突然の美少女
「やっほー! 晃くん、元気してたー?」
俺は思わず手に持った袋入りのチャーハンを落とした。なんなら口に含んだ米まで飛んだ。
突然誰もいないはずの自宅の二階から女の子が降りて来て、さらには親しげに話しかけて来たのだから驚かないはずがない。
「ど、泥棒?」
だから、この疑問形の的外れな物言いも仕方がないだろう。
「ええ!? ひっどいなぁ。私だよ、私。ありかだよ、覚えてない?」
覚えてない。傷付いたように話しながらも近付いて来たありかちゃんは、それなりに食べていたことであまり溢れることがなかったチャーハンの袋を拾った。
「はい、これ。おじさんとおばさんから話聞いてない?」
チャーハンの袋を手渡される。……近い。少量とはいえ足元にチャーハンが転がっているのに気にならないんだろうか。
「父さんと母さんから? いや、何も」
「ありゃりゃ? お母さんからこっちで暮らせるようにしたって聞いてたんだけど……」
え、それって、つまり
「この家に住むってこと……?」
「うん、そうだよ。家買ってすぐに転勤なんて、おじさんたちも災難だよね」
「あ、うん。そうなんだ……」
そっか、うん、一緒に住むのか。
「えっと、その、ダメだったかな?」
上目遣いに、不安そうな声でそう言う。
至近距離で、潤んだ瞳の美少女に見つめられてノーと言える男がいるだろうか。いや、いない。
「いや、問題ないよ。父さんには後で連絡入れとく。もう知ってるかもしんないけど、階段上がってすぐの母さんの部屋を使ってくれ。最低限の物はあるはずだから。それじゃ俺はちょっと自分の部屋に戻るから、困ったことあったら聞きに来て」
よし、必要なことは言い切れた、はず。とりあえず一旦部屋に戻って確認だ。
「うん、ありがとう!」
お礼を言うありかちゃんは眩しいぐらいに笑顔だった。
――そんなところかな。動揺して何故かチャーハンを持ったまま階段を上る晃を見送りながら思う。
「どう? どう? 上手いもんでしょ? あとは確認をどう誤魔化すかだねー」
ナビィに動かされるままに晃を見ていたが、まさかああも分かりやすく表情が変わる人間とは思ってなかった。
何を考えてたかは推測でしかないがまあ間違ってないだろう、俺だし。
「ってこのままじゃボクしか喋れないか。えーっと、ここをこーして……」
瞬間、全身から身体の力が抜けた。足元から崩れ落ちそうになるのを急いで立て直す。
なるほど、さっきまでの俺はナビィの操作なしに自力で立つことすら出来ない状態だったわけだ。
「ささ、ありかちゃん! 感想をどうぞ!」
「自分がチョロ過ぎて怖い……」
ナビィのどうとでも取れるような話に納得して部屋に戻った晃が心配になる。あんなの両親と死別したとかじゃなく急に転勤になったことを知っていれば誰でも――
「ってナビィ、なんでうちの親が転勤で居ないだけって知ってるんだ?」
「なんでって、ありかちゃんの脳から記憶を呼び出したからに決まってるじゃん。晃くんのことも知れて一石何鳥かだね!」
さも当然のように言うナビィ。俺の身体を乗っ取られたことと言い謎が多過ぎる。こんなことが出来るならわざわざ遠回りなことせずに男の俺を操作してハーレムでも何でも作ればいいのに。
「そんでそんで、確認されたらどうしようか? ボクとしては連絡上手く言ってないのかなぁ? ってとぼけた感じに」
「必要ないよ」
記憶を見たなら分かるものかと思ったが。
「急に女の子が家にいてさーなんて相談したらよほどじゃない限り父さんは『棚ぼた棚ぼた』とか言って流すだろうから、むしろ夜這いなんかに気をつけた方がいいんじゃないかな」
というかおそらくすぐにその方向のアドバイスを始めるだろう。
そう聞いてナビィは凄く悪い笑みを浮かべて言った。
「いいじゃんいいじゃん! 抱かれちゃお!?」
「絶対に嫌だ。……けどやろうと思えばまた勝手に動かせるんだろ? 拒否権は?」
「ないよ! と言いたいところなんだけど、あと何回かやるとありかちゃんの脳が壊れちゃうだろうし、無理は出来ないなぁ……」
自分と抱き合うという時点で相当嫌だが、それ以上に嫌なことをサラッと言われた。
「なぁ、俺を元に戻すって出来ないのか? 女好きは厳しいだろうけど、彼女を作る努力はするからさ」
「うーん、出来るけど、やだ。ボクが彼女を作ってあげるって言ったんだから取り消しはしないよ」
「そうは言ってもその本人が女になってどうするよ。彼女が出来ないんだから約束として違うだろ」
なんで俺がいるのに晃がいるのかは相変わらず謎だが、俺に彼女が出来ないのは違いない。
「何を言ってるの?ボクが彼女を作ってあげるって言ったのは晃くんにだよ。ありかちゃんじゃない」
今まで常にニコニコとしていたナビィの表情が抜け落ちる。その目の奥がどこまでも暗いようにすら思えた。
「そう、か」
「うんうん、そうだよ」
また、ニコニコと。何故ここまで扱いを別にしたがるのか分からないが、これ以上触れちゃいけない気がした。
なんだかムカムカして、すぐそこにあったケーキを勝手に食べた。チャーハンの袋を片手に降りて来た晃が「それ、俺の……」なんて言ってきたから、愛想なくごめんと適当に謝ると「あ、まあいいんだけど、お腹空いてたよね」とか言って許してた。
やっぱり、我ながらチョロくて心配になった。