見つめ合う二人
……気になる。結花ちゃんの話が頭に残って、どうにも視線を感じる気がする。しかしちらっと藤永の方を見ても、藤永は見たところ机に向かって真面目に授業を受けているように見える。
だとしたらこの視線は一体……?
「お前ら、転校生が気になるのは分かるが今は俺の授業をちゃんと受けろよ?」
教壇に立つ数学の教師が少しの怒気を込めて生徒に告げる。そこら中からガタガタと机の音がなったことを考えると、視線は彼ら彼女らのものだったのだろう。
(うんうん、人気だね〜)
……喜ぶべきなんだろうか。教科書を見せてくれる隣の男子の落ち着きのなさから不安になる。なんだが、周りの対応の違いに戸惑うばかりだ。
授業の合間の短い休憩時間ごとに質問に来るクラスメイトと、それらを阻むように私に話掛けてくる藤永。
それらのせいで長く感じる学校初日がようやく終わった。今日は帰りに晃とスーパーに寄るとしよう。家の食材が大分減って来ていたはずだ。
帰りの準備をして晃の元へ向かおうと立ち上がると、振り向いた先には藤永。
「や、やあ」
「やっほ、ありか。今日リコと遊びに行かない?」
今日の短い間で随分と距離を詰められている。始めはちゃん付けだったはずがいつの間にやら名前で呼ばれているし、遊びにまで誘われている。どうしよう?
(うーん、ボクとしては晃くんと過ごして欲しいけど……)
「ねーねー! いいでしょ? あそぼーよー」
ナビィは反対。私としても正直気が引ける。
……のだが、無邪気な表情でダダをこねるように言う藤永の姿は猫のようで可愛い。
「ね?」
「あ……うん」
(あーあ……)
そんな姿に絆され、押されるままに了承してしまった。視界の端で晃が固まっているのが見える。この藤永の姿に思考が止まってしまったか……。
「じゃ、行こ?」
ニコリと笑った藤永に手を引かれ、教室を出る。凄く胸のときめくシュチュエーションだ。困惑が勝って頭はごちゃごちゃだけども。
(はぁ……晃くんが多めにお金くれてて良かったね)
全くだ。金を持ってないのを察してしまったのか、制服を受け取る料金を頼み込んだときに多めにお金をくれた。『電話で父さんが女の世話をする甲斐性ぐらい持てって言ってたから』なんて言ってたが、どこまで本当だか。
昇降口に辿り着くまで私は手を引かれていた。
「そだ、ありかはやりたいことある?」
「え? ……ないかな」
学校から少し離れて、比較的栄えた場所に向かう途中の質問だった。
そもそも高校に入ってからの遊びなんて、ゲームしたり、祐介と服を買い行ったりぐらいしか記憶にないぐらいだ。外でやりたいことなど思い浮かばないし、藤永が求める答えなど分かるはずがない。
「そっか〜どうしようかな。あ! ありかはゲームが趣味って言ってたよね。リコ、音ゲーならやったことあるよ! どう?」
どう? と言われてもな。音ゲーはやったことはあるが、そう多くやっているわけでもない。
「……逆に、藤永がやりたいことはないのか?」
「んー、リコはー、化粧品見たり、クレープ食べたり、あとは——」
(化粧品! いいじゃん行こうよありかちゃん! 前のは適当過ぎてさ〜。ボクとしては——)
「音ゲーにしようか」
「ん、おっけー!」
藤永には悪いが、ナビィの先導で買い物をするのはあまり望ましくない。前回の買い物の支払いのとき、晃の青ざめた顔を見ていなかったのだろうか。何気なく高いものばかり選びやがって。
(でもでも、可愛い方が晃くんも喜んでたでしょ!)
それはそうなんだが、そもそもの晃の基準がな……。
「あ! そういえば」
「え、どうした?」
「リコ、ありかに苗字言ってたっけ?」
……そういえば聞いていない。
「あー、晃から聞いたんだ」
「そっか〜」
誤魔化せた……かな?
そう思っていると、私より少し背の高い藤永が、私の肩を掴み、グイっと顔を近付け私の目を見つめてきた。
「ね、リコって呼んで?」
心拍数が上がる。驚きと焦りで全身から汗が吹き出しそうだ。
ニコニコと期待した表情で、それでいてその目線は私に逃げることを許さない。
「り、莉子……?」
「なぁに?」
可愛らしく小首を傾げて聞き返される。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。どうにか目線を外す。
「……行こうか」
「うん!」
そうして莉子の案内でゲーセンに行くこととなった。……なぜか腕を組まれて。
ナビィ、女の子ってこんなにくっ付いて遊ぶものなのか……?
(…………)
何度問いかけても、頭の上の妖精は答えてくれなかった。




