ、死ぬ! これ死ぬじゃん!』

『ちょ、お、バカ! 祐介! なんでこっちに逃げてくるんだよ! ああぁあ!』

 

 隣の晃の部屋からは楽しげな叫び声が聞こえてくる。あれに対して、ご飯の時間よー。なんて言っても、もうちょっとだけ! と言って一時間ぐらいゲームを続けるだろう。

 オートセーブのゲームで、母さんにセーブするまでだから! と言って三十分ほどやり続けて怒られた私が言うのだから間違いない。

 

「……まだ必要なさそうだね」

「だろ?」

「それなら、ボクお風呂沸かしてくるから入る準備してよ」

「りょーかい」

 

 ナビィは料理のように私から晃になにかすることは自力でやらせようとするが、私の身だしなみなどの私の世話は結構やってくれる。ありがたくもう少しだけだらけておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 チャプ……とつま先からゆっくりと湯船に身体を沈めていく。先端から暖かさに包まれていく心地よさを求めているのは当然として、細くて白い脚が水面に小波を起こすのがまるで映画のワンシーンのようで気に入っている。

 ……まあ、視界には自分の胸部が映りこんでいるので風情はかなり軽減されるのだが。

 

「気持ちいいね~」

 

 ナビィがプカプカと湯船で浮かびながら言う。手で波を起こせば波に揺られていて少し面白い。

 

「ああ、気持ちいいな」

 

 首までどっぷりと浸かって、今日一日寒さに耐えた身体を温めていく。

 ある程度身体が温まったところで身体を起こして右膝を立て、太ももを揉みほぐす。毛の生える気配もないなだらかな脚に手を這わせて、ゆっくりとほぐす。

 小さくなった手のひらの、細く綺麗になった指で、少しづつ脚の筋肉をほぐしていく。

 それから徐々に膝を胴に近づけて、足首までしっかりとほぐす。


 膝を近づけたことで、胸に太ももが、太ももに胸が当たる。胸には押されるような感覚が、太ももには柔らかな感触がある。どちらも男の頃にはなかったものだ。

 アキレス腱を押したときの固まったような痛みを和らげるため、小振りな足を主体に足首を回す。ある程度マシになったので、つちふまずや足裏を両手で揉んでいく。

 綺麗な爪が並んだ足の指を一本づつ曲げて、伸ばして、右足のマッサージはおしまいだ。

 それほど力をいれたつもりはないが、手が疲れてしまったので左足はつま先からほぐしていくとしよう。

 

「ボクの時代じゃまず入れなかっただろうな~」

「そうなのか?」

「そうそう、全身クリーナーで一瞬で清潔な状態には出来たし、身体を機械化してる人もいたからこういう文化はよっぽどの物好きしかやってないんじゃないかな」

「そうなのか」

 

 温泉が一事業になるほどに湯船好きな日本人がそれを手放すのはなかなか想像できないが、ナビィが言うならそうなのだろう。そういえば……

 

「前にボディがどうとか言ってたけど、ナビィは水に浸かって大丈夫なのか?」

「うんうん、問題ないよ。ボクはスーパーナビゲーターだからね」

 

 説明になっていない。

 

「でも、機械だろ?」

「ちっちっち、分かってないな~ありかちゃん。人間だって水に浸かったからって脳みそに水が入って脳脊髄液が漏れ出したり、怪我もしてないのに血管に水が入っていったりしないでしょ? ボクだって湯船を楽しむことは出来るのだ~」

「つまり?」

「ボクがスーパーなナビゲーターってことさ」

 

 そうかい。どうやら説明する気がないようだ。気持ちよさで頭までとろけてしまっているのかもしれない。

 左足のマッサージを終えて、私もゆっくりと身体を休めることにした。気持ち、いいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がり、バスタオルで髪を拭く。前髪についた水をタオルに吸わせながら、顔の水気も取っていく。視界一面タオルで覆われていると、洗面所のドアが開く音がする。

 

「お、晃か? 髪乾かしたらご飯作るから、夕飯はもう少し待ってて、くれ……?」

 

 話ながらタオルをどかすと、ドアの前に立っていたのは祐介だった。飲み物でもこぼしたのか、シャツが濡れている。

 

「あ、えーと、ありかちゃん、身体めっちゃ綺麗だね」

 

 タオルを手に持って固まっていると、祐介は少し考えて、にこやかに言った。

 どうしよう、物凄く恥ずかしい。バスタオルで身体を隠し、胸を両腕で抱く。見られた? 見られた。今までにない恥ずかしさに顔が熱くなるのが分かる。

 しかし、祐介がその場を離れる様子はない。

 

「その顔めっちゃ可愛いね!」

 

 それどころか余計に言葉を重ねる始末だ。

 

「いいから、出ていけ!」

 

 叫んでみるも、即座にいなくなる気配はない。

 このままじゃ動きようがない。仕方なく風呂場に取って返す。

 お湯の残った湯船に飛び込み、顔を水につけて思いっきり叫んだ。

 あああああ! 見られたぁぁぁ!!

 息が切れるほど叫んでも、次から次へと湧いてくる羞恥心に悶え続けた。

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