単純の計画の始動
「やっちまった……」
晃のベッドで目を覚まして呟く。ベッド上には私だけで、晃の姿は見えない。
「おい、バカ、起きろ」
――ので床に寝ている晃の頬を叩いて起こす。
これが最近晃の部屋で寝落ちすると起こる問題だ。
晃と睡眠時間が完全に一致しているときは、お互いに電池が切れたように床に重なって寝ていたので特に問題はなかったのだが、私が先に寝るようになってからは妙な気を利かせてベッドに運ぶようになったのだ。
それなら私の――母さんの――部屋まで運べよと思わないこともないが、晃に人を一人抱えてその距離を移動する力はない自信がある。
運べたとしてもドアにぶつけたり地面に引きずること間違い無しだろう。
なので自室のベッドにどうにか持ち上げるという判断は、ベッドに寝かせることを前提にするなら正しいと言える。
だが、晃が床で寝るのは問題だ。カーペットを敷いているとはいえ床は床だし、暖房をつけているとはいえ薄いブランケットだけで冬の寒さが防げるはずもない。こんな寝方では疲れが取れるはずもない。
「ん……ぁ……?」
明らかに寝不足といった感じの半開きの目で、半開きの口から発せられる声はまるで意識を感じさせない。ただでさえ朝に弱いというのに加えてこれである。間違いなく身体にガタが来る。
「私をここで寝かすなら、私の部屋で寝ろって言ったろ?」
「ぅぁ……気付いたら寝てた……」
嘘つけ。ゲームがきっちり消えている以上、寝る前に寝ようとする意思があったはずだ。ブランケットも被ってるし。
「だったら、一緒に寝ろ!」
「ぁ、ぅ、ぁー……」
眠たいのかうめきをあげながら再び寝ようとする晃。前回も同じことを言ったのだが、同じように聞き入れなかった。
やはり、私が寝落ちする前に離脱した方がよさそうだ。
眠気を飛ばす代わりに頬が赤くなった晃と共に学校へ。
今週だけかもしれないが、祐介が来た回数が少なかった。私がいるからだろうか。
「はい、祐介。あーんして」
あーん、と間延びした声を出しながら早苗ちゃんから餌付けされる祐介を見る。単純にいちゃついてただけっぽい。
「もー、いいなぁ早苗ちゃんは。わたしも彼氏が欲しい~」
「そうなの? 意外」
「リっちゃん!? 意外ってどういうこと!?」
「あー、なんでもないよ」
「なんでもなくないよ!」
ワ―キャーと彼氏について騒ぎ出した結花と莉子に、晃は少し居心地が悪そうだ。昨日までだと祐介と話していたから問題なかったが、今日は早苗ちゃんに取られている。
「あー、そうだ! アリーはこっちに来る前に彼氏いなかったの?」
莉子が結花の言及から逃れるように私に話題を振ってきた。晃、なぜそこで前のめりになる。
「いるわけないだろ」
「え、そうなの? アリーこんなに可愛いのに?」
「リっちゃん」
結花が莉子の肩に手を置き、首を横に振る。
「ありかちゃんは、無頓着だから……」
「ああ……」
二人だけで通じ合った結花と莉子は、私に生暖かい目を送ってきた。少しムカッと来るが間違っていないのでなにも言い返せない。
しかし、彼氏だの彼女か。
……ん? 待てよ。ナビィ、ナビィの目的って、晃がまともに女と付き合えるようにすることだよな?
(うんうん、そうだね。長期的に見るなら子供が生まれるとこまでだけど)
なら、相手ってのは私じゃなくてもいいんじゃないか!?
(うーん、まあ、そうかな? ……晃くんを好いてくれる人がいればになるけど)
だよな! だよな!
つまりは晃に彼女が出来て、女への苦手意識がなくなれば私も晴れてお役御免ってわけだ。これなら私を男に戻しても問題ないんじゃないか!?
(あ~、う~ん、まあ~)
煮え切らない様子のナビィだが、私のこのひらめきはまったく隙がないはずだ。そうと決まれば、彼氏募集中の結花に晃を意識させねば!
「晃とかどう?」
「ありかちゃん……興味がないのは分かったけど、いればいいみたいな考えはよくないよ……ありかちゃんにも、晃くんにも……」
モノが落ちる音。晃が箸を落としたようだ。なにやってんだ、ほら、私の使え。
持っている箸を差し出すが、晃は洗ってくると言って教室を出ていった。
「そうじゃなくて、結花から見て晃はどうだ?」
「うーん、わたしは晃くんのことあんまり知らないからね。そういう対象には見れないかなぁ」
結花は少し言いづらそうに言う。ダメなのか、私のこの計画は……。
(そりゃあ犬の交配じゃないんだから。人の恋愛ってのはもっとステップを踏まなきゃ)
なるほど、好感度稼ぎか。会う回数が多いといい印象になるってのを見たことがあるぞ。
(単純接触効果ね。そこまで単純なものじゃないけど)
となれば結花にはより多く晃に接してもらわなければ、そのためにはどうすればいい……。
「逆にありかちゃんは晃くんのことどう思ってるの?」
「どうって……一緒にいて楽しいやつってぐらいだけど」
考えることが同じだし、楽しめるものも同じだから、一緒に遊んでて気が楽だ。
「へぇ……」
不思議な笑みを浮かべた結花を疑問に感じていると、教室の入り口でなにか落ちた音がする。見てみれば、晃がまた箸を落としていた。なにやってんだ。




