年越し
夜になるまでゲームを続けていた結果、私も晃も疲れ切っていた。限界に達してどちらからともなくコントローラーを置き、電源を切る。
私がベッドに向かうと、晃は退かしていた椅子を机の前に動かしそれに座って動画サイトを見始めた。
お、いいね。晃が少し身体をずらして私にも見えるようにしているモニターにはいつも見ている配信者の姿が表示されている。そういや今日配信日かー。
(ねー、ねー、ありかちゃーん。いつご飯作るのー?)
ぼけーっとモニターを眺めていると、ずっと同じことを言い続けて疲れたのか間延びした声でナビィが話しかけてきた。
えー、今日もう冷凍食品でよくない?
(いいわけないじゃん! 栄養も偏るし、晃くんの好感を稼ぐには今やることが大事なの!)
そうかー? あの晃の気の抜けた顔を見てみろよ。なに食っても気にしないよ。
(気の抜けた顔はありかちゃんも一緒でしょ! 人様に見せられないような顔をしちゃって……)
人に見せられない顔ってなんだ。美少女に見せられない顔なんてあるものか。お、随分と挑戦的な企画だなぁ。
(ああもう! 動画見るのやめて! いい、ありかちゃん。何時間もゲームして疲れたなーってときに、女の子が料理してくれたらどう思う!?)
そりゃめっちゃ嬉しいでしょ。女の子の手料理だぞ?
(でしょでしょ! じゃあやろ!)
でも私がやるのは違うかなって。性差別はんたーい。
(どの口が言うの!? やろーよー! ねえー!)
ナビィがだだっ子みたいになってしまった。
やりたくないものはやりたくないよ。そこまで言うなら勝手にやって——
(死にたいの?)
脳内に別の誰かが入ったのかと思った。それほどにナビィの声は冷たいものだった。
(ボクはね、目的を遂行出来ればそれでいいんだ。キミが壊れたらボクの手間は増えるけれど、問題はない)
へ、へぇ……そうなんだぁ……。
(どうする? 動かそうか?)
いいえ! 自分で動きます!
ナビィには勝てないことが分かった。アイツは人の命をなんだと思ってるんだ。
(聞こえてるよ)
うっさいわい。
晃に飯を作ると言うと、意外にも手伝うと言ってくれた。自分だけじゃ一切やる気にならなかったのに、同居人がいると違うんだなぁ。
今回はナビィの指示通りに、ゆっくりではあるが基礎を押さえて料理したのでそこそこの味になった。
ちなみに、炊飯を晃に任せたのだが、あらかじめ研ぐ理由を教えておくと上手いこと炊けた。知っていれば出来る子なのだ。
(当たり前のことだと思うけどなー)
ナビィさん、いつまで人の頭に取り付いてらっしゃるので?
そんなこんなで数日が過ぎた。
朝にナビィに叩き起こされ料理をして、晃とゲームをしては二人で飯を作ったり。見たい動画で口論になって、どっちも面白そうだからとお互いに折れたり。
家から出ないという点では今までの冬休みと同じだが、話し相手がいて、しかも気が合うのだからそりゃ楽しい。ただ一つの欠点は相手が自分ということ。今すぐ晃を美少女に変えてくれ、神様仏様ナビィ様。
(え、やだよ)
ですよね。
まさか去年の今頃には女の子になって年を越そうとしているとは思っていなかっただろう。
リビングで流れる笑ってはいけない番組を見ながら思う。
「晃、ココアをどうぞ」
「お、ありがとう」
キッチンで作ったホットココアを手渡して、ソファに並んで座る。横になれる大きさがあるので狭いとは感じない。
「ありかちゃん、俺さ」
「なんだ?」
(告白? 告白!?)
違うだろ。……違うよな?
「この冬休み、人生で一番楽しかった」
「ん? おう」
「俺はまだどうしてありかちゃんがうちに来たのかも分かってないけどさ」
「うん」
(きたきたきた!)
「来年も一緒に遊べたらいいと思ってる」
「ん……?うん」
(ん?)
沈黙。そうだね、という感想以外が思い浮かばない。
「えっと、どうかな?」
照れ臭そうに言う晃。気持ちは分かるがなぜ言おうと思ったのか……身辺情報をなにも言ってないからだね! といっても私の身に起こったことを話すわけにも……いや、話していいのでは? むしろその方が協力的に——
(ダメだよ)
だと思った。となれば私も考えたことを言うべきなのだろう。
「それは、まあ当然だからいいんだけどさ」
「え?」
晃が嬉しそうに驚いたような声を出すが、少し考えればそうだろう。晃の——正確に言えば父さんからの仕送りだが——援助なしには生きていけないのだ、悲しいことに。
「その、ありかちゃんって呼び方をやめてくれ」
「ああ、うん。馴れ馴れしかった?」
「あ、いや、そうじゃなくてちゃん付けをだな……」
自分に呼ばれてるからなのかは分からないが、非常にむず痒い。時々名前を呼ばれるごとに妙な感じだったのだ。
「あ、え、……分かった。ありか、来年もよろしく」
恥ずかしそうに言うなよ、こっちまで照れるわ。
「ああ、晃、来年もよろしくな」
(晃くん……意気地なし……)
ナビィの恨み言が聞こえるが、知ったことじゃない。気心知れた友人ってのはな、得難いんだぞ、ナビィ。
私たちの年越しはテレビでいつの間にやら過ぎ去り、新年は朝方までのゲームで始まった。勝率は相変わらず五分のままだった。
あけました。




