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そういうことは家でやれ

「それで、その子は誰なの?」


 表情が抜け落ちた顔で問いかける早苗ちゃん。すげぇ怖い。斜め後ろにいる早苗ちゃんの友達の子も焦った様子であたふたしている。


「私は、晃の親戚で、今日は晃と来てて、」

「あたしは祐介に聞いてるの。あなたは黙ってて」


 はい。黙ります。緊張しながらのたどたどしい弁解は、切れ長の目で睨まれることで終わる。ここは修羅場慣れしているであろう祐介に全てを任せよう。


「いや、違くて、違うんだ早苗! 浮気とかじゃない!」


 全然慣れてなさそうだ。

 なにより余計な誤解を生みそうな感じがある。道行く人々が祐介に胡乱な顔を向けて去っていく。


「そうね、祐介。あなたがそういう人なのは分かっているから、その子がどんな人なのか教えてくれない?」

「早苗、頼む! 俺を捨てないでくれ! 俺は早苗が好きなんだ!」


 早苗ちゃんの肩を掴んで、熱の入った声で訴える祐介。勘違いの加速しそうな言葉を重ねる。


(無様だね)


 祐介の顔は必死の形相だ。それはまさに浮気がバレた夫の如く。


「祐介、あたしもあなたが好きよ。だけど、あの子が誰かぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」

「それ、は」


 言葉は優しいものだが、その表情は冷たいものであり、祐介は言葉に詰まる。その表情はまるで氷のようで——ってあれ? なんだか笑ってないか?


(うんうん、少しにやけてるように見えるよ)


 俯いて早苗ちゃんの顔を見ていない祐介は、わずかばかりで沈黙を破り、真実を話し出した。


「あの子は、ありかちゃんは、晃の親戚なんだ!」


 うん。そこまで溜めることでもないよ。むしろなんでややこしくなるような弁解しちゃったの?


(バカなんじゃない?)

「そう。祐介は、ホントバカだね。あたしが祐介を捨てるわけないでしょ?」


 酷い言われようだ。ただ、早苗ちゃんはさっきまでの冷たい表情からは想像出来ないほどに優しい笑みを祐介に向けていた。


「さ、早苗……」


 泣きそうな声を出して早苗ちゃんに抱きつく祐介。早苗ちゃんの方も苦く笑いながらも祐介の背中に手を回している。え? 解決したの?


「えっと、ありかちゃん? うちの祐介がゴメンね。いつもこうなんだ」

「それはいいんだが……いいのか?」


 状況に追い付けずふんわりとした質問になってしまう。私と祐介で口裏を合わせているような可能性は考えないのだろうか。


「ん……そうね。祐介を誑かそうとする女は嘘をつくけど、祐介はあたしに嘘をつかないって信じてるから。祐介が言うなら、本当のことでしょ?」


 満面の笑みだが、目が笑っていない。

 まさか、今までの修羅場もこうして越えて来たのだろうか。いや、そもそも私が修羅場になったと聞いていたのは祐介からだ。実際は修羅場になっていなかったのでは?


「ね、祐介。祐介はモテるけど、最後にはあたしを選んでくれるよね……?」

「うん……! うん……!」


 祐介は抱き合ったまま首を素早く縦に振った。その頬に流れるのは涙だろうか。まるで子供のようだ。


(母親に甘える幼児って感じだね)


 その醜態に私の中での祐介株が暴落する一方なのだが、早苗ちゃんはこの状態をやめる気がないようだ。祐介の頭を撫で始めている。

 バカップルを挟んで対角線、早苗ちゃんの友達と目が合う。困惑した表情で私を見る彼女。私としてもどうしたらいいか分からない。晃、早く帰って来てくれ。










 それから五分ほど経った頃だろうか。周りの目も気にせず抱き合っていたバカップルの片割れが、ごめん、先に帰るね、晃によろしくね。なんて言ってきたのは。

 初めは困惑した様子の早苗ちゃんの友達であったが次第に呆れてきたのか、少し前に早苗ちゃんに声をかけていた。恐らく、もう二人で帰れば? みたいなことを言ったのだと思う。

 その結果として取り残された私と早苗ちゃんの友達。


「その、ご愁傷様……?」

「ああ、うん。そっちも災難だな」

「あはは……秋月くんのことは知ってたけど、まさか早苗ちゃんがあんなにデレデレしてるとは思わなかったよ……」


 まったくだ。祐介はおちゃらけた奴だが、早苗ちゃんはクール系だと思っていた。


「ありかちゃん、で合ってる? わたし、結花(ゆいか)。これも何かの縁だし、LINE交換しない!?」


 結花ちゃんは明るい印象を受ける子だ。明るい茶髪がそうさせるのかもしれない。キラキラのスマホを取り出しているところ申し訳ないんだが——


「ごめん、スマホ持ってなくて……」


 ナビィの謎技術で今の身体になったときに持っていたのはそれこそ着ていた服だけだ。スマホ、財布があれば別の生き方が出来てた可能性がある。


「そ、そっかぁ……残念だけど、仕方ないよね!」


 口ではそう言っているが、明らかに落ち込んだ様子の結花ちゃん。違うんだ、交換するのが嫌とかそういうのじゃないんだ。


「ま、まあ、また会えるときがあったらよろしくね! じゃあねー!」


 そう言い残して逃げるように結花ちゃんは去って行ってしまった。ぐぅぅ……どうして……。


(まあまあ、もう会うこともないよ、気にしない気にしない)


 なんでお前はそうも冷たいんだ……。


「あれ、ありか、祐介は?」


 入れ替わるように晃が帰って来た。人酔いは抜けたようで元気そうな顔だ。


「帰った」

「え!? なんで?」

「早苗ちゃんが来て、連れて行った」

「マジか……修羅場になったんじゃない?」

「いいや」


 お前は知らないだろうが、祐介は修羅場なんて経験したことなかったんだ。なかったんだ……。


「帰ろう」

「お、おう?」


 人酔いもそうだが、祐介のせいで今日は疲れた。屋台で飯だけ買って、帰ろう。

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