意思
学校に行けというナビィの用意は驚くほど周到だった。部屋のタンスの中に、以前からあったのではないかと思えるほど綺麗にまとめられた重要書類の数々。
転入に必要な書類に留まらず、やったこと覚えのない女子制服の仕立て受付控えまである。異常だ。
私の頭から飛び出してファイルを渡して来たナビィは誇らしげだが、私としては言葉を失わずには居られない。
「どう? どう? よく出来てるでしょ? 合間を縫ってやってたんだけど大変だったな〜。夜に対応してないところが多くてさ〜」
「これ……どこから持って来たんだ……?」
聞いたこともない転入前の学校名、知りもしない教師からの今までの評価、在学証明書。その他役場でしか手に入らない書類。まさに有り得ないはずだ。
「どこって……ボクが作ったに決まってるじゃん! この時代の書類はボクにしてみれば杜撰なものばっかりだからね!」
「作ったって、そりゃ、犯罪なんじゃないのか……?」
「うーん、そうかも」
「偽造だろ? 捕まるんだぞ? 分かってるのか?」
「もちろん! でも、それは本物だよ? だって複製でもなく原本なんだから。今ここでありかちゃんは日本国民になったのだ〜」
「……これを持っていくわけにはいかない」
「なんで? なんで? それがないと学校には行けないよ? 持って行って試験を受けるだけだよ?」
ダメだ、話が通じない。視界が眩む。頭が痛む。バレなきゃいいとでも思っているのだろうか。どうすればナビィを止められる?
「……こんなことして、未来に影響が出るんじゃないのか」
「うんうん、少しは出るかもしれないね」
「……バタフライエフェクト、私でも知ってるような現象だ。お前の居た未来とは違う世界になる可能性だってあるだろ。なんでそんなに軽く言えるんだよ!?」
「だって、ボクがまだここに居るから。それって未来でパパが作ってくれたってことでしょ? それに」
ナビィは言葉を切って、私を指差した。
「ありかちゃんが存在出来てる時点で、こんな紙切れあってもなくても一緒でしょ?」
……そうだ。居なかったはずの人間が居るんだ。私の心は晃のままであるつもりだが、存在としてはありかなのだろう。晃が別でいる以上、そうなるはずだ。
「まあまあ、失敗例は沢山あるけど、今はまだこうして二人で過ごせてるんだから、気にしない、気にしない!」
なんなんだよ、それ。
「さあさあ、早く学校に行こ? まだ時間はあるけど、試験に遅れるのはよくないよ?」
「いやだ。自分がやったわけでもない偽造で捕まるなんて、ゴメンだ」
「ええ〜、問題ないって言ってるじゃん! なんでそんなに駄々こねるの!」
「駄々こねてるのはそっちだろ! 人をこんなんにして、果ては犯罪をしろって!? 私をなんだと思ってるんだ!?」
「道具だよ。ボクと同じ」
ナビィの冷めた声。少年のような明るい声から急転し、機械じみた声で語る。
「目的達成のための道具。代わりがある、代わりである。そんな道具」
私は人間だ。そんな反論すら声に出せなかった。
「でもでも! ボクらには意思がある。使われるにしても長生きしようよ、ね?」
いつも通りの声色になるナビィ。だから、従えってか?
「……だったら、私を使わずにやってくれよ」
「そうはいかないことぐらい分かってよ」
「別に、学校に行かなくたっていいだろ」
「困るよ」
「一緒にゲームしてるとき、晃だって楽しそうだっただろ」
「学校でなにが起こるか分からないんだ」
「はっ、死にはしないだろ、お前がまだいるんだからさ」
「そうだね。晃くんが死ねば、ボクが消えて、ありかちゃんも消える」
「そうかそうか、それなら晃として死ねそうでなによりだよ。耐えられなくなったら晃を刺すことにするよ」
もう、やけだった。ナビィが少し黙って、呟いた。
「……分からないんだ」
「なにがだよ」
「晃くんが、未来を捨てるほどの女嫌いになった理由が」
「は?」
「だから、ゴメンね、ありかちゃん」
ナビィの言葉を追うように、聞こえてくる小さな指鳴らし。クソ、意識が、遠の……い、て……。
「それじゃあ柏倉さん、大変だろうけど、これからよろしくね。あ、テストの結果は明日に出るからまだかな? なんてね」
目が覚めると、目が覚める? 違う。意識が戻って来ると、晃の頃に見慣れた担任の女教師。ここは、学校だ。
「もう、そう不安そうな顔しないで。柏倉さんの学力なら問題ないようなテストだったでしょう?」
「……はい」
取り乱すわけにはいかない。落ち着け。ナビィ、いないのか?
「だから、また月曜日にここに来てね」
「……はい、ありがとうございます」
頭を下げて、職員室から退室する。返事がない。ナビィの定位置を触ってみるが、いない。
「あれ!? ありかちゃん!?」
「……祐介」
声に振り向けば、プリントの山を持った祐介と早苗ちゃん。
「もしかしてありかちゃん、この学校に転校するから晃ん家に来てたの? 言ってくれればいいのにー」
「……ああ、すまん」
「元気ないね、大丈夫? 俺で良ければ相談乗るよ?」
早苗ちゃんに脇を小突かれる祐介。
「問題ないよ、ちょっと落ち込んでるだけ」
「新しい場所では苦労することも多いと思うわ。気に病まず、困ったときはあたしたちに頼っていいからね」
「……うん、それじゃ」
わずかな会話を切って、プリントを職員室に運ぶ二人を見送る。
ほとんど見ず知らずだってのに、優しいやつらだ。
でも今は、なにも話そうと思えなかった。
押し掛け系って急に転校してくる




