モノの見え方はそれぞれ
翌日。
今日は祐介が迎えに来なかったので晃と二人での登校だ。恐らく早苗ちゃんとイチャイチャしながら登校したんだろう。リア充め。
家が同じで、学校が同じ、クラスも同じとなれば一緒に登校するのが合理的だと思っていたのだが、一つ問題が発生した。
「……」
「……」
会話がない。私としてはなくて構わないのだが、晃には沈黙が耐え難いようでチラチラとこちらを見てくる。先程行った、
『今日は天気がいいね』
『そうだな』
で終わった会話が尾を引いているのだろうか。しかし、正直どう繋げればいいのかが分からない。晃がなんとなく天気がいいなと思ったように、私も言われてみて確かに天気がいいなとしか思えなかったのだ。
今まではゲームや動画、料理についての内容で会話していただけに、このようなフリートークの場はなにを話せばいいのか分からなくなる。
昨日は祐介が間に入ることで上手く会話出来ていた気がしたんだが、そんなことはなかったようだ。
(ありかちゃんが知らない晃くんのことを聞いてみたらどう?)
私が知らない晃のことって、それこそ夜のオカズぐらいだぞ、性的な。
(いやいや、そうじゃなくてさ。ありかちゃんが設定として知らないことだよ)
設定として。そうか、久し振りに会った親戚の子って設定なら晃のことは知らないことの方が多いのか。
(そうそう! それなら晃くんも色々話せるんじゃない?)
色々か……今と変わらない生活を長らくして来た気もするが……。
というか、晃の今までを聞くとしたら私が今までどうしてたかも聞かれるんじゃないか? その部分の設定はある?
(……)
返事を待つこと数秒。ないのか……。
うーん。私がありかとして知らないはずのこと……学校のこととか?
そんなことを考えていると、晃の方が早くに話題を思いついたようで、語りかけてきた。
「ありか、藤永とは、仲良く出来そうか?」
……出来るわけないだろ。え、なに? もしかして晃が昨日怒らずに逃げ出したのって私のためを思ってなの?
ってんなわけないない。大方現状に話題が見つからなかったから、記憶を遡ってすぐに出てきた地雷を掘り当てたのだろう。
「……無理だな、人を悪く言うやつとは仲良くなれなさそうだ」
「……そっか」
(本当は晃くんを悪く言うやつなくせに~)
別にいいだろ。自分の身は可愛いもんだ。
そんな風に途切れ途切れの会話を続けながらも学校に辿り着くと、噂をしたせいか影が差した。
いや、比喩表現なのだが、昇降口で出会うこととなった金髪のサイドテールは見覚えのあるものだった。
「あ……」
呆けたように声を出したのは誰だったのだろう。私か、晃か、それとも莉子か。
三者とも気まずさから固まって、私が一番に動き出した。
「行こう、晃」
「あ、ああ」
「あ、あの!」
後ろから聞こえた声を無視して晃と共に教室に向かう。どの道同じクラスだが、出来れば晃に近づけたくない。次はなにを言われるか分かったものじゃないからな。
昨日の席替えで真ん中から少し後ろに位置づいた自分の席に向かう。
ついでに一つ前の席で机に突っ伏して寝ている祐介を起こして一言二言やり取りする。
昨日の莉子もそうだったが、何気に祐介は男避けにいいようだ。祐介と話していると、男子がありゃもう無理だといった様子で話しかけてくる人数が少しずつ減って行っている。深入りされるのも困るし、ちょうどいいだろう。
……もっとも、女子からの視線が少し怖いことになっているが。
(わぁ……凄い見てくるね)
まったくだ。その視線に気付いたのは昼食の後からだ。
昨日と同じく特進クラスで昼食を取っているときに、結花が教室の外から私を見つめるその姿に気付いた。結花に言われて見てみれば、悲壮な表情をした莉子が立っていた。怖すぎる。
特進クラスの連中に奇異な目で見られることも気にせず立ち尽くしていた莉子は、私が気付いたことに気付いたのか、その場からは姿を消したのだが、教室に戻ってみればコレだ。
授業中にもかかわらず、最低限の板書だけしながら私の方を何度も見てくる。目が会えば慌てて外し、私が見てないときに見る。観察をナビィに任せてみたが、なんの意図があるかは不明だ。
(不安……かな?)
なにがだ?
(莉子ちゃん。まあまあ、すぐに分かると思うよ)
そんなナビィの言葉通り、私が晃と帰ろうとしているところに莉子は声をかけてきた。
「柏倉……くん、ありか、ごめんなさい!」
開幕謝罪であった。頭を下げたまま莉子は続けた。
「リコ、二人の気持ちを全然考えないで酷いこと言っちゃった。だから、ホントにごめんなさい」
(ね? ね? どうするの?)
どう、と言われても、昨日ナビィに言われた通り、傍から見れば私は実害を受けていないのだ。むしろ加害した方とすら言える。許すもなにもない。主観としても、私は既に報復してしまった。絶対に許さないなんて気持ちはとうに霧散している。
だから、晃次第だ。
「……なんで、あんなこと言ったんだ?」
「ありかが、嫌なことを我慢してやってると思って、やめさせなきゃって」
「そっか」
晃は思案顔だ。女子から悪く言われる経験はあっても、そのあとに謝られたことは初めてだ。許すか許さないか、この選択は重いように思える。
「うん、俺は許すよ。ありかは?」
……あれ?
(この選択は重いに思える……キリッ)
無視だ、無視。ものすごくナビィを握り潰したい気分になったが、ひとまずは晃の問いに答えねば。
「ああ、私もいいよ。許す」
「そっか、よかった。それじゃ藤永、ありかと仲良くしてやってくれ」
「い、いいの……?」
許されたことが意外とばかりにオドオドした様子で顔を上げる莉子。うん、私も意外に思ってる。
「晃がいいってんならいいよ。もう変に敵視しないでくれよ」
「うん!」
莉子は大きく頷いたと思うと、急に私を抱きしめた。なぜ?
「リコと友達になってくれる?」
まだ友達じゃないと思ってるなら、抱き着くなよ。
「おお、早くも友達が! よかったな、ありか」
呑気な感想の晃。お前はそれでいいのか。
(ありかちゃんのことを考えて許そうと思ったんじゃない?)
なるほど、ね。ならどうして抱きしめられてるかも分かる? ナビィ。
「友達ね、なるなる。なるから離してくれ」
「やったぁ!」
(さぁ……?)
離せと言っているのにより強く抱きつかれた。引き剥がそうにも力負けして出来そうにない。
どうにか逃げ出そうとしていると、莉子が耳元で囁いた。
「ありか、柏倉くんのことが好きなんだよね。バカにしてごめんね」
予想外の言葉に力が抜ける。なにをどうしてそう思った。訂正しようにも莉子の肩越しにいいなぁとこちらを見つめる晃がいるので出来やしない。ナビィ、どうにかしてくれ。
(なんで? なんで? いいことじゃん!)
ああ! もう! どうしてこうなったんだー!




