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改竄

「ありか、体調悪いのか?」

「……大丈夫だ、今は放っておいてくれ」


 家のベッドにこもっていると、晃が心配そうに声を掛けてきた。心遣いはありがたいが、今は一人にして欲しい。ナビィはどこに行ったのだろう。私の知らない間にまた私を使っていくのだろうか。

 昨日家に帰ってきてから、昼を過ぎた今までこうしているが、ナビィが姿を現すことはなかった。晃は昨晩と昼の飯はどうしたのだろう。冷凍食品だろうか。……私が気にすることなのだろうか。

 私に体の主導権が戻ってすぐ、とてつもない頭痛に襲われた。痛みに耐えるように無理に眠り続けて、目が覚めてなにもしたくなくて、また眠った。

 私はなんなのだろう。少し前までなら、柏倉晃であると、まず答えることが出来ただろう。では、今は? 晃であるとは、とても言えない。中身が同じでも、外見が違えば別の人間だ。ならば、ナビィが言うところの柏倉ありかなのだろう。道具としての存在の。

 私はなんなのだろう。気が付けばこの身体でいた。記憶はそのまま、身体だけが違う状態で。ナビィの目的、晃を女好きにする――いや、女嫌いにならないようにするため。

 ……どうして私だったのだろう。ナビィは、未来での法に引っ掛からないようにしたと言っていた。人を好き勝手に動かすことが法に引っ掛からないなんて、なんてくそったれな未来だろう。


「ねぇねぇ、ありかちゃん、起きてる?」


 部屋のドアが開いて、声を掛けられる。……ナビィ。


「……起きてるよね。ボクはそういうのが分かるように出来てるから」


 そうかい。だったら、聞くなよ。そう返事をする気にもならない。


「怒ってるのかな。でも、書類が作ったものだとバレることはないよ。今まででボクがそうならないようにしてきた。そして、こうすることを前提に書類は作ったんだ」

「……」

「だからね、気にすることはないんだ。ありかちゃんは問題なく学校で過ごせるよ」

「……そうじゃない」


 ナビィだって分かっているだろう。どうして私がこうしているのかなんて。


「ボクが身体を動かしたことかい? ありかちゃんがどうしてもやろうとしないなら、仕方ないでしょ?」

「仕方ないわけあるか、未来の法律ってのは、随分と雑なんだな」

「オートパイロットを禁止するわけにはいかなかったからね。グレーの範囲なら、ボクだってなりふり構ってられないんだ」

「人を殺せる行為がグレーかよ」

「元々いなかった人間だからね」


 なにか言い返そうとして、言葉に詰まる。いなかった人間。晃として、私はいたはずだ。


「……ナビィ、私はなんなんだ?」

「ありかちゃんは、ありかちゃんだよ」


 そんなありきたりな言葉は、ナビィに求めちゃいない。


「私は晃だったはずだ。なら、どうして今晃と一緒に存在出来る?」

「ありかちゃんが別の時間の晃くんだからだよ」

「どういうことだよ」

「そのままだよ、ここじゃないところで女の子にして、ここじゃないところから連れてきた。いなかった人間が増えるだけだから、ここの晃くんに影響はない」


 つまり私はパラレルワールドに連れて来られたとでもいうのだろうか。


「だから、使い潰すのか」

「……そうだね」


 ナビィはためらった様子で答えた。

 そうか、私がいたのとは違う世界で、その世界の自分のために、子孫のために死ぬ。それだけ聞けば、随分と感動的なものだ。

 少し間が空いて、ナビィがゆっくりと口を開いた。


「……ありかちゃん。付喪神って知ってるよね」

「ああ」


 確か道具が意思を持った妖怪になったものだったはずだ。雑に扱われた道具たちが元使用者に復讐する、なんて話を見たことがある。


「あれって、この時代だと『だから道具を大事に使おう』みたいな考え方もあるんだってね」

「だから、どうした」

「ボクはありかちゃんのことを道具だと思ってるけど、気に入ってはいるんだ」


 ひでぇ言いようだ。慰めのつもりなのだろうか。


「だから、あまりボクから無理をさせないで欲しい」

「身体を勝手に動かさせるなってことか?やりたくないことをやらないわけにはいかないのかよ」

「そうだよ。でも、やりたくないことをやらせるのも、よくない」

「分かってるなら、放っておいてくれ」


 これ以上話す気にもならない。どのみち、ナビィが必要だと思ったなら結局無理に動かされるのだろうから。


「ありかちゃんには、晃くんの一番の理解者であって欲しかったんだ。その方が色んなことに対応できると思ったから。でも、ボクはそれを諦める。無理は通しても、無茶は出来ない」


 なにやら話ながらもナビィの声は遠のいていく。部屋の外に出ようとしているのだろう。


「先を見据えての悩みは人の特権だ。悩むだけ悩んでね。時間が立てば誰かが解決してくれる。今回はボクだ」


 小さな音を立ててドアが閉まる。どこへ行くかは分からないが、ナビィとしてもこれ以上話す気はないらしい。

 言われた通りになるのは癪だったが、ベッドの上で悩み続けた。この先のこと、主に、逃げだす方法について。逃げるのは簡単だ。晃の部屋にある通帳でも持ち出せばいい。問題はその先だ。どうやって、生きていく。

 答えの出ない思考を繰り返すうちに意識はまどろんで、今日で何度目か分からない眠りに落ちた。










「あ、晃。もうすぐご飯出来るからもう少し待ってくれ」


 キッチンに入ってきた晃へ言う。なぜか目を大きく開いて驚いた様子だ。


「ありか、大丈夫なのか? 昼までは沈んでる感じだったのに」

「ん? ああ、ちょっと落ち込んでたけど、今はなんか気分よくてさ。まあちょっと頭は痛いんだけど」

「そ、そうか。無理はしないでくれよ?」

「もちろん」


 無理してるように見えるのだろうか。私は()()()()料理をしているというのに。どう思う? ナビィ?


(全然、自然だよ。嫌なことなんて世界にはないって感じかな!)


 おいおい、それは言い過ぎだろ。嫌なことはいくらでも浮かぶよ。


(でもでも、不安に思うことはないよ! 実際、学校だって受かってたでしょ?)


 だなー。あの試験、先生は問題なく通るなんて言ってたけど難しかったから不安だったよ。


(あはは、ボクがいるから失敗はないって。明日は制服取りに行かなきゃね)


 そうだな。学校か、ちょっと嫌だな……。


「……手伝おうか?」

「そうだな、皿出してくれるか?」


 立ち尽くしていた晃が手伝ってくれた。

 とりあえず、お腹が空いた。それなりに上手く出来たと思うけど、どうだろう。

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