叶わない神頼み
自分が飲むついでに祐介にココアを出していると、晃が風呂から上がってきた。思ってたより早いな。
「おお? 祐介、どうしてここに?」
「おっす。この子が入れてくれたんだ」
「ありかが?」
「そうだねー。ありかちゃんって言うんだ。よろしくね。ココア美味しいよ」
「ああ、よろしく。そりゃよかった」
インスタントは正義だな。手間少なめで大体美味い。
「すまんな晃、お前の分は作ってない。いるか?」
「いや、いい。自分で作るよ。コイツ、たらしだから気を付けてね」
「誰がたらしだ! 俺は早苗一筋だとあれほど、聞いてる!?」
キッチンに向かう晃の背に向けた祐介の反論は受け取り手なく終わった。似たようなやり取りは散々したからな。多少は受け流すだろ。
「……晃があそこまでリラックスして女の子と話してるの初めて見るよ」
「そうか?」
確かに私と話すときほどフランクに話せていたとは思えないが、それでも気は張らずに話していたはずだ。
「そうそう! 晃って女の子と話すときはガッチガチでさ。見てるこっちが不安になっちまうぐらいだよ」
「……そんなことないだろ」
「ありかちゃんには違うからね。いいことだと思う」
私以外でもまともに話せてただろ。と言いたくなるが、本人以外の人間が強く主張するのも妙な話だろう。しかも少なくともクリスマス前には居なかったはずの人間が、だ。
(いいねいいね)
ナビィ、いつの間に。いいって、なにがだ?
(んー……人格?)
なんで疑問形なんだ。祐介のことか?
(さあね〜)
祐介と二人でココアを飲んでいると、マグカップ片手に晃が戻ってくる。
「ところで祐介、今日はどうしたんだ?」
「おお、そうそう。晃を初詣に誘いに来たんだ」
「初詣? 早苗ちゃんとは行かないのか?」
「それがさー、クリスマスのゴタゴタのときに友達と行く約束したからって言って振られちった」
「また別れたのか?」
「違うわ! 言葉の綾だよ!」
祐介と話すときに思い付き、出来なかった会話を目の前で晃がポンポンとする。考えていた通りの反応をする祐介を見るのは面白いが、その相手が自分じゃないのは少し寂しいものだ。
(うんうん、仲良いんだね)
そうだな。友達で居てくれる、いい奴だよ。
話をしている晃の視線がこちらに向く。
「ありか、祐介も一緒でいいか?」
「あー、二人で行って来たら?」
外寒いし、出来れば行きたくないし。
(いやいや、ダメに決まってるじゃん!)
「いやいや、あとから来た俺が取っちゃうのも悪いし、二人で行きなよ」
(ほらほら! 祐介くんもこう言ってるんだから!)
ナビィはともかく祐介にも食い気味に止められてしまった。
「まあ、三人で行こうか」
晃の発言で三人で行くことになった。こちらを気にするように視線を送ってくるのはなんなんだ。
さらには家を出るときに祐介に小声でごめんね。と言われた。本当になんなんだ。
(怒ってると思われたんじゃない?)
祐介に感謝はしても怒るとこないぞ……?
(むー! ありかちゃんは自覚が足りないよ!)
なんの自覚だ……? わけが分からないトリオに囲まれて初詣に行くことになった。
しかしどうして元旦にはこうも人が集中するのだろうか。初めて行ったときが初詣なのだから、もっと日をずらしてもいいのではないか? 三が日が休みなことが多いのは分かるが、それこそ週末にでも来た方が時間短縮出来ていいのではないか?
(うだうだ言わないでよ)
そうは言っても、人が多過ぎる。絶賛人酔い中となれば文句の一つや二つも言いたくなるだろ。
「ありかちゃん、どう? 人酔い落ち着きそう? 晃は……ダメそうだね」
二礼二拍手一礼を済ませて、おみくじ売り場から少し歩き、屋台から離れて人が少ないところで休憩中だ。
ちなみに私の願いごとである、男に戻りたいですという願いは即座にナビィから叶わない認定をされてしまった。
「わりぃ……俺ちょっとトイレ……」
晃が物凄く気分悪そうな顔でトイレへ向かう。吐くほどではないが、人のいないところに行きたい気持ちはよく分かる。
「ほら、ありかちゃん、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
なんでラマーズ法なんだよ。確かに落ち着きはするけど。気分の悪さでツッコミを入れる余裕もない。
(辛そうだね〜)
誰のせいだ。人酔い止めとかないの? 未来の。
(うーん、持ってないなー、必要ないし)
便利な身体だな。
「あれ? 祐介?」
人酔いの脳にスッとした声が届く。祐介の友達だろうか?
「げっ、早苗!?」
「げっ、とはなによ。彼女の顔見て——」
早苗ちゃんか。会うのは久し振りだな。
言葉を途中で切った彼女の顔を見れば、能面のような顔。
「ねぇ、祐介。その子誰?」
これは、最悪のタイミングかもしれんな。
(修羅場だね! 修羅場だね!)
ただでさえ気分が悪いってのに、気が重い……。




